あるスーフィー巡礼者の日記 A diary of a sufi

思い込みや見かけにだまされず、本質を見極めましょう。

經世濟民のための社会システムとは

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【株高が示す日本経済の病態悪化】
 
 本日(119日)、日経平均株価が2510ヶ月ぶりに最高値を更新したからって、安倍政権を支持する人たちは「アベノミクスの成果だ!」って鼻息荒くしてるんだろうなあ。
 
 実におめでたい人たちです。

 アベノミクス下での株価の上昇は、経済の好調を示すしるしではなく、むしろ日本経済がますます悪化の一途を辿っている証拠なんですよ。
 
 それは、人体で例えてみれば次のような病態に相当します。


①  血の巡りが悪いことによって冷えのぼせ(下半身が冷えているのに頭に血がのぼっている状態)が生じている。
      健康に良いと言われている「頭寒足熱(あるいは上熱下寒、上虚下実)」の逆ですね。
    「のぼせて興奮している(気逆)」を「元気がある」と勘違いしているわけです。
② 大企業の業績が上がっているが、中小企業への還元などの形で日本経済全体を潤すことなく、企業の内部留保として蓄積される。
      それは、中医学(漢方と源流を同じくする中国の伝統医学)で言う「瘀血内留証」〔血の流れが滞り身体の特定の部分に溜まることにより、様々な病的な状態がもたらされる〕に相当します。
 
【やがて脳の血管がキレるように日本経済は破綻する】
 
 これでもし「見ろ!やっぱりアベノミクスは正しかったんだ」とばかりに現在の経済政策を続けていくなら、大企業や富裕層や投資家たちはますます儲かったとしても、日本経済の全身状態はますます悪化の一途を辿っていきます
 
 そうなると、たとえば動脈硬化症の人の血圧が上がることで脳の血管が切れて脳卒中になるように、遅かれ早かれ日本経済は破綻を来すでしょう。
 
【あるいは転倒骨折して寝たきりになるか】
 
 あるいは、大企業や富裕層が肥え太る中で、中小企業や貧困層(から中間層)はますますやせ細っていきます。
 
 大企業や富裕層といった少数派の経済活動も、中小企業や貧困層から中間層といった多数派の経済活動(下請けや国内需要)によって支えられています。
 したがって、日本経済の下支えが失われると、やがて大企業や富裕層も枯れ果てていくことになるのです。
 
 あるいは、仮に貧困層や中間層から富裕層への富の流れをある一定期間は継続することができたとしたらどうなるでしょうか。
 つまり、下半身がやせ細っているのに、頭だけがどんどんでかくなっていくわけです。
 そうなれば、ちょっとした小石につまづいて転倒して、日本経済はあっという間にこけてしまうでしょう。


 お年寄りが大腿骨骨折を契機に寝たきりになってしまうように、日本経済はもう二度と立ち直ることができなくなってしまうかもしれません。

 
 その時になって初めて「アベノミクスが日本経済の息の根を止めた」と気づくのでしょうか。
 
 小生のブログの過去の投稿の中で、漢方医学のベースとなる陰陽論をもとにアベノミクスの病態生理をもっと詳しく解説した記事がありますので、興味のある方は是非ご一読ください。
 
【本末転倒の「ふるさと納税」の命を蘇らせるには】
 

 ふるさと納税を巡って様々な議論が沸き起こっています。

 

 確かに、今やふるさと納税は納税額を増やしたい自治体側の「返礼品競争」と納税者の返礼品目当ての無節操な「納税先ショッピング」がエスカレートして本末転倒になっている感は否めません。

 

 でも、私は、「ふるさと納税」は、もしそれを適切に活用するなら社会をより良き方向へ変革する力になりえると考えています。

 

【返礼品にも肯定的な意味があったが】

 

 まず、「ふるさと納税」で返礼品を送ること自体は、必ずしもふるさと納税の趣旨に反したものとは思いません。

 

 「ふるさと納税」は、生まれた土地、以前に住んでいた土地、など自分の生い立ちに何らかの縁のある自治体に納税するのが本筋です。それは、自分が受けてきた恩恵への感謝の徴であり、仏教や神道における「お蔭さまで」と同様の理念に根ざしていると言えるでしょう。

 

 返礼品は、その土地の名産品や地場産業の発展に寄与する物品を選ぶことが通例になっています。それは、地域の産業の健全な発展に貢献することになりますし、縁のある土地の名産品をいただくことでその土地との精神的な絆をさらに強める効果をもたらします。

 

【本来の趣旨から外れた濫用】

 

 ただ、「どうせ納税しなければいけないなら、なるべく高額な返礼品をくれるところに納税したい」とばかりに、返礼品カタログを物色しながら縁もゆかりもない自治体に節操もなく「ふるさと納税」をする人が増えているのは事実でしょう。さらには、返礼品をネット上で転売して現金化する人もいるようです。

 

 貨幣経済の負の側面に毒された現代の日本人の心の貧しさを象徴する出来事だと言えます。

 

 また、ふるさと納税によって返礼品などの恩恵を受けることができる限度額は納税額が大きい人ほど高い、つまり、「富裕な人ほどより多くその恩恵を受けることができる」という現行のシステムにも問題があると言えるでしょう。

 

 つまり、返礼品(の経済的価値)を税金の還付の一種とみなすならば、「ふるさと納税」は一種の逆累進課税(富裕層ほど得する税のシステム)だと言うこともできるかもしれません。

 

【国税が国民のために使われるとは限らない現実】

 

 私は、「節税」つまり「なるべく納める税金を少なくしたい」という風潮には同調できません。税金には、本来は「自分が属する共同体の相互扶助を実現するための経済的な基盤」という目的があると思うからです。

 

 ただ、現在の日本の中央政府、さらには地方自治体の多くでは、税金がそういった本来の目的のために正しく使われているとは言い難い現実があります。

 

 安倍晋三は、税金は「国民から吸い上げるもの」(本人の弁)という信念のもと「国民のために使うためのお金」ではなく「自分(たち権力者)が自由にできるお金」と考えているようです。

 

 日本国のために納めたはずの税金が、安倍晋三のような為政者の手にかかると、人殺しの道具(軍事兵器)を買うためや軍需産業の発展のために使われたりしてしまいます。

 あるいは、命をないがしろにして国土を荒廃させ地球の寿命を縮める原子力発電の建設や運転のために使われたりしてしまうのです。

 

 つまり、国民の助け合い、支えあいのために納めたはずの税金が、多くの国民を不幸にしたり、世界中に害悪を及ぼしたりするために使われてしまうという現実があるわけです。

 

【市民税が市民のために使われるとは限らない現実】

 

 国税だけでなく、山形市に納める市民税も、本当に山形市民のために使われるのかははなはだ疑問です。

 

 たとえば、現市長である佐藤氏は、「医療先進都市をめざす」を旗印に、重粒子線治療を中心とした巨大医療産業プロジェクトに莫大な予算をつぎ込もうとしています。

 

 そもそも重粒子線治療とは、莫大なお金(つまり膨大なエネルギーや資源)を必要とする割に、ごく一部の人しかその恩恵を受けることのできない「巨大医療テクノロジー」だと言うことが出来ます。

 佐藤市長は「莫大な経済効果」を謳って無知な市民を煽り立てていますが、「莫大な経済効果」ということは、その推進に莫大なお金(つまりは資源やエネルギーや人手)が必要とされる、ということなのです。

 

 経済効果と裏返しである「金食い虫」としての重粒子線治療の問題の一端をうかがわせる新聞記事が、5月17日の毎日新聞に掲載されていました。これは、重粒子線治療を中心とした「医療先進都市構想」が孕む問題点のごく一部に過ぎません。

 

重粒子線がん治療事業 赤字48億円か 27年度まで累積試算 山大医学部 https://mainichi.jp/articles/20170517/ddl/k06/040/044000c

 重粒子線治療(をはじめとする先進医療)が孕む問題点の一端については、次の記事も参考になるでしょう。

300万円かかる「がんの粒子線治療」は本当に夢の治療か?(ダイヤモンド・オンライン)http://diamond.jp/articles/-/86132?page=5

 同記事から、以下に一部引用します。

〜〜〜〜〜

 なぜか粒子線治療に関しては、保険適用のためのデータ収集は怠る一方で、患者にお金を支払わせる仕組みづくりばかりが熱心に行われている。こうなると、粒子線治療は最初から健康保険の適用など目指しておらず、「医療」という名のもとに、お金のある患者を呼び込むためのビジネスの様相を呈してくる。

〜〜〜〜〜

 また、悪性胸腺腫で2007年に亡くなった山本孝史さんが自ら学んだ結果を問題提起としてまとめられた以下の論文も一読に値します。

 「重粒子線治療施設を中心とした医療先進都市構想」をぶち上げ市民の射幸心(引き寄せ心)を煽り立てる佐藤市長は、このような患者さん自身の声にちゃんと耳を傾けているのでしょうか?

「“重粒子線大国”をめざすのは正しい選択か?」

 

【市民税からの税収が地域の底力をそこなう事業に使われるおそれ】

 

 もし、重粒子線治療を中心とした医療先進都市構想の実現のために私たち山形市民の血税が投入されたとしたら、市長が誘致しようとしている(中央をベースとする)大企業やその関係者だけが潤い、山形をベースとする地域産業(とくに中小企業)が相対的に圧迫を受ける、という結果をもたらす危険性があります。

 

 巨大医療機器メーカーなど中央にベースを置く大企業に依存せざるを得ない「巨大医療産業構想」は、山形市民の「中央指向」に拍車をかけ、山形市で地道に受け継がれて来た伝統技術や地域に根ざした等身大産業をないがしろにする風潮をさらに強める危険性が高いと思います。

 

 人間は「目先の利得」に弱い動物です。目の前に「経済効果」や「雇用創出」などのエサをぶら下げられたら、ついかぶりついてしまう人は少なくないと言えるでしょう。

 その結果、地方の底力が害われてしまいかねません。

 

【「引き寄せ」の本質は「独り占め」である】

 

 私は、すべての先進医療や医療テクノロジーを否定しているわけではありません。でも、医療資源(医療のために仕える物質的な資源、人手、エネルギーなど)は有限なのですから、その使い道を賢明に選択する必要があります。

 

 一部の人しかその恩恵を受けることの出来ない巨大医療産業に莫大な医療資源が使われてしまったのなら、より多くの人の健康増進や治病に寄与するはずのもっと地道な医療の進歩や普及のために注がれるべき医療資源は相対的に減らされることになるのです。

 

 たとえ重粒子線治療がガンの治療に一定の効果があったと仮定しても、重粒子線治療に入れ込むあまり、生活習慣の改善や身近な食品や薬草などを活用した治療法など、「そもそもがんを発症するリスクを減らす」という地道な努力への取り組みが相対的に疎かにならざるを得ないのです。

 

 佐藤市長の「医療先進都市構想」は、その本質は富(お金つまりは、資源やエネルギー)を一部の人のもとに「引き寄せる」ことを目論むものです。「引き寄せ」がもたらすのは富の偏在であり、「奪われた人々の貧しさと不足」に他なりません

 

【税制そのものを否定するわけではない】

 

 もちろん、すべての国税や地方税が悪い目的のために使われているわけではありません。一般市民の福利の向上のために使われているお金もあるのです。

 

 ですから、たとえ現安倍政権が暴虐非道の政権であり、現山形市長がその暴虐自民党政権とつるんだ問題の多い市長だったとしても、国税や市民税を納めるべきではないというつもりは毛頭ありません。

 

 ソクラテスが「悪法も法なり」と言って自ら毒杯をあおったように、「悪政下の税金も税金である」という側面はあると思います。

 

【ふるさと納税で未来の選択の意思を示す】

 

 ただ、せっかく「ふるさと納税」という形で、私たちに納税先を選択する自由が与えられているのですから、その自由を、より良き政治をもたらすために大いに活用すべきだと私は考えます。

 

 具体的には、自分が「国民や市民のための政治を行っている(少なくともそうしようと努力している)」と考える自治体に「ふるさと納税」をすることで、そういった自治体を経済的に(また精神的にも)応援することができると思います。

 

 また、そういった私たちの選択の意思を示すことは、社会全体の目先の利益を追い求める風潮に一石を投じる効果もあるでしょう。

 

【すべての人のふるさとを守るために】

 

 そういうわけで、我が池淵家では、妻と話し合った結果、次回の「ふるさと納税(少なくともその一部)」は、「ふるさと納税の税収(の一部)を大間原発の建設差し止め訴訟の費用にあてる」と宣言している函館市に納税することを予定しています。

 

 函館市による大間原発建設差し止め訴訟については、以下のリンクのニュース記事をご参照下さい。

 

ふるさと納税で原発差し止め訴訟 「違和感」出る中、函館市の言い分(J-CASTニュース)

 

 私たち一家は函館市とは直接の縁はありません。でも、福島原発の事故からも明らかなように、「新原発の建設差し止め」は、日本中(さらには世界中)の市民の命と健康と暮らし(さらには国土や自然環境)を守るためにも大切なことだと考えます。

 

 そういう意味では、函館市へのふるさと納税は、まさしく「私たちのふるさとを守る」ための納税だと言うことができるでしょう。

 実際、「函館市の原発差し止め訴訟費用」のための寄付としては、関東や近畿圏からの寄付(ふるさと納税)が圧倒的に多いようです。

 

 なお、函館市へのふるさと納税についての案内は以下のリンクをご参照ください(ふるさと納税の使途を「大間原発差し止め訴訟費用」に限定することが可能です)

 

函館市ふるさと納税について|函館市

 
 

【山形市民としての務めをまっとうするために】

 

 日本から原発をなくしていくことは、放射線被曝のリスクを減らすということに繋がっていきます。それは、当然のことながらすべての人のガンの罹患リスクを減らすという結果をもたらすでしょう。

 

 つまり、これ以上原子力発電所を建設させないことは、重粒子線治療によってガンの末期の患者さん(のうちの極少数)の寿命を多少延ばすこと(が仮にできたとしても、それ)よりも遥かに山形市民(さらには日本国民、世界中の人)の健康の向上に寄与する効果をもたらすと思います。

 

 したがって、私は、安倍自民党政権と手を組んだ現佐藤市長のもとで山形市に納税するよりは、新原発の建設差し止めをめざす函館市に納税することの方が、山形市民としての務めを果たすことにより大きく寄与すると考えるのです。

 
【今回の株価の上昇は病的なものである】
 
 先の投稿で、410日に日経平均株価が2万円台の大台に乗ったのは日本経済にとってよろこばしいことではなく、むしろ憂うべきことであることを述べました。
 
 今回の投稿では、なぜ一見日本経済の活性化を示すと思われがちな株価の上昇が憂うべきことなのかを、漢方の理論と易の思想(陰陽論)をもとに解き明かしたいと思います。
 
 株価が上昇しているのは、アベノミクスによって潤った輸出大企業がほとんどであり、一般庶民や中小企業にアベノミクスの恩恵は及んでいません。

 したがって、株価が高値を記録し株式市場がヒートアップする一方で、一般庶民や中小企業などは「景気回復の実感はない」ですし、むしろ経済的は落ち込んで生活や経営はさらに苦しくなりつつあるのが実態です。
 
 これは、漢方で言えば、本来天から地へ流れ降りるべき気が天に上ってのぼせあがった「気逆」の状態にあると言えるでしょう。
 
【株価の上昇が示す日本経済の「天地否」】
 
 また、今の日本経済の状態を易の卦にたとえると、天(陽)の気が上に昇り地(陰)の気が下に降り陰陽が交わることなく二極分化が進んでしまった「天地否」の状態にあると言えるのです。

 「天地否」は、上卦に「天」があり下卦に「地」があり、素人目には、天と地が本来の場に配置された良い卦のように見えますが、実は、最も不安定で発展性のない卦です。
 
 現在の株式市場の好況(株価の上昇)は、公的資金の投入によって誘導された主として外国人投資家(や一部日本人の富裕な投資家)の投機的な投資によりもたらされているものです。 

 つまり、「今後も株価が上昇しそうだから今のうちに買っておこう」という動機に支えられているわけです。
 
 上昇しつつあるものをさらに上昇させる力が働いているわけです。
 これを漢方医学が示す人体の状態に例えると、本来上昇する性質をもった気がさらに上に導かれている「気逆」の状態にあると言えます。
 
 人体の健康すなわち健全な生命活動のためには、気は、「上から下に流れるべきもの」なのです。

 気が上から下に流れ下半身が充実・安定し、上半身が軽くなった状態を、漢方では「上虚下実」と呼んでいます。
 「上虚下実」が達成されれば、それにともなって血流も下半身に降りてくるようになり「上熱下寒」あるいは「頭寒足熱」の状態が導かれるのです。
 
 経済活動においても、現在の金融資本主義においては、お金は高い所に集まる傾向があります
 その結果、富めるものがますます富み、貧しいものはさらに貧しくなっていくという二極分化が進んで行くわけです。
 
 したがって、日本経済さらにはグローバル経済の健全な運営のためには、むしろ高いところに集まってしまったお金を低い所に灌流させる仕組みが不可欠なのです。
 それは、本来政府など公的機関が行うべき「富の再分配政策」です。

 富の再分配によって天(陽)のエネルギーが下に降り、地(陰)のエネルギーが上に昇ることで陰陽の気が交わり、「地天泰(ちてんたい)」という最も安定した状態が実現されるのです。
 
【日本経済を不安定化させるアベノミクス】
 
 しかし、トリクルダウン理論をベースとした新自由主義を奉じるアベノミクスでは、高い所にさらに多くのお金を集めようとしています
 
 投機的なマインドによって支配されている株式市場においては、基本的には高い所にお金が集まるのは避けられないことです。 将来確実に値が上がることが見込める場合を除いて、株価の低い不良銘柄に大量の資金を投入する人はあまりいません。
 
 株価が上昇すれば、人はさらに多くのお金を株式に投入し、逆に株価が下落したら、株を売ることで資金を株式市場から引き上げようとします。
 
 しかし、健全な経済の運営のためには、社会的に重要な役割を果たしている企業や組織に対しては、株式の動向に関わらず常に安定した資金の供給が不可欠であることは言うまでもありません。
 
 そして、今までの日本経済では、年金基金や郵便貯金などの公的資金が、そう言った株式の投機的な変動に左右されない社会的ベースロード資金源としての役割を果たしていたのです。
 
 しかし、安倍政権によって、そういった経済のベースを支えるべき資金さえ、投機的で不安定な、資金が集まっているところにさらに多くの資金を集める株式市場に投入されることになってしまったわけです。
 
 つまり、日本経済は、株式市場による経済成長をも支えている土台の部分を疎かにして浮き足立っている状態にあると言えます。
 
 この状況におちいった日本経済の状態を漢方の概念で説明するならば、本来は五臓六腑を栄養してその働きを支えるべき営気が、頭に昇ってのぼせ上がった「気逆」の状態にあるのです。

 易でたとえるなら、上昇する性質をもった天の気がさらに上昇し、下降する性質をもった地の気がさらに下降し、天と地に気が分離してしまう「天地否」の状態です。
 
【気逆は判断力を曇らせ病態をさらに悪化させる】
 
 「気逆」(のぼせ)は、一見気が高ぶってエネルギーに満ちているかのように見えますが、健康なエネルギーの充実ではなく、精神状態を不安定化させ判断を曇らせます
 イライラ・かっかとして怒りとして爆発することも少なくありません。経済で言えば、たとえば「バブルの崩壊」です。
 
 そして、気逆によりもたらされる活気は長続きせず、やがて人を「気虚」に陥らせてしまいます。経済で言うなら、バブルが弾けてデフレに落ち込んでしまうわけです。
 
 つまり、今回の株価の上昇は、本来は社会的ベースロード資金源として経済を安定化させるために使われるべき年金基金などの公的資金を株式に投入した結果としてもたらされた病的な株式活況であり、日本経済が「気逆」に陥ってしまったことを示すものなのです。
 
 気逆によって判断力を狂わされた日本国民が、もし地方選挙で間違った投票行動を行ってしまうなら、気逆の病態はさらに進行することになり、日本経済はさらに悪化の一途を辿って行くことになるでしょう。
 
 
【アダム・スミスの真意とは】
 
 ところで現代社会には、「新自由主義が掲げる市場原理至上主義は、近代経済学の父アダム・スミスが唱えた説をベースにしている」という言説が蔓延っています。では、新自由主義者は、本当にアダム・スミスの説に従っているでしょうか?
 
 たしかに、アダム・スミスは、経済活動に対する政府の恣意的な介入に対しては否定的で、市場原理に委ねた自由な経済活動を重んじることにより「見えざる手」が働いて万人の豊かさが達成されるとする「自由主義経済論」を唱えました。
 
 しかし、スミスが徹底的に批判した政府の介入とは、当時のイギリス政府による重商主義的政策や軍事力に依存した植民地主義的な政策です。
 つまり、彼が否定したのは、政府の恣意的な介入により海外貿易を振興し海外から貨幣という形で富をかき集めること、あるいは、戦争の資金の調達のために大量の国債を発行するといった政府介入などです。
 
 わかり易く言うならば、自分(たち)さえ金持ちになればいい(あるいは領土を拡大できればいい)という貪りの心に根ざした政府の介入に対して反対したのです。
 
【アベノミクスはアダム・スミスが批判した重商主義と瓜二つ】
 
 異次元の(無節操な)金融緩和政策によって輸出産業を恣意的に優遇し、戦争を肯定する立法政策と外交政策や武器輸出の推進などにより軍需産業の振興を後押ししている安倍政権の経済政策は、まさしくアダム・スミスが厳しく批判した18世紀の英国政府の重商主義政策と同質のものだと言えるでしょう。
 
 輸出主導で経済成長を図ろうとする政策は「新重商主義」と呼ばれますが、アベノミクスはまさしく新重商主義政策そのものなのです。
 
【市場原理が正しく機能するための二大倫理原則】
 
 経済学者であるとともに優れた倫理思想家でもあったスミスは、市場原理が正しく機能し万人が豊かになるためには、経済活動に関わるすべての人が、次の二つの倫理原則を実践することが不可欠であると唱えました。
 
  万人が真実の情報を共有する
  万人が共感に根ざした営利活動を行う
 
「共感に根ざした営利活動」とは、人はみな利己的な存在である(自分が一番可愛い)という現実を認めながら、他者の痛みを自分の痛みのように感じる「共感(sympathy)」能力を大切にすることによって、自分だけの利得をもとめる利己主義を共存共栄のための営利活動に昇華するということです。
 これは、近江(おおみ)商人[1]が実践していた「三方よし」経営の実践と同質のものだと言えます。
 つまり仏教的に言えば、慈悲心を育むことによって利己心(自分がしあわせになりたいと思う心)を自利利他(ともにしあわせになる)の心に昇華するということです。
 
 
 この二つの倫理原則を分かり易い言葉で言い換えるなら、正直と慈悲(思いやり)という二つの徳目の実践ということになるでしょう。
 
 さて、この二つの倫理原則を、新自由主義者たちが順守していると思いますか?
 
 新自由主義者の多くは、マスメディアを牛耳って自分たちの都合のいいように情報操作を行い、富を独占して私腹を肥やすことに汲々としています。
 「正直と思いやり」という徳とはほぼ無縁の新自由主義者たちの好き勝手にさせることで市場原理が正しく機能するはずはないのです。
 
【市場原理は分かち合いと支え合いのためにこそ使われるべき】
 
 アダム・スミスは、「真の豊かさの源泉は心の平静にある」とも説きました。
 
 市場原理と自由な経済活動は、一握りの人が富を独占するためにあるのではありません。すべての人々が思いやりと正直の徳のもとに、限り在る資源を分かち合い、ともに支え合って、慎ましやかに、しかし心豊かに生きていくためにこそ使われるべきなのです
 


[1] 近江商人の実践哲学としては、「三方よし」「利真於勤」などがあります。
「三方よし」
「売り手よし、買い手よし、世間よし」のことで、
 売り手の都合だけで商いをするのではなく、買い手が心の底から満足し、さらに商いを通じて地域社会の発展や福利の増進に貢献しなければならない。
   利真於勤
 利益はその任務に懸命に努力した結果に対する「おこぼれ」に過ぎないという考え方で、営利至上主義の諫め。新自由主義者が唱えるトリクルダウン理論の「トリクルダウンtrickle-down」も「おこぼれ」という意味ですが、新自由主義は営利至上主義そのものであり、同じ「おこぼれ」でも、両者の間には天と地ほどの違いがあると言えるでしょう。
【株価の上昇に浮かれる無知(もしくは自己中)な人々】
 
 410 日、日経平均株価が一時15年ぶりに2万円台の大台に乗せたことを受け、安倍政権の関係者、そのトリクルダウン(おこぼれ)に与るエコノミストや経済アナリスト、そして経済の本質を理解できずにアベノミクスを支持するネトウヨたちは「アベノミクスの成果によって景気が回復しつつある証拠!」と鼻息を荒くしています。

 これは、漢方で言えば、本来天から地へ流れ降りるべき気が天に上ってのぼせあがった「気逆」の状態にあると言えるでしょう。
 
 株価の上昇は必ずしも実体経済の回復や成長を意味するものではありません。現在のような形で健全な景気の回復や持続可能な経済成長をともなわずに株価だけが上昇することは、日本経済の長期的な健全な発展にとってはむしろ憂うべきことであると言えます。
 
 なぜ、株価の上昇が憂うべきことなのかについては、また詳しく解き明かしたいと思いますが、とりあえず今日は、明日の地方選挙に向けて、アベノミクスの経済政策のバックボーンとも言うべき「トリクルダウン理論」の誤謬について解説したいと思います。
 
【株価の上昇と生活実感の乖離】
 
 株価が上昇しているのは、当然のことながらアベノミクスによって業績が好調な輸出大企業などがほとんどです。該当でのインタビューでも大企業の社員、富裕層、株で設けている人などをのぞく一般庶民は、相変わらず「景気回復の実感はない」と応えています。
 
 それは極めて当然のことで、アベノミクスの恩恵は一般庶民に行き渡っていませんし、むしろ大多数の庶民の生活はアベノミクスによってますます苦しくなっているからです。
 
 この乖離については、410日にTBSが放映したNスタの中でも取り上げられていました。
 
【TBS「Nスタ」(2015/4/10)
公的マネーと外国人頼み
一瞬の達成 この先は?
 
ナレーション
「政府はアベノミクスの成果が現れたと言いますが・・・」
 
1000万円台の車がよく売れているとBMWのディーラー。
 
ナレーション
「年明け1万7千円台でスタートした日経平均株価は3ヶ月余りで上げ幅が2500円を超えました。
 一方で去年は経済成長率が3年ぶりのマイナスに落ち込みました
 にも関わらず2万円に回復したのは日銀による異次元の金融緩和と130兆円もの年金資金運用、市場に流れ込む公的な資金が株を買い支えているのです。
 公的資金と外国人投資家に頼った相場は日本経済の実力以上という冷ややかな見方もあります。」
 
街角のインタビュー
「われわれの実体経済には関係なくて、外国人が投機的に儲けてるだけなんじゃないですか」
 
別の男性
儲かってるのは輸出関係のところだけでしょ。東京だけはなんか儲かってる感じがするけど、やっぱ地方に行ったらそうでもない」
 
証券アナリスト
「実質賃金がプラスに転じるのか、消費が起こるのか、設備投資が実行されるのかそのあたりがカギを握る」
 
ナレーション
2万円台の束の間の達成感に包まれたものの、2万円台が定着するのかどうか先の見通しははっきりしていません」
 
佐古忠彦(司会)
「日本経済にとってはいいニュースなんですけども、庶民から遠いところで数字だけが動いている印象なんですよね」
 
竹内 明アナ
「そうなんですよね。果たしてこの数字が実体に合ってるものなのかどうかということと、そして、足踏み状態の個人消費の改善に結びつくのかどうか。ここですよね」
 
 実は、上記の書き起こしは、とある人気ネトウヨの方のブログの記事(下記リンク)から拝借したものです。
 
 
 そのブログでは、上記の書き起こしに、いかにもネトウヨの方らしい(番組に対する)合理的根拠に乏しい感情的な批判コメントが添えられていましたが、こうして番組の中身だけを抜き出すと、かなり的確なアベノミクス批判となっていますので、ありがたく利用させていただきました。
 
【株価の上昇はアベノミクスの成果ではあるが】
 
 確かに、それ(株価の上昇)はアベノミクスの成果によるものだと言えるでしょう。ただ、「成果」と言っても、必ずしも一般国民にとって望ましい結果だとは言えません。
 例えば、高血圧の方に昇圧剤を投与すると当然「血圧上昇」という成果がもたらされますが、それを喜ぶ人は昇圧剤を開発してその効果を確認したい人ぐらいでしょう。
 
 実体経済の健全な改善を伴わない株価の上昇がなぜ日本経済にとってマイナスなのかについては、また別の機会に詳しく解説したいと思います。
 
【株価の上昇が示す日本経済の「天地否」】

 ただ、今の日本経済の状態を易にたとえると、天の気が上に昇り地の気が下に降り二極分化が進んでしまった「天地否」の状態にあると言えるのです。

 「天地否」は、上卦に「天」があり下卦に「地」があり、素人目には、天と地が本来の場に配置された良い卦のように見えますが、実は、最も不安定で発展性のない卦です。

【トリクルダウン理論の幻想にしがみつく一般庶民】
 
 それでも、アベノミクスの恩恵を直接受けていないにも関わらず安倍政権を支持(もしくは容認)する人がそれなりに存在するのは、「今はまだ、アベノミクスの恩恵が十分に全体に及んでいるとは言えないが、このままアベノミクスを進めていけば、やがて大企業や富裕層が独占している富が(滴り落ちるように)一般庶民にも及ぶようになり日本全体が豊かになっていく」というトリクルダウン理論を漠然と信じている日本人が少なくないからだと言えるでしょう。
 
 つまり、「アベノミクスの恩恵が一般庶民に及んでいないのはアベノミクスが道半ばだからであり、アベノミクスを支えるトリクルダウン理論そのものは有効である(かもしれない)」と考えている人が少なくないということです。
 
【二枚舌安倍政権と他人頼みの日本人】
 
 アベノミクスが新自由主義の理論的バックボーンの一つであるトリクルダウン理論を礎としていることは、否定しようがありません。
 安倍首相自身は、「アベノミクスはトリクルダウン理論(新自由主義)とは違う」と発言することもあります。しかし、彼の経済政策のブレインである竹中平蔵や甘利経済産業大臣自身は公の場で明らかにトリクルダウン理論を声高に擁護する言説を弄しています。
 つまり、安倍首相自身の言い訳は、ただ単に「自分は二枚舌である」ということを告白しているだけの意味しかもちません。
 
 輸出関連産業の大企業の関係者、株で設けている人たち、富裕層などではない一般人の中で、安倍政権を支持もしくは容認する人の中には、トリクルダウン理論に従ってやがて自分たちのもとにも恩恵がもたらされるのではないかと密かに期待している人がいるように思えます。
 
 安倍政権は、一般国民に数々の嘘をついて騙す詐欺師ですが、騙される国民にも責任があるのです。
 日本国民の中には、かつてのバブルの味が忘れられずにアベノミクス(トリクルダウン理論)が約束する絵に描いた餅の幻想にしがみついている人がそれなりにいるのではないでしょうか(そういう人たちが安倍政権を支持もしくは容認するのだと思います)。
 
 しかし、トリクルダウン理論が今後うまく機能し、アベノミクスの恩恵が一般庶民に広く行き渡るようになる可能性があるのでしょうか?そもそも、今までにトリクルダウン理論が機能したことがあったのでしょうか?
 
【トリクルダウン理論は機能しても機能しなくても不幸をもたらす】
 
 トリクルダウン理論は、高度経済成長期には、「見かけ上は」ある程度機能しているような錯覚を人々に与えました。しかし、実際はトリクルダウン理論が健全に社会の隅々に富を行き渡らせていたわけではありません。
 
 高度経済成長期にトリクルダウン理論を盲信した結果として蓄積された様々な歪みが、現在の地球上の様々な問題(環境破壊、資源枯渇、コミュニティーの破壊、格差の拡大、社会的統合性の破綻、人心の荒廃,etc)をもたらしているという側面は否定できません。
 
 つまり、トリクルダウン理論は、過去にも(真の意味で)正しく機能したことはなかったし、これからもないと言えるのです。
 
「アベノミクスの正体を暴く② 自利利他の経済哲学を説いたアダム・スミス」につづく

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