日本の城がいつ見ても美しいのは、驚異の「伝統素材」のおかげだった日本人の技術・知恵・美意識の結晶
威風堂々と建つ天守を前にして、思わず立ち止まりカメラを構えてしまった経験はないだろうか。おそらく一度くらいは、その威容に見とれたことがあるだろう。 天守には、私たちを魅了する圧倒的な存在感がある。400年以上も前に建てられた建造物なのに、寂れた築40年のビルにはない“現役”のオーラが感じられる。それは、きっとそこに、日本人の琴線に触れる不変の美があるからだ。 軍事施設であり領国の中枢である城には、最新の技術と工夫が投じられる。だから、築城・改修時の情勢や流行、築城者の社会的立場や戦略、技術力やセンスなどが如実に反映される。限られた条件下でできるだけ実用的に、そしてなるべく美しく完成させようという、人々の試行錯誤が詰まっているのだ。 日本人の技術・知恵・美意識が集約された存在であるからこそ、歴史学や考古学からの視点だけでなく、科学、工学、建築学など、さまざまな観点で天守を見ることができるし、これがなかなかおもしろい。設計や装飾、仕上げの塗装に至るまで、その対象はさまざまだ。バリエーション豊かな天守に隠された、さまざまなストーリーに触れることができる。 松本城天守の「黒壁の美」を科学する
科学的な観点で、天守の外観の美しさを探ってみよう。たとえば、松本城(長野県松本市)の天守。なぜ、あんなにも黒く美しく艶めくのだろうか。それは、化学塗料ではない天然の樹脂塗料で仕上げられているからだ。松本城天守の壁面には、今となっては日本で唯一、全面に黒漆が塗られている。
天守壁面の漆は、毎年9〜10月にすべて塗り替えられている。実はこの季節に塗り替えが行われていることにも、科学的な理由がある。 漆の主成分はウルシオールという樹脂分で、そのほかに水分、ゴム質、酵素などが含まれる。漆は水分が空気中で蒸発するという一般的なメカニズムとは異なり、空気中の水分を取り込むことで乾く。ラッカーゼという酵素が水分中の酵素を取り込んで反応し、ウルシオールが液体から固体へと変化するからだ。 そのため、漆を乾燥させるためには温度は20〜25℃、湿度は60〜65パーセントという条件が求められる。漆器などでは湿度調節が可能な乾燥室を使うのだが、野ざらしである天守の壁面ではそれができない。そこで、気象条件を満たす秋口に塗り替えられるというわけなのだ。夏の紫外線で傷んだ漆は、秋に化粧直しされ、冬支度を整えるのである。 驚異的な漆のパワーと唯一の弱点
ところで、7世紀から11世紀頃に築かれた古代城柵などから出土する、「漆紙文書」をご存知だろうか。漆の入った容器の蓋紙に、廃棄文書を使用したものだ。現在でも文書に書かれた文字が確認できるのは、染み込んだ漆の硬化作用によって腐食を免れたからだ。このことからもわかるように、漆の耐久性は驚異的で、酸やアルカリ、塩分、アルコールに強く、耐水性、断熱性、防腐性にすぐれている。
漆の歴史が古く、縄文時代から土器の接着や装飾に使われていたのもその耐久性ゆえだ。弥生時代には武器へ塗装されるようになり、古墳時代には革製品や鉄製品への加工、棺の塗装などに用いられたとみられている。 それほどの素材であるから天守壁面の塗料としては申し分ないのだが、唯一にして最大の弱点がある。それは、紫外線だ。松本城天守の壁面も、紫外線に年中さらされているため1年もすれば傷みが生じ、長くても3〜5年で耐久力が尽きてしまう。松本城天守の漆が毎年欠かさず塗り替えられているのは、そのためなのだ。 実は、黒漆塗りの天守は、織田信長が築いた安土城(滋賀県近江八幡市)や豊臣秀吉が築いた大坂城(大阪府大阪市)をはじめ、豊臣恩顧の大名の城にしか存在しなかった。高価な素材である上にメンテナンスに手間と費用がかかるとなれば、定番化されなかったのも頷けるところだろう。 天守の下地となる有能成分、漆黒の秘密とは?
毎年欠かさず塗り替えしている、と聞くと莫大な費用がかかっているように感じるが、実はそれほどではない。姫路城(兵庫県姫路市)の天守壁面の漆喰塗り直しが足かけ5年半の工期を要したことを考えれば、概ね察しがつくだろう。 漆は漆喰塗籠のようにすべてを剥がして何層も塗り直す必要がなく、部分的な修復や重ね塗りができる。足場を組むなどの大掛かりな準備もいらない。工程も、実にシンプル。壁面を水洗いして汚れとともに古くなった漆の成分を流し落とし、下見板に大きな問題がなければ、その上から新たに漆をひと塗りするだけだ。 シンプルな工程を可能にしている理由のひとつが、下地として下見板に塗られた渋墨(松煙と墨を柿渋に混ぜ、漆用のすり鉢で煉ったもの)の力だ。墨は菌を繁殖させない成分であるため、防腐材となって天守の壁面を保護してくれる。木材への定着がよく、一度塗ればいつまでも効力を発揮し、過去に塗った墨を取り去る必要もない。墨は古くから我が国で重宝されてきた、優秀な素材なのだ。 ちなみに、黒色の素となる鉄も、日本古来のすばらしい素材だ。漆の黒色は、透漆(採取した生漆を乳化してから、余分な水分を取り除いて精製漆にしたもの)を精製する段階で鉄分を混ぜ、鉄と漆に含まれるウルシオールの科学反応によって、漆そのものを変化させることで生み出されている。深く光沢のある漆黒は、海外からも評価される、漆だけでしか表現できない色なのである。 自然科学的な調査で解明されつつある城
近年は、天守の構造や美の秘密が、自然科学的な調査によって解明されつつある。たとえば、木材の年代測定法の導入もそのひとつだ。
木造天守に用いられている材木の樹種を知りたいとき、最新の資料となるのは、修理工事の際の報告書だ。ところが、たとえば『国宝松本城 解体・調査編』(松本市教育委員会)は1954(昭和29)年、『国宝重要文化財 姫路城保存修理工事報告書』(文化財保護委員会)は1964(昭和39)年の刊行といったように、決して近年のものではない。もちろん綿密な調査の上で詳細にまとめられているが、あくまで名目は修理工事であるし、樹種の特定は目視で行われているだろうから、多少の誤認があってもおかしくない。 こうした曖昧な事項を解明できるのが、自然科学的な調査だ。代表例が、「C14放射性炭素年代測定法(ウィグルマッチング法)」と「年輪年代調査法」。いずれも天守の構造材である木材をサンプルに、アプローチする調査方法である。 「C14放射性炭素年代測定法」と「年輪年代測定法」とは?
C14放射性炭素年代測定法は、炭素の放射性同位体(=C14)の値を利用した年代測定法だ。C14は生物の生命活動の終了と同時に生成されなくなり、放射性元素の崩壊の割合に沿って規則的に減っていく性質がある。よって、調べたい生命体のC14の値を測定すれば、生命体の死後どれくらいの時間が経過しているかがわかるのだ。 木の場合、年輪は外側に向けて1年ずつ増えていく。そのため、中心と外側でC14の値に違いが生じる。そこで、年輪を数えて複数の場所の試料を計測し、「暦年較正曲線」と呼ばれる年代測定のものさしを作成する。そのものさしと調査対象である木材の計測結果と比較すれば、年代が推定できるというわけだ。 一方の年輪年代測定法は、年輪の変化を利用した画期的な測定法だ。年輪パターンの分析により樹木の年代を1年単位で推定できるため、正確な年代決定のために併用される。各年輪が形成された年を1年単位で決定でき、得られた年代に誤差がないという点においては、自然科学的年代測定の中でもすぐれた方法といえるだろう。 毎年一層ずつ形成される樹木の年輪の幅は、気象条件に影響される。しかし、同じ地域・時代に成長した木々ならば、刻まれた年輪パターンも類似したものとなる。そのため、年輪パターンの変化をグラフ化したものと調査対象の年輪パターンを照合すれば、切り出された年が1年単位で判明する。 年代のものさしとなる「標準年輪曲線」は、日本では檜、杉、高野槙、檜葉で作成されており、すでに約3000年分が存在している。 科学が歴史の真実を解き明かす
こうした自然科学的調査の結果は、天守の創建年代を絞り、改変や修理の歴史を解き明かす大きな証拠になる。2015(平成27)年7月に国宝に指定された松江城(島根県松江市)の天守における調査・研究でも、C14年輪年代測定法と年輪年代測定法が用いられ、部材の転用を裏付ける重大な成果があった。創建時のものとみられる天守の古材を調べたところ、95%の確率で1598〜1627年、99%の確率で1594〜1636年の伐採年代という結果が出たのだ。 あくまで樹木の伐採年代であり建造年には直結しないが、城を築いた堀尾氏が築城前に入った富田城(島根県安来市)から部材を運び入れた可能性を高める大きな要因となった。今後、文献史料や発掘調査による考古学的な研究成果と照合することで、謎が解き明かされていくのだろう。 また、富田城をはじめ近隣の城や築城者ゆかりの城、さらには寺院建築や民家との共通点を探るなどさまざまな観点からの調査・研究が進めば、知られざる松江城の真実が浮かび上がってくるはずだ。 そのほか、国宝化を目指す丸岡城(福井県坂井市)の天守でも、これまで不明だった創建年代の特定につながる、有意義な調査結果が出ている。福井県内ではじめて、中世近世移行期前の建造物への東北産の木材の使用が科学的に証明されたことも興味深い。江戸時代に入り日本海海路による流通が活発化する以前に、北陸と東北のつながりがあったことを示す証拠のひとつとなるのだ。 自然科学的調査は、城や歴史の真実解明に光を照らしはじめている。もちろん科学的な視点だけではすべては解明されないが、定説を覆し歴史を塗り替える大発見につながる可能性は十分にある。科学が私たちにどんな新知見を届けてくれるのか、期待はふくらむばかりなのである。 萩原 さちこ
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