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【「インバウンド(海外からの観光客)で国が豊かになる」という妄想】
インバウンドだか何だか知りませんが、海外からの観光客を誘致して景気を良くし経済成長を達成しよう、などという妄言がはびこっています。
でも、外国人観光客を誘致することで国(国民)は豊かにはなりません。
これは、まともな経済の知識があれば明らかなことです。
海外からの観光客を誘致して経済的利益を上げる(外貨を獲得する)ということは、実は「(大多数の)国民が貧しくなる」ことなのです。とくに円安誘導政策とセットで行われた場合は、最悪の結果をもたらします。
【なけなしの富をなぜ海外の富裕層に差し出すのか?】
だってちょっと考えればすぐに分かるでしょう?
「海外からの観光客が日本のモノやサービスを消費する」ということは、「日本の富が海外に流出する」ということです。
本来は日本の人々のために使われるべき飲食物、日用製品やサービスが海外から来た人々のために使われてしまうのです。
もし日本が天然資源に富みすでにモノやサービスが余っている豊かな国で、生活が苦しい人がいない社会なら、ありあまる富を世界の人々(とくに貧しい人々)と分かち合うことは必ずしも悪いことではないでしょう。
でも、豊かな生活を享受しているのは富裕層や大企業関係者だけで、貧困にあえいでいる人が多数いる日本で、何を好き好んで海外の富裕層(少なくとも日本に旅行に来るぐらいですから貧困層ではありませんね)になけなしの富を献上する必要があるのでしょうか?
【金銀財宝で国は豊かにはならない】
もちろん、その見返りに観光産業関係者にはいくばくかの金銭がもたらされるでしょう。でも、近代(古典派)経済学の父アダム・スミスがすでに18世紀に喝破していたように、「金銀財宝を集めても国(国民)は豊かにはならない」のです。
金銭は、それを代価として生活に必要なものや心を豊かにする助けになるものを手に入れることができて初めて価値をもつものです。
ところが、円安誘導政策で円の価値は目減りしてしまっていますから、(外国人向けの)観光産業で手に入った金銭では、割高の輸入品しか買うことができないのです。
輸出した(あるいは海外からの観光客が消費した)以上の価値のものを輸入(もしくは日本人が海外で消費)できなければ、国民の富が減っていくのはごく当然の理屈です。
本当に国民を豊かにして経済を健全に成熟させたかったら、むしろ円高にして輸入品を増やすべきなのです。
ただし、遺伝子組み換え食品や(多くの中国製品がそうであるように)安かろう悪かろうの粗悪品などではなく、日本人の健康や豊かな生活に寄与する質の良い輸入品でなければいけませんが。
もし観光産業を盛んにするなら、海外からの観光客向けではなく、国内の旅行者向けにして、私たち日本人自身が、日本の豊かな自然や文化やサービスを享受できるようにすべきです。
【円高と内需の拡大による成熟経済へ】
つまり、「円安誘導による輸出奨励政策」ではなく、むしろ円高をめざして内需を高める方向こそが健全な経済成長(あるいは成熟経済)への道です。
アベノミクスはまさにその正反対を行くものです。当然の帰結として、経済の停滞と格差の拡大というアンバランスをもたらし、日本経済の根本的な体質を歪んだものに貶めてしまいます。
それゆえに近代(古典派)経済学の父アダム・スミスは、当時(18世紀)の英国政府の重商主義政策つまり「輸出産業を奨励して金銀財宝を英国に集めようとする政策」に強く異を唱えたのです。
アベノミクスは「新重商主義政策」とも呼ばれますが、それは、実は日本の富を海外の富裕層や多国籍企業に献上し、国(国民)を貧しくする道に外ありません。
この国の多くのエコノミスト、経済アナリスト、そして政治家や一般国民も、みな「金銀財宝」に目を奪われ、それ自体には何の価値もない貨幣を集めることばかりにかまけ、真の豊かさを享受することができなくなってしまっています。
【知足こそが真の豊かさへの道】
ちなみに「諸国民の富の性質とその原因の研究(民が豊かになるとはどういうことか、そしてどうすればそれを達成することができるのか)」(「国富論」と誤訳されている)の著者であるアダム・スミスは、「心の平静さ」(つまり知足)こそが真に豊かな生活への礎(いしずえ)であると喝破しています。
己の欲望のままにお金やモノをかき集めることで真の豊かさを達成することはできないのです。
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