あるスーフィー巡礼者の日記 A diary of a sufi

思い込みや見かけにだまされず、本質を見極めましょう。

テレビ番組評

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【誇張や演出が強くなったNHK
 
いい加減な情報を垂れ流す健康情報番組が氾濫する中で、「ためしてガッテン」は公共放送製作だけあって比較的まともであると言える。だが、「ためしてガッテン」でも時々嘘や誇張が混じるので鵜呑みにしてはいけない。近年NHKの番組は、昔より面白く成って来たと評判だが、その代わりに誇張や演出が強くなったと言えるだろう。
 
【権威を誤用して嘘を信じ込ませる番組】
 
先日「冷え解消!しょうが 使い方が間違ってた!」とタイトルを冠した番組で、明らかな間違いが含まれていたので注意を喚起しておきたい。
 
生薬の専門家を3人も出演させ、漢方の古典の一部を引用してもっともらしい解説をしていたが、明らかな情報操作が行われていた。
 
【生のショウガは体を冷やす?
 
番組では、生のショウガは「手足など末梢は温めるが体の深部は冷やす」と説明がなされ、最後のまとめでは、「乾かしたショウガは体を温めるが、生のショウガは体を冷やす正反対の作用がある」という誤解を抱いたゲスト(山瀬まみ)の勘違いを敢えて訂正しなかった。その方が意外性に満ちてセンセーショナルな印象を与えるとディレクターが判断したからだろう。
 
【ショウガの働きは熱の偏りの解消である】
 
確かに、乾かしたショウガの方が体を温める作用が強い。そして、生のショウガは全身を冷やすのではなく血行を促進することにより熱の滞り(偏在)を解消する。冷え症の人の多くは、血行障害により体の深部に熱がたまり末梢が冷えているから、血の巡りを良くすることによって、体の深部の余分な熱が末梢に移動し、熱の偏在が解消されるのである。
 
もし体の深部が冷え過ぎそうになった場合は、末梢の熱が血液とともに深部に移動し深部が冷え過ぎないように調整がなされる。だから、基本的に血の巡りを良くすることで、末梢が温まり体の深部が冷える「内寒外熱」という状態は生じるはずがない。実験で被験者の深部体温が下がったのは、その人は血の巡りが悪かったので深部に熱がこもっている状態にあったのではないかと思われる。
 
【冷え症の主原因は熱の滞り】
 
生薬の専門家を自称する方々も、「生のショウガは深部体温を下げるので冷え症の改善には効果がない」かのような言い方をしていた。ろくに医学知識がないのに知ったかぶりをしていたか、番組のディレクターに言われてわざと誤解を与える表現をしたのかのどちらかであろう。いずれにせよ、専門家としては極めて無責任な態度である。
 
甲状腺機能低下症など代謝の全体的低下による「冷え症」も確かに存在する。その場合は生姜(しょうきょう)で血行を促したり中等度に代謝を高めるだけでは冷え症が解消されないこともある。その時は、代謝亢進作用がより大きく温める力が強い乾姜(かんきょう)を使うことが必要になる。
 
だが、現代人が抱える「冷え症」のほとんどは、血虚(組織を貫流する血液の不足:貧血とは限らない)や瘀血(血流障害)で四肢末端の血流が不足することから生じる熱の滞りにより起きる病態である。
 
血流が体内の熱の配分に重要な役割を果たしている事は西洋医学でも常識とされている。血の滞りにより熱の滞りが起きる事は、東西両医学が共通して認める人体の基本的な生理現象である。
 
生のショウガにより血行が促進され熱の偏在が解消されれば冷え症が改善されるのは当たり前の話である。末梢の体温と深部体温をばらばらに取り上げ部分ごとの個々の数値の変化に囚われ病態の全体像と本質を捉えていないからそのような初歩的な間違いを犯すのである。
 
【古典の記述の歪曲】
 
自分たちの主張の裏付けとして引用した古典の記述の解釈にも明らかな情報操作が行われていた。
 
「除…熱」
 
番組では、本草綱目(漢方の最も重要な薬学書)の中の一文を紹介しながら、「乾姜(かんきょう)は寒冷腹痛を止め、中(ちゅう)[消化器:筆者註]を温める作用があるが、生姜(しょうきょう)には解熱作用がある。両者は全く別物だった。」と言う解説がなされる。それに対して、司会の志の輔は「真逆なんですか!と驚いて見せる。
 
それは全くの勘違いであるにも関わらず、誰もそのことを訂正しなかったのである。
 
生姜(しょうきょう)は「生のショウガ」、乾姜(かんきょう)は「ショウガを乾かしたもの」である(ただし、「生のショウガを乾かしたもの」すなわち乾生姜を「生姜(しょうきょう)」と呼んだり、「蒸したショウガを乾かしたもの」を乾姜(かんきょう)と呼ぶこともある)。
 
いずれにせよ、同じショウガが原料である。確かに、乾姜(かんきょう)の方が生姜(しょうきょう)よりも温める力は強いとされているが、基本的な作用はほぼ同じであり、決して「真逆」なのではない。
 
生姜(しょうきょう)について記した本草綱目の原文をもう一度よく読んでみよう。そこには、次のように記述されている。
 
除風邪寒熱
 
これは、「風邪(ふうじゃ)と寒熱〔の偏り〕を取り除く」つまり、「風邪を治し、血の滞りから生じる熱の滞りを解消する」という意味である。
 
だが、番組では、「除」と「熱」の二つの文字を赤丸で囲み、あたかも「熱を除く」(解熱)が生姜(しょうきょう)の作用であるかのような錯覚を抱かせていたのである。
 
ショウガには、体を温める、(温めることで)発汗を促す、血流を促進する、胃腸の働きを整える、といった多彩な作用によって「寒邪」を追い出し主として表寒証の風邪の治癒を促す働きがある。その結果として解熱がもたらされることはある。だが、それはあくまで間接的な効果であり、本草綱目に「解熱作用がある」と記載されているというのは間違いである。
 
「ためしてガッテン」のホームページでは、「生のショウガには解熱作用がある」以外の発言は文章化されていない。さすがに嘘八百を文字に残すことは気がひけたのか、あるいは放送された情報操作の証拠を残さないためであろうか。興味のある方は、以下のサイトにて確かめてもらいたい。
 
 
「ためしてガッテン」は、情報操作はどのようにして行われるかについての典型的なパターンの一つを私たちに教えてくれる。
 
それは、自分に都合のいい情報の一部だけを取り出してそれを繋ぎ合わせて編集し、そこに真実とかけ離れた新しい解釈をつけ加える。そのことで、あたかも自分が提示した解釈こそが真実であると相手に思い込ませるのである。
 
そして、恐ろしいことに、この「ためしてガッテン」の放送内容を鵜呑みにした視聴者が、ブログなどでこれらの間違った知識を複製している。「生のショウガは体を冷やすので冷え症には効果がない」という間違った知識が日本中に広まってしまったようである。誠に公共放送の責任は重いと言うべきであろう。
 
【マスコミは常に情報の歪曲を行うと考えるべきである】
 
市場原理主義が支配する資本主義社会においては、マスコミは視聴率を稼ぐことを至上命題とし、公正な報道や正しい知識の普及は二の次とされざるを得ないのが現実である。受信料によって運営しているNHKも資本主義経済に深く組み込まれているからもちろんその例外ではない。
 
NHKも含めたマスコミが真実の情報の普及よりも企業としての成功や保身を優先していることはこの番組からも明らかである。
 
近年マスコミは目先の利得を優先することによって良識的な一般国民の信頼を急速に失いつつある。マスコミがこのまま自己反省なく情報操作体質を続けるならば、今後マスコミは急速に衰退して行き、ネットメディアなど新しいメディアにその地位を取って代わられることになるだろう。
 
健康情報だけでなく、マスメディアが繰り返し報道する政治経済に関する報道も本当に公正な真実を伝えたものであるかどうか、まず根底から疑ってかかることをお奨めしたい。
イメージ 1
 
【秀作コントが集まったサラリーマンNEO
 
私の妻も私も「サラリーマンNEO」の大ファンである。
 
サラリーマンの一生を超早送りで描いた冒頭のタイトルバックは何度観ても爆笑してしまう(と同時に無常の真理を思い起こさせる)。私もサラリーマンの端くれだから、身につまされることも多い。
 
「びしょびしょの秘書」はサラリーマンの密かな願望(?)を描いた秀作である。
 
題名は「びしょびしょ」と「秘書(ひしょ)」をかけたものだろうが、そのタイトルが妙に気になった。単なるしゃれだけでなくもっと何か秘密が隠されているような気がしたのだ。今回の投稿では、その秘密を紐解いて見たい。
 
【「しょ」ははねる音】
 
秘書の「書(しょ)」は、筆が「はねる」様子をもとに生まれた言葉、「びしょびしょ」の「しょ」は、水が「はねる」様子をもとに生まれた言葉ではないだろうか?(筆を動かす動作をしながら「ショッ」と発音してみて欲しい」)
 
「書」すなわち筆の運びと同様な動きを表わす英語の言葉としては、swish(掃く)、brush(ブラシをかける)などがある。「びしょびしょ」と同じような現象を表わす英語の言葉としては、splash(水をはねる)などが挙げられるだろう。
 
「びしょびしょ」の「び」や「ばしゃっ」の「ば」のように、ば行の音は「濡れた様子」を表わす言葉によく使われる。
 
【「ひ」は「そばに」「秘められた」音】
 
「秘書」の「秘」(ひ)は、「そやか」などの大和言葉でも使われるし、英語でもhidden(秘められた)などに含まれる。
 
「び」の音には、behind(〜の後ろに)などに含まれる(beの語源は「そばに」である)Be(存在する)にもあるように「存在する」「現わされる」などの意味がある。漢字の「毘」(び)は「そばについて助ける」という意味である。
 
められたものが露される】
 
「美」(び)は「(宇宙に)められた秩序が現わされること」だと言える。英語でもbeautiful(美しい)などに使われる。
「微」(び)とは「そやかに現わされたもの」である。
「尾」(び)もまた「現わされたもの」と言えるかもしれない(「尻尾を出す」)
「未」(び)は、「これから現わされるもの」という意味である。
 
B」の音には「顕現」という意味がある。「いないいないばあ」の「ばあ〜」もそうであり、「暴露」(ばくろ)もまたそうである。「慈愛遍く慈悲深き唯一神(アッラー)の聖名により」といった意味のアラビア語「スミッラー・エッラフマーン・エッラヒーン」の冒頭の「B」の音も唯一神(アッラー)の慈愛と慈悲を「顕現させる」ための音である。
 
つまり「びしょびしょの秘書」と言うタイトルは、まさしくサラリーマンの「められた願望を暴露(くろ)する」というテーマにぴったりの音なのである。
 
「サラリーマンNEO」恐るべし。
NHK受信料の不払いによって損をするのは誰だろうか?
 
【トカゲのしっぽ切りが行われる】
 
不払い運動が高まることによって、現経営陣が退陣に追い込まれたと仮定しよう。現経営陣が真の支配者でないことぐらいみな分かっているであろう。裏の支配者は、現経営陣をトカゲのしっぽ切りに使うだろう。
 
その後、どのような放送が行われるだろうか?おそらく今よりももっと視聴率優先に走り、もっと権力よりの報道になり、もっと報道の質が落ちて行くだろう。
 
【良心的部門が削られる】
 
不払いによって受信料収入が減ると何が起こるだろうか?トップが自らの取り分を減らすだろうか?
 
まず、最も弱い部門が切り捨てられるだろう。最も権力におもねず、最も良心的な番組政策を行っている教育テレビの予算が削られるだろう。現行体制に最も批判的な職員の首が切られるだろう。
 
【偏向報道体質が強まる】
 
その結果、NHKの偏向報道体質はさらに強まって行くだろう。
 
NHKの受信料の不払いをする人たちは、そのようなNHKを求めているのだろうか?
NHKへの抗議としての不払い】
 
NHKの受信料の支払いを拒否する人が増えている。NHK上層部の相次ぐ不祥事や、放送内容の偏向に対する抗議の意味で不払いを選択するということのようである。
 
その戦略を頭から否定する気はないが、その問題に対しての私自身のスタンスを示して置きたい。
 
【民法よりはましなのではないか?】
 
確かに、NHKには多くの問題がある。その番組内容にも、公正なスタンスとは言い難いものは少なくない。だが、スポンサーの意向が直接的に支配する民法の番組よりは遥かに公平性の高いものが多いと思う。
 
【質の高い娯楽番組】
 
エンターテインメント番組でも、質の高いものを多く作っている。ゲゲゲの女房、龍馬伝と言ったドラマ番組、サイエンスZEROや様々な特集を始め科学の最先端を分かりやすく解説した科学エンターテインメント番組、爆問学問やサラリーマンNEOなども大ファンである。
 
BBCをはじめ他国の公営放送との共同制作や番組の相互利用なども、NHKが公営放送だからこそできることではないだろうか?
 
【様々な視点を得るきっかけになる歴史番組】
 
歴史検証番組でも、その中身を鵜呑みにすることなく合理的に検討することで、多くの視点を獲得するきっかけになる番組が数多い。
 
同じ歴史番組でも、民法各社のものは、スポンサーの意向にもとづく番組制作者の主張が色濃く反映されているものが多い。それに全く意味がないと言っている訳ではない。そう言った主張番組にも、問題提起という役割があるからだ。
 
それに対して、NHKの番組は、様々な資料や論点を提示し、最終的な判断は視聴者に任せるものが多いように感じられる。
 
私は、日本の戦争責任を追及する(と多くの右翼の方々が考える)NHKの番組を見ることで、戦争責任を一方的に日本に押し付けることが間違いであるという理解を得るにいたった。
 
【良識的な番組が多い教育テレビ】
 
視聴率が低く社会的な影響が小さいので情報操作の手がほとんど及ばない教育テレビの番組は素晴らしいものが目白押しである。
 
高校講座は、大人の私でも、いや大人の私だからこそ、医学や政治や時事問題の本質を理解する上でとても勉強になる。日本を含めた西洋諸国で長い間偏見をもって捉えられて来たイスラム教についても、実に公正・客観的な視点から良識的な番組を作られている。
 
NHKの中でも虐げられているであろう教育テレビの番組制作者は、良識的な人が多いようだし、その良識を番組制作に反映できるという利点がある。
 
市民大学講座も素晴らしいものが数多く作られている。
 
NHKが公共放送であり、国民の自発的な受診料の支払いによって支えられているからこそ、直接的な利潤に結びつかない教育テレビの運営が可能になっているのではないだろうか?
 
NHKに対して堂々と物を言えるように】
 
NHKには、商業主義に毒されたコマーシャルで購買心を煽られなくて済むだけでも十分に民法にはない価値がある。NHKが国営放送でなく民間の独立放送であり、法律により受診料の支払いが定められていなかったとしても、私は感謝の念と共に受診料を払ってNHKを見続けさせてもらいたいと思う。
 
NHKの受信料を払わない人で、NHKの放送を一切視聴しない人がどれだけいるのだろうか?もしそう言う人がいたのなら、私はその人の不払いの主張を全面的に支持する。

たとえどんな理由があるにせよ受診料を払わないでNHKの放送を見続けるならば、その人はいくばくかの良心の呵責を感じるであろう。良心の呵責を感じる行為をする時、人は、心のさやけさを失い、心の力を失い、不幸への道を踏み出して行く。
 
「己が良心が咎める行為を為してはならない」(ハズラット・イナヤット・カーン)
 
己が良心の呵責を感じる行為によって他人に良心に従った放送を求めることに本当に有効性があるのだろうか?
 
受診料をちゃんと払った上で、一視聴者として堂々とその不備に対しては意見を表明しその是正を求める、私自身はこれからもそのスタンスを取り続けるつもりである。
貧乏神は福の神
 
「ゲゲゲの女房」で、しげるが雄玄社の漫画賞を受賞した。最後に、押し入れに住みついていた貧乏神が、しげるに手を振りながら消えて行った。その表情は、半ばさみしそうであり、半ば嬉しそうでもあった。
 
そう。貧乏神は、実は、人々が幸せになるのを願っている。早く自分が去れる日が来ることを願っている。貧乏神の正体とは福の神なのである。
 
豊かさは心もちしだい
 
貧乏がなぜもたらされるか?それは、人の心の中に貧しさの思いがあるからである。自分が豊かだと思えばたとえお金がなくても心豊かに過ごせる。豊かさとは主観によって決められるからである。
 
足るを知り是れ足るは常に足る(老子)
 
成功法則哲学とイスラム教の祈り
 
成功法則哲学の願望実現法によると、「豊かさを心に思い描けば、豊かな現実がもたらされる」という。
この考え方は、イスラム教の哲学と通じるところがある。イスラム教では、神に願い事をする時は、「〜してください」と祈るより、「〜して下さりありがとうございます」と祈ることが推奨される。
 
例えば、「私たちを導いてください」ではなく「私たちを導いてくださりありがとうございます」と祈る方が望ましいとされる。具体的には、導きを求める時は、「おお、導くお方よ」という唯一神の聖名を繰り返し唱え、いつも私たちを導いて下さる神に感謝するのである。
 
「私に祈る時は、私の名前を唱えなさい」(コーラン)
 
願望実現法では願望は実現しない
 
だが、成功法則哲学には限界がある。成功法則哲学では、「〜してくださりありがとうございます」と感謝することを奨めるが、「そうすれば願望が実現される」という思いが根底にある。そうすると、「願望が実現されていない」という不足の思いが意識に残るので、願望実現の法則に従って「願望が実現されていない」状態がもたらされるのである。
 
もちろん、始めは願望実現を動機としていても、感謝の思いに徹し、願望を消去することができれば、豊かさの現実がもたらされる。だが、それは非効率的な方法である。始めから願望を消去して感謝する方が遥かに効率的である。
 
願望実現法では願望は実現しない。願望実現を手放した時に願望は実現するのである。
 
豊かさの現実とは何か?
 
「願望の実現」あるいは「豊かさの現実」とは何だろうか。成功法則哲学によると、それは「物質的な豊かさ」や「豊かな環境」だと考えている。豊かさの思いで心を満たせば、物質的な豊かさすなわち豊かな環境がもたらされると言う訳である。
 
確かに、豊かさの思いで心を満たすことで、物質的な豊かさ(豊かな環境)がもたらされることはある。だが、物質的な豊かさ(豊かな環境)が自分に豊かさをもたらすと考えている限り、真に豊かになることはない。物質的な豊かさは、いつか必ず失われるものであり、物質的な豊かさ(豊かな環境)を求めている人は、その時心の豊かさを失ってしまう。
 
物質的な豊かさ(豊かな環境)ではなく心の豊かさを重んじて常に感謝の念を抱く人は、物質的に豊かであろうとなかろうと常に満たされている。だから、その人は、物質的な豊かさを求める必要がないのである。
 
物質的な豊かさが幸福をもたらすと考えている限りその人が真の幸福を手にすることはできないのである。
 
良い政治を実現するには?
 
同じように、政治家に自分たちに幸福をもたらす政治を求めている限り、人々が幸福になることはない。「いつも良い政治をしてくれてありがとう」と政治家に感謝することができたとき、政治がどうあろうと人々は幸福になることができる
 
そして、人々が感謝の心を取り戻したとき良い政治がもたらされるのである。
 
次回の投稿では、二元論的西洋宗教と一元論的東洋宗教の違いについて述べてみたい。
(2)に続く

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