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ある独裁者の遺訓
まず、ヒトラーが残した次の言葉を注意深く読んでみてください。
大衆を支配下に置き
彼らを完全に操るための最善の方法とは、
彼らから、一度にほんの少しずつ自由を奪い、
無数のちっぽけな、ほとんど気づかれないほどの小さな形で
その権利を蝕んでいくことである。
このような手段によれば
大衆は、そういった権利や自由が
自分たちから奪われつつあることに気づかないだろう。
そして、これらの変化が
元に戻すことのできない地点を過ぎた時に、
彼らは初めてそれを知ることになるのだ。
(アドルフ・ヒトラー)
脳裏に浮かんだデジャヴ(既視感)
私は、特定秘密保護法を巡る国会での与野党の攻防や裏取引(修正協議)などを国会中継やニュースなどで見ながら「これ、どこかで見たことがあるぞ」というデジャヴ(既視感)が頭を離れませんでした。ようやくその正体を思い出しました。それは、ヒットラー率いるナチス党が名実共に一党独裁への道を突き進んでいくブースターとなった「民族および国家の危難を除去するための法律」(別名「全権委任法」)です。
石破幹事長のレトリックを拝借させていただくなら、「国家的非常事態の演出とともにひたすら特定秘密保護法の必要性を声高に繰り返す自民党の権力集中戦術は、ナチスのファシズム行為とその本質においてあまり変わらないように思われます。」
しかも、その両者は本質において似通っているだけでなく、細かい具体的な手法にも、数々の共通性を見出すことができるのです。安倍政権とヒトラーのナチス政権との共通性については、以下のサイトもご参照ください。
「安倍首相とヒトラーの奇怪な共通点 顔、政策、煽動術、オカルト‥‥‥」
自民党安倍政権は、麻生氏の助言に従い、まさしく「ナチスの手口を見習って」いるのですね。
両者のどこが似ているのか、まず、ナチス党の独裁政権掌握への道筋を辿ってみましょう。
【ナチス党の独裁政権確立の道筋】
民主選挙の結果誕生したナチス政権
ヒトラーのナチス政権は、武力革命やクーデターによって生まれたのではなく、議会制民主主義の正当な手続きを経て、選挙によりドイツ国民の多数の支持を得て合法的に誕生しました。
権力集中の法令を次々と制定する
そしてヒトラーは、当時、世界で最も民主主義的な憲法の一つとみなされていたワイマール憲法下で、「民族と国家防衛のための緊急令」、「ドイツ国民への裏切りと反逆的策動に対する大統領令」などの権力集中の法令を議会政治の中で次々と制定し、政治権力や警察権力や軍事力を掌握して行きます。
「国家の危急事態」の口実の下に全権委任法を提出
そしてついに、政府に国会が立法権を委譲した「民族および国家の危難を除去するための法律」(別名「全権委任法」)の法案を議会に提出します。この法律は、国家の危急事態を理由にして、為政者の権力濫用を拘束し国民の人権を保証するワイマール憲法を骨抜きにし、ナチスの政策に反対の意思表示をする者に「公益を害する者」というレッテルを貼り、(たとえそれが憲法に反していても)人権を剥奪して弾圧するような立法を有効とし、選挙を経て国民の付託を受けていない行政府公務員に立法権まで与える法律案でした。
追随野党との見せかけの譲歩による連携
その時点で、ナチス党(国家社会主義ドイツ労働者党)は過半数の議席を得ていましたが3分の2には達していなかったので、単独では必要な議決権数を得ることができませんでした(同法案の可決には、総議員の2/3以上の出席を得た上で、出席議員の2/3以上の賛成が必要でした)。
81議席(全議会の13%)を占めていたドイツ共産党議員は、すでに全員が「反国家的活動の恐れあり」として「予防拘禁」され、あるいは逃亡・亡命を余儀なくされ、一人も出席できない状態に追い込まれていました。あとは、法案に反対する意思を明確にしていたドイツ社会主義民主党、ドイツ共産党に次ぐ勢力(全議会の11%の議席)を持っていた第三野党の中央党の同意さえ取り付ければ、「円満な採択」が可能な状態となっていたのです。
そこで、ヒトラーは、議会での採択の前日、中央党党首ルートヴィヒ・カースとの会談を開きました。カースは、執行段階での大統領関与の保証、監視委員会の設置、委任法からの除外項目の画定という三つの条件を提示しました。これに対しヒトラーは、大統領と自分が対立することはあり得ず、「監視委員会は内閣の内に設ける」と回答しました。
合法化された権力集中、そして一党独裁へ
カースはこの意見を持ち帰り、中央党は法案への対処を決める会議を開きましたが、党利党略を考慮した末、中央党は賛成に回ることを決議することになります。
その結果、ドイツ共産党員が周到に排除された議会では、ドイツ社会民主党の94名のみが反対票を投じ、残りの議員の圧倒的多数(441名)の賛成のもとに「民族および国家の危難を除去するための法律」が制定されました。国会による成立後まもなく開催された第二院でも、この法律は全会一致で承認されました。
水木しげる「劇画ヒットラー」より 全権委任法採決時の演説の一コマ
ヨーゼフ・ゲッベルス(ナチス初代国民啓蒙・宣伝大臣)が国会における裁決の翌日の日記に「今や我々は憲法上もライヒ(ドイツ国)の支配者となった」と書いたように、全権委任法はすでにナチ党が手中にしていた権力に合法性というお墨付きを与えるものとなりました。
同法の成立後、ナチ党は他の政党や労働組合を解体に追い込み、同年7月14日には政党新設禁止法を制定、名実ともに一党独裁体制を確立していきます……。
(以上、Wikipedia「ナチ党の権力掌握」の記述をもとに抜粋要約・一部改変・加筆を行いまとめてみました)
歴史のデジャブ(既視感)を超えて
ヒトラーは、「落ち込んだ経済を回復し、ドイツ民族の尊厳を回復し、国益や国民の安全を守り、公の秩序を回復させ、強いドイツを取り戻す」というスローガンを掲げて自らへの権力集中が正当かつ必要不可欠なものであるかのようにドイツ国民を洗脳して行きました。
このナチスによる独裁権力掌握の過程は、どこかの国で、今まさに起きつつあることと極めて似通っていると感じるのは私だけでしょうか?
さて、ここまでは暗黒の歴史のデジャブ(既視感)だとしても、これから先の私たち日本人には、どのような未来が待ち受けているのでしょうか?未来におけるWikipediaの「特定秘密保護法案」の次の章にどのような記述を掲載するか、それは、私たち一人一人の日本人の選択と今後の行動が決めるのではないでしょうか?
特定秘密保護法をひっくり返すチャンスはまだ残されています。
私たちは、日本は敵意に満ちた人々に囲まれ、国内にも裏切り者が沢山いるからと戦々恐々し、少数者に権力を集中し、鋭い棘で武装した固い殻の中に閉じこもり、「尻尾を振って金を貢げば守ってやる」と約束するヤクザとだけ仲良くし「自分たちは強い国だ」という幻想にしがみつく不安と恐怖に満ちた未来を選択するのでしょうか?
それとも、真に国民の付託を受けた政権担当者との相互信頼のもとに真実を分かち合い、世界の人とも信頼と友好に根ざした友情関係を築き、ともにより良き世界を作り上げていく、真の自信と誇りに満ちた誠と慈悲の国を目指して行くのでしょうか?
私たちが、自分たちが心の底から望む未来のイメージを心に強く思い描きながら、その実現のための行動を一つ一つ積み重ねて行くならば、それを現実のものとすることができるのです。
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特定秘密保護法案を廃案にしよう
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はじめに
秘密保護法のテロの定義の正体について記したほぼ同主旨の以下二つの記事を(まだ読んでいない方は)是非読んで見てください。
「絶叫デモはテロ行為」石破幹事長 市民活動、テロと同一視(東京新聞)
「石破発言について」(BLOGOS)
石破幹事長の「テロと変わらない」発言に「じぇじぇじぇ!」(でもないか)
これで、現政権は、自らの政策に反対意見をもつ市民の抗議活動を「テロ活動」に準ずる行為とみなして抑えこむ意図があることが明白になったと言えるでしょう。
日本弁護士連合会が新宿西口駅前で開いた集会では、日弁連秘密保全法制対策本部副本部長の海渡(かいど)雄一弁護士が「石破幹事長にとっては、法案反対を叫ぶ人も原発反対を叫ぶ人も、みんなテロリストに見えていることがよく分かった」と訴えました。
京都市であった集会では、1972年の沖縄返還に伴う密約文書を入手して国家公務員法違反(そそのかし)罪に問われ、有罪が確定した元毎日新聞記者の西山太吉さん(82)が「集会・結社の自由を認めない違憲発言だ。法案には市民の意思表示を抑えたいとの意図が見える」と批判しました。(以上二つは、毎日新聞の記事より抜粋)
特定秘密保護法が制定されれば、政府に都合の悪い情報は軒並み「テロに関する情報」などとして特定秘密の対象とされるおそれがただの杞憂ではないことがはっきりして来たのではないでしょうか?
一応政権の良心(あると仮定して)に敬意を評して「じぇじぇじぇ!」と書きましたが、これは十分想定内のことであり、予想通りの発言で別に驚くには値しないというのが本当のところですが。
自分たちの政策に異を唱えるならば「テロ行為」と同一視して処罰の対象になるぞとほのめかし威嚇することで大衆に恐怖心を植え付ける石破幹事長の発言こそ「国民に対するテロ行為」そのものだと言えるでしょう。
政権与党の幹事長という権力の座にある者がそのような発言をするということは一般市民の大音量の訴えより遥かに大きな政治的な力をもっているのです。それはまさしく言葉の暴力だと言えるでしょう。それを音量の問題にすりかえる石破幹事長は、政権与党の責任者としての自覚がまったく欠如していると言わざるをえません。
彼が本当に耳を塞ぎたかった声とは?
国会前のデモが実際にどの位の音量で行われていたかはわかりませんが、少なくとも石破幹事長にとっては、自分たちが押し通そうとしている法案に対して異を唱える一般大衆の声は、耳を塞ぎたくなるほど大きな声に聞こえたのでしょう。
彼が聞いていたのは、そのデモの声だけでなく、同法案に対する、あるいは十分な審議もなく国会を通過させようとする自民党のやり方に対して日に日に高まりつつある無数の一般市民の懸念と疑義の声だったのでははいでしょうか?彼の耳には、実際の物理的な音量よりも大きな声に聞こえたのでしょう。
でも、彼が本当に耳を塞ぎたかったのは、それだけ多くの国民の不安や疑問の大きな声があるのにもかかわらず法案を力づくで通そうとすることについて罪の意識を感じている自らの良心の声だったのではないでしょうか?
ヘブライ語聖書(「列王記」上の19章、預言者エリヤ伝)の中で、傲り高ぶって道を外れてしまった大預言者エリヤの過ちを正すために彼の心の中で響いた「静かな小さき声」(Still small voice )すなわち良心の声(内なる神の声)は、石破幹事長の中では今や「力強い大きな声」として響き始めているということではないでしょうか?
良心の声は、普段は「静かな小さな声」ですが、人が静かな小さな声による警告に耳を貸さないで誤った方向へ進み続けると「力強い大きな声」として響くようになるのです。しかし、迷いに深く囚われた人は、その大きな声にさえも耳を塞ぎ、全く真実が見えなくなってしまいます。
「公の秩序や国民の安全を守る」というお為ごかしの口実のもとに一般国民の利益や権利をひそかに損なう政策を次から次へと実施しつつある安部首相・石破幹事長のもとの驕り高ぶった自民党政権は、今や、そのような状態に陥りつつあると言えるではないでしょうか?
抗議の声をさらに大きくして「倍返し」するのは「今でしょ!」
危険性の存在を内実は知りながら一般国民には安全神話を信じさせてひたすら推進の道を突き進んだ原発政策の暗黒の歴史、米軍との密約に満ちた日米安保の闇の実態など、歴代の自民党政権の政策には、「愚民を導くためには、嘘や秘密も許される」という驕り高ぶった哲学が見え隠れします。これまで私たち一般国民は、自民党政治に欺かれその尊厳を踏みにじられて来ましたし、今、彼らは、特定秘密保護法の制定や秘密裏に進めるTPP交渉などによって、ふたたび茶番劇を繰り返そうとしているように私には思えます。
特定秘密保護法案に反対する(あるいはより慎重な審議を求める)国民は、現在、権力者たちが国民の反対の声を耳障りに感じている実態に勇気を得て、ますます声を大にして自らの抗議の意思を主張して行こうではありませんか。私たち一人一人には石破幹事長のような権力はありませんが、多くの人びとが声を束ねることで与党幹事長の権力に対向する大きな声を上げることができます(ただし、言うまでもないことですが「大きな声」とは大音量のことではありません)。
特定秘密保護法に反対する私たち国民の意思を明確に示すのは「いつやるか?今でしょ!」。市民の意思表示に「テロ」のレッテルを貼った石破幹事長のお・も・て・な・しには、さらに大きな声で反対の意思を示すことで「やられたらやり返す。倍返しだ!」
抑圧為政者と同じ穴のムジナにならないために心すべきこと
ただ、その際に一点だけ気をつけなければいけないのは、憤り(怒り)にまかせた意思表明をしないということです。大音量が必ずしも「主義主張の暴力的な強要」になるとは思いません(そもそも、それを大音量と受け取るかどうかは個人の主観によって大きく左右されるでしょう)が、デモなどで意思表示するときも理性を失わずに品位を保ちながら整然と行うことが大切でしょう。
なぜなら、民衆を操ろうとする支配者たちは、自分たちに対する反対運動の中にも工作員を送り込み、大衆の怒りを煽りデモの品位を低下させることで、反対運動の社会的な信用を低下させることを目論んでいるからです。それこそ、彼らの手管にかかって市民の側が万が一暴力的な行為に及んでしまえば、それを口実にして「暴力鎮圧」を口実にして一気に市民の反対行動を丸ごと弾圧することができるからです。それこそ「公の秩序を保つために個人の自由に制限を加える」という自民党の憲法改正の主張を正当化する根拠を与えてしまいます。
怒りでなく慈悲に根ざした反対運動を
たとえどんなに相手が卑劣な手段を使ってきたとしても自制心を失ってはいけないと思います。私たち良識ある市民は、インド独立運動の時に、支配者のイギリス軍兵士に棍棒で殴られて血だらけになりながらも非暴力不服従の態度を貫きついには英国支配からの独立を勝ち取ったインドの民衆に見習うべきではないでしょうか?そのためには、政権に対する「怒り」ではなく、「慈悲」の心にもとづいて反対活動を進めることが大切です。これは、真に人々を幸福に導く社会変革を目指す上で非常に重要なポイントですので、稿を改めてまた詳しく取り上げてみたいと思います。
(次回投稿に続く)
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