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ネルソン・マンデラ氏は27年間を監獄で過ごしました。これが、監獄から出た時に彼が発した言葉です。 この世界に 生まれつき他の人を憎んで生まれる人はいない。 それが、肌の色によるものであろうと、 生まれ育った背景によるものであろうと、 宗教によるものであろうと。
人は、憎むことを学ぶのだ。 そして、もし人が憎むことを学ぶことができるのなら、 彼らに愛することを教えることもできるはずだ。 愛は、その反対である憎しみよりも 人の心に自然に生まれる感情だからだ。 (ネルソン・マンデラ「自由への長い道のり」より)
ネルソン・マンデラ氏は、人種隔離政策をとる南アフリカ政府により27年間投獄されました。彼の罪状は何だったのでしょうか?南アフリカの黒人たちに対するとんでもない人権侵害を行っていた南アフリカ政府に対して立ち上がったことです。
彼は、1990年に釈放され、1994年のアパルトヘイト(人種隔離政策)の廃止運動を指導し続けました。彼は、同年に南アフリカ史上初の黒人大統領に選出されました。長年に及ぶ人権侵害の歴史の後に彼が成し遂げた最もめざましい業績は、「真実と和解のための委員会」を創設したことです。それは、「真実を語ること」「赦(ゆる)すこと」という二つの理念によって、長きに渡る人権侵害によって引き起こされた国民の心の中の傷を癒やすことに焦点を絞ったものでした。
マンデラ氏は、その後、貧困とHIV/AIDS撲滅のための「ネルソン・マンデラ財団」を設立しました。
彼は、2013年12月5日に逝去しました。彼は、95年の間一人の人間として地上に生きましたが、この世に歴史の書が存在する限り英雄として私たちの胸に刻まれることでしょう。この事実を分かち合い、彼の遺徳を偲びましょう。 (以上、UPWORTHY のSara Critchfield女史による記事の日本語訳)
パレスチナ人を憎んで生まれるユダヤ人はいません。 ユダヤ人を憎んで生まれるパレスチナ人もいません。
キリスト教徒でイスラム教徒を憎んで生まれた人も イスラム教徒でアメリカ人を憎んで生まれた人もいないのです。
日本人を憎んで生まれる中国人や朝鮮人もいません。 中国人や韓国人を憎んで生まれる日本人もいません。
左翼を憎んで生まれる人も、右翼を憎んで生まれる人もいません。
人はただ人として生まれるのです。 人として最も自然な感情、それは愛です。
憎しみは恐怖から生まれ、 恐怖とは、愛の光の不在により生まれる影に過ぎないのです。
光が満ち溢れるならば影は自ずと消えていきます。 世界を愛の光で満たしましょう。 恐怖や憎しみが存在し得ないほどに。
その時、特定秘密やテロ対策や自国防衛のための武装や軍事同盟は必要 なくなるでしょう。
まず、あなたの隣にいる人に微笑み いつもありがとうと感謝し、 抱きしめることから始めてみませんか?
積年の根雪も陽の光に照らされて溶け去るように 心に太陽を持つ人の前ではすべての敵意は消え去っていく (古代インドの叙事詩「ラーマーヤナ」の一節を下の句に据えた本歌取りです)
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無題
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【マスメディアの限界を打ち破るネット】
マスメディアによる情報操作の問題は、以前より多くの人が指摘して来たことである。だが、私たちは、それに変わる情報媒体を持たなかったがために、仕方なく主要な情報源をマスメディアに頼って来たと言えるだろう。
しかし、インターネットの普及により、その状況は大きく変わりつつある。
ブログやホームページを始めとして、個人がマスメディアに頼らない情報交換を始めるようになり、マスメディアの役割を凌駕しつつあるようだ。
確かにインターネットには、様々な影の面もある。憎しみや貪りなどの非道徳的な感情や歪んだ情報も急速に広がって行くことはその最たるものであろう。
だが、プラスの側面はマイナスの側面をやがて凌駕するだろう。では、どうすればネットのプラス面がマイナス面を凌ぐことができるようになるのだろうか。
【アダム・スミスの本意】
近代経済学の父アダム・スミスは、市場原理主義(自由放任主義経済)の生みの親として知られ、資本主義やその発展(あるいは堕落)形態である新自由主義の思想的源泉とされることが多い。だが、彼の政治経済思想の本質は市場原理主義ではない。
彼は、市場経済が正しく機能するために絶対不可欠な条件として、万人が万人に共感を抱く道徳心を育む、すべての人が真実の情報を共有する、という二つの前提条件を挙げたのである。
富の独占を推し進めるために情報操作に励む新自由主義者の多くは、そのどちらの条件も満たしていないと言えるだろう。だから、彼らの言いなりになることによってアダム・スミスが夢見た万人の幸福が達成されるはずはない。
【国民の幸福への鍵は経済体制ではない】
共感にもとづく道徳心を抱いた人々によって真実の情報が共有されれば市場原理によって万人の幸福は達成されるだろう。なぜなら、全ての人が万人の幸福を考えた経済活動を行うようになるからである。
その時初めて、政府や公的な機関による経済介入が不要となる。
だが、すべての人が共感にもとづく道徳心と真実の情報を共有するなら、自由市場経済でない国家統制経済でも公正で活発な経済活動を維持することができる。なぜなら、共感にもとづく道徳心を持った人たちは報酬の格差がなくても勤勉に働くだろうし、真実の情報にもとづく国家の公平な経済政策に対して文句を言う人はいなくなるからである。
つまり、万人の幸福をもたらす鍵は、「市場原理」や「自由経済」にあるのではなく、ひとえに「共感にもとづく道徳心」と「真実の情報の共有」にこそあるということである。
【共感と真実の共有は相乗関係にある】
そして、アダム・スミスが求めた二つの条件は、どちらが実現されても、もう一方も自動的に実現されることになる。あるいは、両者はお互いを促進する相乗関係にあると言える。
万人が真実の情報を共有するならば、何が自他の幸福をもたらし、何が自他に不幸をもたらすかが明らかになる。すべての生命が一つにつながって生きていることが明らかになるから、人は、自然に共感にもとづく道徳心を持つようになる。
共感にもとづく道徳心があるならば、人は情報操作をしなくなる。情報操作は、利己的な欲望を満たすために行われるからである。情報操作が行われなくなれば、すべての人が真実の情報を共有するようになる。
【アダム・スミスの経済思想は仏教と呼応する】
共感にもとづく道徳心とは、仏教の「慈悲」のことである。真実の情報の共有とは「正直」や「如実観(あるがままの観察)」のことであり、それによって「如実知見(あるがままの真理の理解)」がもたらされる。
アダム・スミスの政治経済思想とは、実は、「慈悲が知恵(真理の理解)をもたらし、知恵(真理の理解)が慈悲をもたらす」と言う仏教の教えと本質的に同一のものなのである。
彼が万人が育むべきだとした「(利害得失に囚われない)胸中の公平な観察者」とは、あるがままに世界を知覚する内なるブッダの意識(仏心)に他ならない。
【万人の幸福を達成する道】
私たちが、ブログを通した情報発信を行う時にも、共感に根ざした道徳心にもとづいて各自が出来る限り情報操作を廃した正直な情報発信を行って行けば、共感と真実の情報が広がるプロセスを力強く促進して行くことができる。
そうすれば、ネットの持つ強大な「広げる力」を通して、アダム・スミスが願った「万人の幸福」が達成されるための大きな力となるだろう。
【資本主義社会におけるマスメディアの宿命】
マスメディアは、資本主義の競争原理にもとづき、他社を出し抜くことを第一に考えて来た。大衆受けする情報を恣意的に選択するようになり、結果として大手マスメディアは、どこも同じような情報を提供する事態となっている。
そんな「似たりよったり」の中で、他社との差別化を図るため、より大衆の貪りや怒りといった情動を煽る短絡的な記事内容に偏向して行かざるを得ない傾向を持っていると言えるだろう。
そんな大勢の中では、たとえ良心的な報道を志すジャーナリスがいたとしても、利潤追求を第一とする組織の中で大きな発言力を得ることは難しい。
資本主義と民主主義が支配する道徳心の低い大衆社会では、マスメディアは堕落する宿命を背負っていると言えるだろう。
【ネットが持つ公正な情報交換の可能性】
だが、ネットを経由した情報交換は、一部を除いて必ずしも資本主義の経済原理に依存していない。著作権とそれにもとづく利益の分配が行われないWikipediaはその代表例であるし、アフィリエイトなどによってブログを飯の種にしている一部の人を除いて、多くのブロガーはお金儲けを第一目的に考えていない。だから、資本主義の経済原理に縛られない情報交換が可能となる。
その結果、政治的強者や経済的強者の思惑に左右されない多様な情報の流通が促進される。そう言ったネットの利点をさらに推し進めて行けば、マスメディアを遥かに凌ぐ公正さを実現することができるだろう。
【公正な情報交換を可能とするために】
ネットによる情報交換をより良き社会の実現のために活用する上で心すべきことがある。
それは、ネットを自己の主張を一方的に広げる場として利用するのではなく、それぞれが持っている情報を分かち合い、多様な意見に謙虚に耳を傾け、お互いに学び合う場として活用するということである。
私たちが前者に走るならばネットの弊害が広がって行き社会の歪みを助長する元となる。だが、後者を心がけるならば、ネットの弊害が取り除かれ長所が生かされるようになるだろう。
ネットを、社会を堕落させる根源としてしまうか、より良き社会をもたらす強力な武器にすることができるかは、アダム・スミスが提言した共感にもとづく道徳心と真実の共有、すなわち慈悲と正直の実践如何ということになる。すべては、私たち一人一人の心がけ次第なのである。
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日産・ルノーとダイムラー提携合意 エコカー世界戦略 技術補完
4月7日8時16分配信 フ ジサンケイ ビジネスアイ
日産自動車・仏ルノー連合と独ダイムラーが資本・業務提携することで合意したことが6日、明らかになった。7日に日産社長も務めるルノーのカルロス・ゴーン会長とダイムラー首脳がベルギーで記者会見する。3社は低燃費の小型車や電気自動車(EV)などの開発、生産で協力する。世界的に強まる環境規制や、高まるエコカーへの関心を背景に、相互の技術で補完し合うことで、勝ち残りを目指す。 【環境問題によって加速される分かち合いの動き】
これからの世界を動かすキーワードは、「補完」「共存」「協調」「分かち合い」である。
「今西進化論」を確立した今西錦司は、ダーウィンの進化論を支える「競争」「闘い」のパラダイムを超えて、「棲み分け」をキーワードに(異なる種の間の)「協調」と「共存」こそが進化の本質であるとした。
「競争」と「闘い」のパラダイムでは、これからの世界を人類が生き残って行くことはできない。
「環境問題などの地球レベルの諸問題への気づきを通して、調和と共存の理念に根ざした東洋の古代思想が蘇る」ことは、ノストラダムスも予言していたことである(その詳細については近々投稿したい)。
【文字情報の世界でも「分かち合い」と「補完」が進んで行く】
米国でのiPadの発売により、文字情報の世界での情報の共有化がさらに加速化されつつある。iPadでは、様々な出版物を電子書籍の形で読むことが可能になる。米国では、アマゾンのkindleを始めとしてすでに様々な分野で書籍の電子化が急速に進みつつある。
友人の話によると、書籍の電子化の利点の一つとして、「希少書籍の復興と普及」が挙げられると言う。通常の出版では、ある程度の部数の購買が見込めなければ赤字になってしまうため、価値があってもマイナーな書籍は、次々と絶版に追い込まれて来た。
日本が世界に誇る伝統文化・伝統医療である漢方の書籍でも、高い価値があるのに絶版になっている書籍が数々ある。
電子書籍では、安価で簡便に情報の共有が可能であるため、希少書籍を分かち合うことが経済的にも可能になるという。
【小さき声の復権】
「小さき声」の復権も、これからの世界を考える上で大切なキーワードである。それは、社会レベルでは、少数民族や小国の主張や文化を大切にするということであり、中小企業の役割を見直すということでもある。各組織内でも、少数意見に耳を傾けることが大切となる。個人レベルでは、旧約聖書で「内なる、静かな、小さき声」と表現される内なる神の声、すなわち良心の囁きを大切にするということである。
【分かち合いこそが繁栄への鍵】
日本の出版界が、書籍の電子化に対して抵抗している理由の一つは、「自分たちの取り分が少なくなる」という心配(恐怖心)である。
本当にそうなのだろうか?
文字情報の電子的共有化で最も有名なのは、Wikepediaであろう。私は、Wikipediaを積極的に活用するようになってから、書籍の購買数が圧倒的に増え、妻の顰蹙(ひんしゅく)を買っている。
Wikipediaで比較的自由に様々な情報が入手できるようになると、さらに詳しく突っ込んだ信頼に足る情報が欲しくなり、様々な古典書籍や中身のある本をじっくりと読み込むようになったからである。
【宗教の世界でも進む分かち合いと相互補完】
「独占」から「分かち合い」へのパラダイム・シフトは宗教の世界でも進みつつある。「自分たちが信仰する宗教こそが、唯一の正しい宗教である」とする考え方は時代遅れで有効性がない。
それぞれの宗教の本質は同一である。だが、それぞれの宗教にはそれぞれの得意分野がある。「共通する普遍的な真理」を大切にしながら、相手の宗教の長所を認め、それを学び合うことで、諸宗教の調和と棲み分けが達成されていくだろう。
今回の日産とダイムラーの提携も、合併や買収で大が小をのみ込むという従来の企業再編の形から、相互出資で緩やかに連合する形へのシフトが認められる。 98年に独ダイムラーが米クライスラーと合併した際も、経営の融合が進まず07年に合併を解消し、それぞれの経営の自主性は守りながら環境や新興国市場戦略という課題で連携する形に進化した。 今後確実に進んで行く緒宗教の統合も、一つの宗教が支配する形にはならないだろう。各宗教の自主性を残しながらも、それぞれの良さを補完し合い、環境や世界平和の問題などの惑星的問題で連携し合うという緩やかな連合が進んで行くだろう。 私は個人的には、「イスラームの顕密融合道」と「日本の神仏習合道」の相互補完と連携は史上最強のタッグになるのではないかと考えている。両者は、深いレベルでその本質を一つにしながら、補い合える部分が極めて多いのである(そのことについては後日詳しく論じたい)。
【「協調と共存」こそ、生命の根本原理である】
「独占」「(自分たちだけの)生き残り」「他者の排斥」「闘争の勝利」をパラダイムとする組織(国家、宗教、企業、団体など)や個人は、今後急速に衰退して行くだろう。
そして「分かち合い」「調和と共存」「寛容と協調」「闘争の放棄」をパラダイムとする組織や個人が繁栄していくようになる。それを大和言葉では「わ」の一文字で表わす。
世界に広がるともだちの「わ」なのである。因みにそれをアラビア語では「イスラーム」と言う。
もしそれが実現しないとしたら、人類はこの先この惑星で生き残っていくことはできない。だが、幸いなことにそれは実現されるだろう。世界中で、霊感を受けた無数の人々がそのビジョンを共有しつつある。
なぜなら、「協調と共存」こそが、生物の世界そして宇宙を司る根本原理だからである。
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インド独立運動の最中、イギリスの「分断して統治せよ」という我欲に満ちた策略によって、それまで仲良く暮らしていたヒンドゥー教徒とイスラム教徒の間に憎しみが生み出され、数々の殺し合いが行われていたときの話である。 |
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歴史上に大きな汚点を残したペリー提督だが(黒船来航による開国の強要は、アメリカ国家権力による日本への強姦に等しい)、彼には先見の明があった。 |





