あるスーフィー巡礼者の日記 A diary of a sufi

思い込みや見かけにだまされず、本質を見極めましょう。

自然科学とテクノロジー

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困った顔

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どんなに高度なテクノロジーであっても、どんなに巨大な装置であっても、
科学技術とは、大自然の恵みをいかにうまく利用するか、
ただそれだけの話なんですけどね…。

あらゆる人工産物の原料は、自然の産物だし
車だってコンピューターだって原子力発電所だって
自然素材から出来ているんですよ。

鉄は鉄鉱石を精錬したものだし、
プラスチックは石油を加工したもの、
半導体もシリコンやゲルマニルムなど天然の元素から作られている。
地球上に、自然素材を原料としない製品など存在しないのです。

どれだけ手を加えるかの違いだけです。
ビーバーが作るダムや、アリがつくる巣と
本質的には何も変わらないのです。

 
真摯な研究成果が発表された
 
いやあ、世の中には暇な(いや、失礼、探求心に満ちた真摯な)人がいるもんですねえ。
ワールドカップの予言タコがなぜ驚異的な的中率を見せたのか、その理由を研究し解明した(らしい)中国人研究者の論文(?)の内容がニュースに流されました。なるほどとうなずかせる内容です。興味のある方は以下のニュースを読んでみてください。
 
世の中の様々な予言も、本当はこういった合理的な(?)仕組みが隠されているんでしょうね。
 
予告
 
予言の本質と、「的中する予言とはどのような予言か?」「なぜそれらの予言が的中するのか?」については、私自身も研究成果(?)を近日中に投稿させていただく予定です。乞うご期待!

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「イスラームと進化論 唯一なる真理を奉じるイスラーム」に対してコメントをいただいたので、その質問や感想にお応えする形で補足を加えてみたい。

 分子化学によれば金属の中にも自由度(化学的反応性)の違いがあり、金などはより自由度の高い(すなわち「より進化した」)金属であると考えられる。

 植物が金属より自由度が高く、動物はさらに自由度が高いことは感覚的にも理解できると思う。一般に「自由意思」を持つとされる人間はさらに自由度が高いと言えるのかもしれない。
 つまり、すべての生命(鉱物も含む)はより自由度の高い存在へと向かう進化の途上にあるということになる。

 イスラームでは、進化論(ダーウィンの、という意味ではない)はごく自然に受け入れられてきた。ハシディズム(ユダヤ教の神秘主義)の思想家たちは、このすべての段階にある生命に内在する神的な意識のことを「聖なる火花」と表現している(「ハシディズムへの道 パール・シェム・トヴの教え」ブーバー著 参照)。

 「神がアダムを泥から創られた」というのは、生命の起源が外宇宙から来た泥からなる彗星に求められるということも考えられるし、太古の地球の海の「有機物の濃厚なスープ」から生命が発生したことを意味するのかもしれない。

 そのいずれが正しいのかは大した問題ではない。「宇宙におけるあらゆる生命体の身体は、星々の残骸から成り立っている」というのは、現代科学(天文学、生物学、化学、恒星進化論、進化生物学など)が提供する統一見解である。

 「惑星が動物である」という洞察は間違っていないと思う。NASAの科学者であったジェームズ・ラヴロックは、惑星もまた一つの生命体であるという仮説を(科学的に)展開している(それは「ガイア仮説」と呼ばれ、現代の哲学的エコロジストの理論的拠り所の一つとなっている)。
 旧ソ連の作家スタニスラム・レムのSF小説の傑作「ソラリスの陽のもとに」は、意識と意思をもった生命体としての惑星ソラリスを描いたものである(アンドレイ・タルコフスキー監督が名画「惑星ソラリス」として映画化している)。

 ルーミーが言う「あなたの想像の及ばぬもの」とは、はっきり言うと神そのもののことである(神は人間の想像を超えた存在だから)。あるいはシャルダン神父の言う「キリスト意識」である。

 念のため申し添えておくと、それは「個人としてのルーミーが神になる」という意味ではない。「個的存在が神の中に消滅する」という意味であり、「神が神であることを思い出す」という意味である。つまりそれは神に対する冒涜ではなく、むしろ信仰の極みなのである。

「見よ、すべてはアッラーのもとに還りゆく」(コーラン)

写真は上から「生命の起源(彗星の衝突)」「生命の起源(太古の海の有機物のスープ)」「いて座の散光星雲(星間物質が光っている)」「地球生命体ガイア」「惑星ソラリス」

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 「聖なる目覚め」の講師紹介で、マイケル・ダウド師の紹介とともに、米国で盛んな進化論者と創造説論者の論争について言及した。

 日本では、ダーウィンの進化論とも聖書の創造説とも異なる独自の理論が構築されてきた。中でも今西錦司博士による「今西進化論」が有名である。

 彼は、進化の本質を異なる生物種間の「適者生存・自然淘汰」ではなく、「棲み分け」にあると考えた。機械論にもとづくダーウィニズムや、ナチズムへの影響が批判されるコンラート・ローレンツの種・群淘汰説と一線を画する理論を展開したのである。

 進化は、偶然によるのではなく「変わるべくして変わる」[文末註]としたのは、東洋的な「然」の思想に根ざしたものである(今西は、哲学者で禅の実践者でもあった西田幾多郎の影響を受けている)。
 机上の理論構築よりも野外研究(フィールド・リサーチ)の重要性を説いた点では、生命現象のフィールドにおける「あるがままの観察」を何よりも重視したゴータマ・ブッダの教えに通じるところがある[文末註]。

 今西の進化論が生物学や社会学の世界にもたらした最も大きな影響は、自然界の本質を「競争」ではなく、「共存・協調」であるとしたパラダイム・シフトにあると私は考えている。

 今西の弟子には、ユング心理学者として有名な河合隼雄氏の兄で霊長類学者・児童文学作家の河合雅雄氏などがいる。また、その考え方は構造主義生物学にも受け継がれている。


「べし」という言葉の本質

 「変わるべくして変わる」という思想を支える日本語の「べし」という言葉には、深い本質的な意味がある。古語の「べし」は、推量・意志・可能・当然・義務・命令・適当・勧誘など様々な意味をもつ多義語であるとされている。 
 しかし、実はこれらの様々な意味は、「唯一の本質的な意味」の異なった解釈に過ぎない。それは、漢字では「然」の一文字で表わされるし、イスラーム的な表現を使うと「神の意思」ということである(ただし、ここで言う「神の意思」とは、キリスト教原理主義者や中途半端な信仰における「神の意思」ではない。宇宙のすべての現象をもたらし、すべての人間存在の根源としての「神の意思」すなわち仏教における「理法(ダンマ)」、老荘思想における「道(タオ)」のことである)。

フィールド・サイエンスとしてのブッダの教え

 ゴータマ・ブッダは、真理に到達する手段として、あるがままの観察を徹底的に重視した。
 歴史上のブッダが説いたとされ、上座部仏教(南方仏教)やチベット仏教に受け継がれたヴィパッサナー瞑想法は、自己の心身というフィールド(現場)において起きる現象を詳細に観察することでなりたっている。
 そこには、「あるがままの観察」の大切さに対する以外のいかなる信仰も必要とされていない。「あるがままの観察」によりもたらされる如実知見(真理をありのままに知ること)こそが人々を苦しみから解放すると説いた。

 ブッダは、先入観のない観察こそが真理を明らかにするとした偉大なるフィールド・サイエンティストだったのである。
 一般のフィールド・サイエンティストとの違いをあえて挙げるのならば、一般の科学者がその心の中にこだわりや執着を持っているがために偏見や先入観から自由でありえないのに対し、ブッダはすべての執着から解放されていたため、いかなる偏見や先入観の影響も受けなかったところである。

 「これがあるところに、それがある。これがないところに、それがない」という「二種の観察」によって森羅万象の因果関係を明らかにする([「スッタニパータ」中村元訳、岩波文庫]参照)という手法は、科学の根幹を形作る手法と同一である(ただし、ブッダは、この手法を、伝承医学アーユルヴェーダにおける病因究明法から学んだのである)。

 心理・精神の分野におけるブッダのフィールド・サイエンスは、「生命の科学」と呼ばれるアーユルヴェーダから生まれたものである。

写真は「今西錦司博士」「フィールド・サイエンティストであったゴータマ・ブッダ」

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 ニュートン力学が宗教的な信仰にもとづいて打ち建てられたものである、という記述に対して意外に思う方、あるいは異を唱える方がおられるかもしれない。

 しかし、それは歴史上の事実である。学校の科学の授業では、「科学者」と呼ばれる人々やその理論の背景に潜む諸事情を習うことはない。そして、あたかも近代の科学理論は、純粋な科学的思考や実験・観察などによって形成されたかのような錯覚を植えつけられる。

 しかし、現実には、「科学者」と呼ばれる人々は、私たちが現在考えているような「科学的な」人々ではなかった。

 近代化学の父とよばれるパラケルススが、実は錬金術師であったことは有名な話である。

 「ケプラーの法則」で有名なヨハネス・ケプラーは、その惑星運動の三法則を占星術の理論から導き出した。

 発明王エジソンは、その晩年には霊界ラジオの開発に没頭していた。

 ニュートン力学は、絶対空間・絶対時間の存在という彼のキリスト教的な信念を土台として生み出されたものである。そのニュートンも、その晩年には錬金術に没頭し、一切の科学的研究から手を引いている。彼は「最後の錬金術師」「最後の魔術師」という名前でも呼ばれている。
 また「ダニエル書」や「ヨハネの黙示録」を解釈した独自の終末論も残しているらしい。

 一方、予言者・占星術師として有名になったノストラダムス(本名ミシェル・ド・ノートルダム)の本職は、医師であった。彼が、ペスト(黒死病)がネズミを媒介として伝播されることを見抜き、ネズミの駆除によって南仏の都市エクスをペストの災禍から救ったことは有名である。医学によってペストの媒介機序が証明される遥か前のことである。
 また、アルコール消毒や熱湯消毒を先取りするかのように、酒や熱湯で住居や通りを清め、更にはキリスト教では忌避されていた火葬すらも指示したとされる。

 西洋においても、「科学的精神」と錬金術に象徴される「直観智」の系譜は、本来明確に分離されるものではなかった。歴史的に、科学的発展の多くは、論理智と直観智の統合によってもたらされてきたのである。

 こういった事実を学ぶことができるのは、「科学史」「科学哲学」の分野である(日本の学校教育で教えられることはほとんどない)。日本では、東大名誉教授・日本理科大教授の村上陽一郎氏(科学史・科学哲学)が数々の優れた著作を残されている(著書に「近代科学を超えて」「科学史の逆遠近法―ルネサンスの再評価」「ハイゼンベルグ」など、訳書にC・G・ユング, W・パウリ『自然現象と心の構造――非因果的連関の原理』(海鳴社, 1976年)などがある)。

写真は、上から「発明王エジソン」「最後の魔術師ニュートン」「医師ノストラダムス」「村上陽一郎教授」

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