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猫の保護活動を続ける小学生 送り出しても、もう泣かない 猫の幸せを願う

5/17(金) 14:00配信
sippo
  猫の保護活動をしている小学生、中山渚美(なちゅら)ちゃん(10歳)。その様子が注目され、この春、児童書として出版された。1年半ぶりに会いにいくと、少し大人びた姿がそこにあった。

【写真特集】猫の保護活動を続ける渚美ちゃん

「今、2階に妊婦猫がいて、もうすぐ赤ちゃんが産まれそうなの」

 東京都内の自宅を訪ねると、渚美ちゃんが、少し落ち着かない様子で迎えてくれた。出産を控えた猫は、千葉県の成田にいた野良猫だという。

「1歳になってないのに、お母さんになっちゃった。千葉の団体さんが保護して、うちで預かることになったんだけど、一階は猫がいっぱいで、私の部屋を妊婦さんに貸したんです」

「出産を手伝うの?」と尋ねると、大きく首を横に振った。

「猫のストレスになってはいけないので、子猫を生んだら、何ごともなかったようにそーっとしておくのが大事。お母さん猫はだいたいピリピリするから、こっちの気配を消して見守るのがいいの」
母とともに100匹以上
 はきはきと受け答えする渚美ちゃんは、小学5年生になっていた。

幼稚園の頃から母の亜子さんと2人で100匹以上の猫を保護。1年生の時に友達と結成した、野良猫や地域猫を見守るグループ「猫パトロール隊」としても、20匹以上の命を救ってきた。

 亜子さんによると、渚美ちゃんはこの1年で身長が4〜5センチ伸びた。それだけでなく、内面もちょっと変化があったようだ。たとえば、以前は保護した猫を新しい家に送り出す時に泣いてしまうこともあったが、今はニコニコと笑顔で見送るのだという。

「こなれたのかな?(笑)」という母の声に、「違うよ」と答える。

「猫が新しいお家に行った後に、顔が優しくなったり、体が大きくなったりした写真が送られてくると、ああ、ちゃんと育ってるー、よかったーって、心から思うようになったんだよ」

 その一方で、動物に冷たい対応をする大人を見る目は厳しくなったらしい。

昨年、近所の団地で子猫がうずくまっているという連絡を受けて駆けつけると、猫にはウジが湧いて骨まで見えていた。病院に連れていこうとすると「あなた、ずいぶんやさしいのね」と団地の人に声をかけられ、ショックを受けたのだという。

「どうしてあなたはやさしくなれないの、って逆に思ったよ。その猫ちゃんは次の日、死んだの。いろんな大人がいるってことがわかってきたんだ……。動物が好きでない人もいるし、ウソをつく人もいる。だから猫を渡す時は、しっかり相手を見ないといけないの」

「たとえば、一人暮らしのお年寄りが『子猫が欲しい』と言ったらどうするの?」と聞いてみた。

「子猫でなくシニア猫はどうですかと聞く。猫は20歳まで生きることもあるから、その時、おばあちゃんはいくつ? おとなの猫と暮らす道だってあるはずでしょ。おとなの猫も、かわいいんだよって伝えたい」

言動が大人にも影響
 近頃では、イベントで体験談を話したり、母とは別に譲渡会に参加したりと、新しいことにも挑戦している。すべては「猫の幸せのため」なのだという。

 渚美ちゃんの猫へのあふれる思いや活動の様子は、今春、児童書『すてねこたちに未来を』にまとめられた。半年近く渚美ちゃんを取材して執筆した作家の菅聖子さんに印象を聞いてみた。

「ふつうの小学生のように子どもらしい面もあるけど、赤ちゃん猫にミルクを飲ませたり、おしっこを促したり、甲斐甲斐しくお世話をする姿を見て、すごいと思いましたね。私も猫を飼っているのですが、実は、野良猫の捕獲の仕方や譲渡会、TNRについて初めて知りました。人間以外の命に寄り添う重みや大切さを教えてもらった感じです」

渚美ちゃんと出会って影響を受けた大人もいたと菅さんはいう。

「話を聞いて『猫をもらって幸せにするだけでなく、自分でも保護しよう』と考えた女性がいらして。取材に行ってみたら、その女性は、地方の実家近くにいた野良猫を7匹捕獲し、東京に戻って譲渡会に参加したんです。その結果、5匹の家族が見つかった、と喜んで話してくれました」

少女の熱い思いと行動が、周囲の大人まで動かすようになっていた。
sippo(朝日新聞社)
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  猫の保護活動をしている小学生、中山渚美(なちゅら)ちゃん(10歳)。その様子が注目され、この春、児童書として出版された。1年半ぶりに会いにいくと、少し大人びた姿がそこにあった。

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クラス目標欄に教諭、中3男子を「皆でいじめよう」

5/17(金) 19:20配信
読売新聞
 福島県教育委員会は17日、生徒を名指しし、黒板にいじめを呼びかける書き込みをしたとして、公立中学の学年主任の男性教諭(48)を減給10分の1(6か月)の懲戒処分にした。

 発表によると、教諭は昨年10月の授業中、整髪料を付けすぎている中学3年の男子生徒を注意し、黒板のクラス目標を記入する欄に「調子にのっているからみんなでいじめよう」などと書き込んだ。生徒はその後、不登校になった。

 県に対し、教諭は「冗談と受け取られると思った。軽率だった」と話しているという。県教委は、校長を戒告処分とした。










 福島県教育委員会は17日、生徒を名指しし、黒板にいじめを呼びかける書き込みをしたとして、公立中学の学年主任の男性教諭(48)を減給10分の1(6か月)の懲戒処分にした。

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埼玉県警、いまだ独立庁舎なし 茨城から「まだですか」 長年の悲願も実現性は?

5/10(金) 11:42配信
47NEWS
 映画「翔んで埼玉」の大ヒットや、新1万円札の肖像画に決まった渋沢栄一の地元として注目される埼玉県。その治安を守る県警は、1万人超の警察官を抱えている。昨年の刑法犯認知件数は東京、大阪に次ぐ3番目で、警察官1人当たりの負担率は全国一高い。一方、同規模の警察本部では唯一独立庁舎を持たず、県庁舎の一角に入居している。フロアが手狭で複数の庁舎に部署が分散する上、警備の課題も。財政事情もあり、内部からは「独立庁舎は悲願だが、いつ実現することやら…」と悲哀の声が上がっている。(共同通信=沢田和樹)

 「昔は群馬県警本部が小さな建物で心のよりどころだったが、今は立派な庁舎ができた。最近は茨城県警の幹部に『埼玉はまだですか』なんて言われちゃって…」。埼玉県警幹部はこう嘆く。

 県警本部が入るのは、JR浦和駅から歩いて15分ほどの場所に位置する地上10階、地下2階建ての県庁第2庁舎だ。1955年に完成した本庁舎が手狭になり、74年に建設された。1〜4階には県の観光課や教育局があり、主に5〜9階に県警の各部署が入る。
 フロアに限りがあるため、刑事部の鑑識課や科学捜査研究所は約4キロ離れた大宮署に、生活安全部サイバー犯罪対策課などは約8キロの別施設に分かれている。同幹部は、捜査には複数部署の連携が欠かせないとして「分散するせいで、移動や拠点の確保に無駄な時間と経費がかかる」といら立ちを隠さない。県警では2001年度以降、治安情勢の変化や人口増加を背景に警察官が約3千人増員されており、一部の執務室の狭あい化も問題になっている。

 警備面の課題もある。第2庁舎には警察関係者以外も出入りする上、県警フロアにつながる階段は長らく自由に出入りできる構造だった。県警は昨年9月にようやく入庁カードによる電子錠を導入するなどセキュリティーを強化したが、本部の警備経験がある警察署幹部は「不特定多数が出入りする中で完璧な警備は不可能だ」と語る。

 県警によると、独立庁舎がないのは建設中の岡山県を除き、埼玉、山梨、長野、静岡、奈良、広島、大分の7県。11年の東日本大震災で被災した福島県警は昨年、約140億円をかけた免震構造の独立庁舎を開庁し、分散する部署をまとめた。「情報の集約や指揮の一元化、業務の効率化が図られ、迅速的確な対応が可能になった」とする。

 庁舎への埼玉県警内部の意見はさまざまで「そもそも独立庁舎を経験したことがないので、合同庁舎が不便なのかどうかさえ分からない」(総務部関係者)という声もあれば、「事件が起きれば捜査員は現場に集まる。独立庁舎かどうかは大して関係ない」(捜査1課関係者)との意見もある。警務課の担当者は「庁舎建設となれば相当なお金がかかる。そう簡単に検討できる話ではない」と慎重に言葉を選んだ。

 埼玉県議会は1996年、前年の阪神大震災を踏まえ「震災に耐え、効率的な警察活動を行うため」として独立庁舎建設の推進を求める決議を可決した。過去には複数の県警本部長が、県議会で「独立庁舎が望ましい」と述べている。上田清司知事も昨年の予算特別委員会で必要性を認めたが、「病院建設など物入りの時期が重なった」と財政事情に触れただけで、庁舎建設について具体的には語らなかった。

 第2庁舎は2011年、本庁舎と合わせ約36億円で耐震改修を終えたばかり。改修された庁舎を見て、在職中の独立庁舎建設をあきらめた関係者も多いという。実際、県警は「現庁舎を活用するという県の考え方にのっとっている」としており、悲願はしばらく実現しそうにない。
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【平成の事件】「書かない特ダネもある、将来考えろ」神奈川県警不祥事めぐり幹部から圧力 記者の苦悩

4/22(月) 10:00配信
カナロコ by 神奈川新聞
 平成に入って10年余り過ぎた1999(平成11)年。社会の信頼が根本から崩壊しかねない事件の発覚、発生が相次いだ。深刻な問題を引き起こしたのは、神奈川県警。現職の警察官が殺人、収賄、窃盗、強制わいせつなどの罪を犯し、県警は組織ぐるみで警官の覚醒剤使用事件を握りつぶしていた。未曽有の不祥事は、なぜ起き、何を残したのか。不祥事を隠そうとする県警上層部と記者の間では、どんなせめぎ合いがあったのか。組織と個人、キャリアとノンキャリア、捜査当局とマスコミ… 一連の不祥事を取材した記者が今、あの時を振り返る。(神奈川新聞記者・渋谷文彦)
 「取材に行っても、2人とも否定しますよ。一体何のことかと言われるかもしれない。裏は取れませんよ」

 1999年9月4日、神奈川県警察本部。ある県警幹部が発した言葉に、思わず息をのんだ。

 2人とは、相模原南署の元巡査長と女子大生。県警が隠していた元巡査長による不祥事の実態をつかんで当てたところ、冒頭の発言が返ってきたのだ。

 同月、県警は異様な雰囲気に包まれ始めた。時事通信が2日から独自ダネを連発。第1弾は厚木署集団警ら隊内の集団暴行、第2弾が元巡査長の不祥事だった。ただ、時事の配信は小出しで、全容をつかんでいないような印象もあった。さらに、県警の説明が極めて不自然で、肝となる部分を隠しているとの疑念が募った。勢い、実情を探る報道各社の鼻息は荒くなっていった。
 県警は当初、元巡査長が押収品のネガを勝手に持ち出して懲戒免職となったことまでは認めたが、何のネガだったのかを明かさなかったのをはじめ、「捜査目的で持ち出した」「実害はなかった」と強調。「実害がないのに懲戒免職とは厳し過ぎるのではないか」との追及にも、「厳格な証拠品の管理に逸脱する。実害がないからといって、見過ごすわけにはいかない」と言い張った。

 だが、真実は違った。ネガに写っていたのは、室内で親しげにする暴力団組員と女子大生の姿。元巡査長はこのネガを材料に女子大生をゆすり、男女関係を迫ったり、買い取りを要求したりしていた。

 県警担当で私の上司であるキャップがこの概略をつかみ2人で取材を進める中、ある県警幹部から浴びせられたのが冒頭の言葉だった。さらに、「(元巡査長と女性の間で)示談が成立し、なかったことになっている。だから、そんな事実は、もう存在しないんです」と畳み掛けてきた。

 警察は犯罪事実の解明を図る際、絶大な権力を行使する。その権力が一丸となって真実を覆い隠そうとしたとき、一報道機関がどう対抗できるのか。本紙が報道しても、否定するのではないか。そんな思いが頭をよぎり、7年前の記憶がよみがえった。


事件記者の泣きどころ

 92年9月。入社1年目で県警担当だった私は、ある繁華街で起きた男性の転落死について、県警の捜査に疑問を呈する記事を書いた。転落の状況や叫び声などから事件性を指摘する声が相次いだのに、発生の数時間後に署員が現場から引き揚げていたためだ。

 県警は本紙の取材や目撃証言などを受けて再捜査を始めていたが、この記事が掲載された日の昼、神奈川新聞以外の担当記者を本部に集めた形のレクチャーを行った。それを受け、他社は本紙の報道を完全に無視。県警はその後、再捜査の結果として、事件性はないと断定した。

 事件記者の競争は苛烈だ。事件や事故が発生すれば先着を目指し、捜査の方針や進展状況などを巡ってしのぎを削る。だから、主要な情報源である捜査当局は、事件記者の泣きどころを知っている。彼らが組織を挙げて隠そうとしている事実を暴けば、どんな影響が出るのか。

 相模原南署の不祥事を巡り、記事化できるだけの情報を積み上げながらも悶々(もんもん)とする中、別の県警幹部はささやいた。「報道には、書く特ダネと書かない特ダネがある。将来のことを考え、長い目で見た方がいいのではないか」。編集局の幹部にも県警首脳から電話が入った。「待ってほしい」と。
本部長、引責辞任へ
 だが、事案は悪質極まりなく、目をつぶれるような話ではなかった。何より、キャップは毅然(きぜん)としていた。編集局幹部とも調整の上、あらかじめ書き上げていた原稿を4日午後10時に出稿。30分後、厚木署集団警ら隊集団暴行に関する県警の会見が始まった。他社の質問が何度も相模原南署の不祥事に及んだが、厳しい追及を受けながらも、当局は真相を明かさなかった。

 集団暴行の記事を脱稿した後の5日午前3時すぎ、県警本部の記者クラブから本社に向かった。早刷りの紙面の1面には「ネガの女性に関係迫る」という7段抜きの見出しが躍っていた。パソコン通信で他社の記事をチェックした上、まんじりともしないまま朝刊を待った。本紙のほかに、全国紙の1紙も実態を伝えていた。

 押しつぶされそうだった一夜が明けた。本紙の報道などを受けて行われた県警の会見には本部長の深山健男が現れ、「相模原南署の件については既に報道されている通り。ネガフィルムをネタに男女の交際を迫った。報告を受け、解明を急いでいる」と言明。私は心の中で「認めた」とつぶやき、深く息を吐いた。

 県警が「刑事事件ではない」などと強弁してきた集団暴行と押収ネガを盗んで悪用したゆすりは、警察庁の指導を受けて事件化し、元警官2人が逮捕された。不祥事隠しや虚偽説明と指摘された対応の引責で、深山は辞任を表明。ナンバー2の警務部長も更迭の流れとなっていった。
連載「平成の事件」
 この記事は神奈川新聞社とYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。「平成」という時代が終わる節目に、事件を通して社会がどのように変わったかを探ります。4月8日から計10本を公開します。

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【平成の事件】「書かない特ダネもある、将来考えろ」神奈川県警不祥事めぐり幹部から圧力 記者の苦悩

カナロコ by 神奈川新聞
 平成に入って10年余り過ぎた1999(平成11)年。社会の信頼が根本から崩壊しかねない事件の発覚、発生が相次いだ。深刻な問題を引き起こしたのは、神奈川県警。現職の警察官が殺人、収賄、窃盗、強制わいせつなどの罪を犯し、県警は組織ぐるみで警官の覚醒剤使用事件を握りつぶしていた。未曽有の不祥事は、なぜ起き、何を残したのか。不祥事を隠そうとする県警上層部と記者の間では、どんなせめぎ合いがあったのか。組織と個人、キャリアとノンキャリア、捜査当局とマスコミ… 一連の不祥事を取材した記者が今、あの時を振り返る。(神奈川新聞記者・渋谷文彦)

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公明党が"創価学会員"から批判される理由

4/15(月) 15:15配信
プレジデントオンライン
■1970年代には公明党の理念が消滅していた

 公明党が揺れている。

 今春の統一地方選最大の目玉となった大阪府知事・市長選挙は、これまで大阪維新の会と協調関係にあった大阪公明党が、維新の悲願「大阪都構想」に関し難色を見せ始め、松井一郎前府知事(維新代表)らと決裂した結果引き起こされたもの。東京都政でも公明党はこれまで小池百合子都知事率いる「都民ファーストの会」と協力関係にあったが、最近は小池都政に対し「是々非々」を標榜。マスコミに「距離ができ始めている」などとも書かれる。

 身内からの反発も目立ってきた。2018年9月の沖縄県知事選で、公明党は自民党が擁立した佐喜眞淳候補を全面支援したが、対立候補の玉城デニー氏に惨敗。関係者に衝撃を与えたのは、公明党支持者の3割近くが玉城氏に投票していたという、マスコミ各社の出口調査結果であった。

 実際に選挙中、玉城陣営には公明党の母体である宗教団体・創価学会のシンボル「三色旗」がひるがえり、それを持ち込んだ創価学会員たちはマスコミの取材に「現在の公明党の姿勢は創価学会の平和思想に反する」「創価学会が自公の集票マシンに使われている」などと、公明党中央の方針に対する不満をぶちまけた。

 また現在全国各地で行われている「反安倍政権デモ」などの現場にも、そのような主張を叫ぶ創価学会員たちが少なからず加わっている事実があり、それらは広く報道もされている。

 一連の流れから感じられるのは、公明党のかつてないブレである。そもそも公明党は1999年以来、国政の場で自民党と連立。閣僚まで輩出しているわけだから、自民党への対抗勢力として誕生した大阪維新の会や都民ファーストの会と協力するのは本来おかしい。

 また公明党は長年、中道左派的なポジションで歩んできた政党。創価学会のカリスマ、池田大作名誉会長も護憲や反核兵器など、リベラル寄りの発言を行い続けてきた人物だ。それを素朴に信じている創価学会員、つまり公明党支持者も数多い。なのに現在の公明党は、自民党・安倍晋三政権の改憲や原発再稼働といった政策を容認している流れがあり、一部の創価学会員らが公明党不信に陥るのも道理だろう。

 「公明党は活動理念を見失っている」

 少なからぬ創価学会員たちの間から、率直に漏れてくる党批判だ。公明党の結党は64年のことだが、当時関係者が盛んに口にしていたのが「王仏冥合」「国立戒壇の建立」といったフレーズだった。つまり当時の創価学会が上部団体と仰いでいた日蓮正宗(91年に破門・決別)の教義を国教にし、国にその宗教施設を造らせるという構想で、初期の公明党とはそのような徹底した宗教政党だった。

 ただそのような姿勢は「政教分離違反」といった批判を多方面から浴び、公明党は70年にそれまでの方針を撤回。言ってみればこのとき、公明党の思想集団としての「理念」は消失してしまっているのだ。

 以後、公明党は「福祉の党」を標榜しながら創価学会員のために行政からの生活支援などを引き出すことに力を注ぎ、また選挙を事実上の宗教行事に位置付けて創価学会員の引き締め、盛り上げに利用するなど、あけすけな利権追求集団に変貌していく。93年の細川非自民連立政権以来、彼らが「勝ち馬」に乗らなかったのは原則として2009〜12年の民主党政権期だけで、そのときでさえ常に自公協調の解消はささやかれていた。実際、政界関係者の中に公明党を「コウモリ集団」と唾棄する向きは少なくない。

 ただ、善し悪しはともかく現在の日本政治をかき回しているのは、安倍晋三首相や小池百合子都知事、また橋下徹氏など、イデオロギー先行型の政治家たちだ。そこにマキャベリズムだけで絡もうとする公明党の空回りが、最近の彼らのブレの原因であるようにも見える。

 また創価学会員の主要層はすでに2〜3世信者となっており、彼らは自身で信仰をつかんだ1世より公明党にも冷淡。創価学会・公明党本部は現在、いつ自分たちの「底が抜ける」のか戦々恐々だという。宗教政党でありながらイデオロギーを捨てたコウモリに、天の裁きが下る日は近いのか。
雑誌「宗教問題」編集長 小川 寛大 写真提供=小川寛大
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公明党が"創価学会員"から批判される理由

プレジデントオンライン3949
■1970年代には公明党の理念が消滅していた
公明党が揺れている。
今春の統一地方選最大の目玉となった大阪府知事・市長選挙は、これまで大阪維新の会と協調関係にあった大阪公明党が、維新の悲願「大阪都構想」に関し難色を見せ始め、松井一郎前府知事(維新代表)らと決裂した結果引き起こされたもの。東京都政でも公明党はこれまで小池百合子都知事率いる「都民ファーストの会」と協力関係にあったが、最近は小池都政に対し「是々非々」を標榜。マスコミに「距離ができ始めている」などとも書かれる。

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