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遊びをせんとや生れけむ
形を具(そな)えて、さかえゆく生命(いのち)は、時にも、力にも、砕かれはしない。 ゲーテ

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1992年 9〜11月 第43回・劇団夢の遊眠社解散公演 大阪・近鉄劇場

 1992年の秋に、大阪で夢の遊眠社解散公演を観た。比較的関西での公演は切符が取り易く、100回以内の電話コールで繋がったと思う。22ステージ22,310枚分の2枚は、少しの苦労で手に入った。

 舞台装置・美術が、私の好きな日比野克彦(作品も人間も大好き)で、一粒で二度美味しい思いをした。

 私は他のお芝居をほとんど知らないのだが、観客は7割は女性。男は、奥様や彼女に「ついておいで、ついでにチケット代もお願いね。」ってな形の同伴なのだろうか。私は違うけど。
 
 話は逸れるが、旅先で、特に海外で見かけるカップルも、男がお供している感じに見える。楽しいことは女性のほうがよくご存知なのだ。最近は、男(旦那)のお供さえ、うざったくて、男は単なるスポンサーに成り下がった。私は違うけど。

 この公演のみならず、野田の芝居は客の笑いが多い。女性が多い、関西公演である、ということも手伝って笑いが多いのかもしれない。お笑いは関西のお家芸で、喜怒哀楽がちょっとラテン系ということもあろう、お芝居で笑って楽しむ。良いことだと思う。

 第三舞台や劇団☆新感線やスーパーエキセントリックシアターは、もっともっとお笑いが多いと思うけどね。

 で、関西出身の段田安則が冒頭、車を牽いて登場。この人力車の牽き方が、イイ。
 また、この人の舞台上の声には、惚れ惚れする。顔はよく見えなかったけど。なんで、「ゼンダ城…」に車夫が登場するのか、良く憶えていない。ネット検索して思い出したけど(私はほとんどこれ状態)、ここではそんなことはどうでもいい。

 段田のみならず他の役者もそうだが、野田の芝居は、立ち居振る舞いやセリフの言い回しがかっこよくて、うっとりしてしまう。まるで歌舞伎の感想みたいだが、ほんとかっこいいのだ。とりわけ、生の舞台は役者の声が命だとも思う。

 芝居は、オペラやクラシックコンサートと同様、究極のアナログ芸術である。

 「野田はこの芝居で何が言いたいのだろう」なんてことを考えるのは、観客の仕事ではない、楽しめばいいのだ。
 「なんかよく分からん」人は、楽しめないのだ。演ってるほうも、「楽しかったなら、また来てね」くらいの気持ちだろう。解散公演だったけど。

 私の芝居の楽しみのもうひとつ。それは、芝居がはねて、同伴者と口々に感想を言い合ってターミナルへ消えていく観客たちの反応である。

 「こんなすごいとは思わなかった、来てよかった。」と異口同音に上気した顔で仰るのである。
 「でしょう?誘った甲斐があった。」
 「うんよかった、ありがとう。また来ようね。」

 こんな「また来ようね」のお客たちが、夢の遊眠社解散後も、NODA・MAP公演へ押しかけるのである。

夢の遊眠社 劇団員紹介→http://www.youtube.com/watch?v=oUuj7J13t_0

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