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「少年A」を産んだ母親の悲しすぎる末路

8/9(金) 10:25配信
プレジデントオンライン
少年Aが実の息子だと知った両親は何を思ったか。逮捕後、面会に行くなり浴びせられたのは「帰れ、ブタ野郎」の言葉。それから両親は手記『「少年A」この子を生んで……』の出版を決める。本のタイトルをつけたのは母親だった――。

 ※本稿は、松井清人『異端者たちが時代をつくる』(プレジデント社)の第6章「『少年A』の両親との20年」の一部を再編集したものです。

■少年A逮捕の日

 少年Aの両親の手記『「少年A」この子を生んで……』が完成するまで、2年もの長い月日が必要だった。

 1999(平成11)年、『週刊文春』の3月25日号と翌週号に内容の一部が先行して掲載され、単行本『「少年A」この子を生んで……』は4月2日に発売となる。森下香枝記者(当時、現・週刊朝日編集長)、渾身のスクープだった。

 母の手記と育児日誌、そして父の日記で構成された本の内容は、相当に衝撃的だ。

 父の日記は、Aの逮捕当日から始まっている。

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〈1997年6月28日(土曜日)――逮捕の日
朝7時15分ごろ、今日は子供達の学校も私の会社も休みで、家族全員その時はまだ眠っていました。
突然、インターホンが鳴り、私が寝間から起きて玄関のドアを開けると、警察の方が二人中に入ってきて、スッと警察手帳を見せられました。名前までは覚えていません。
「外では人目に付くので」と言った後、一人が玄関のドアを開め、「息子さんに話を聞きたいのですが……」と言われました。
「はあ、ウチ、息子は三人おりますが……」
「ご長男A君です」〉(『「少年A」この子を生んで……』)
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■フラフラ状態で顔は土気色の母親

 こうして、Aは連行された。次いで母親が警察に呼ばれ、ようやく午後6時ごろに帰宅。6時10分ごろ、父親は警察官から「子供達をどこかに預けることはできますか? 」と聞かれる。わけを尋ねても「理由は聞かんといてください」の一点張りだった。言われるまま、Aの弟二人を近所の親戚に預け、帰宅した6時35分ごろ。警察官から「ちょっと淳君の事件で重大なお話があります」と、家宅捜索令状を見せられた。

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〈まさか淳君の事件にAが関わっているとは、正直言って想像もできませんでした。
「A君を容疑者として今、取り調べをしています」(中略)
あまりのことに、記憶も途切れ途切れにしか残っていません。
妻も同じで、「お父さん、これ、どうなってるの。もう一回言うて」と混乱するばかり。
「Aが何したんですか?  えー、何したんですか? 」
私も繰り返し繰り返し、尋ねていたように思います。
妻は、次の月曜に当たっていた町の掃除当番ができなくなることを思い出し、隣の家に伝えに出ましたが、もうフラフラ状態で顔は土気色でした。〉
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■「淳君事件の犯人逮捕。友が丘の少年」

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〈そんな動転の中、家宅捜索が始まりました。
私達夫婦は、「えー、えー」としか言葉が発せられず、何が何だか分からないまま、警察官がAの部屋から次々と押収していく品物に対し、「これを指で指して」と言われるままに、ただロボットのように従って、写真をバシャバシャ撮られていました。
8時半ごろ、付けっ放しになっていた居間のテレビの画面に、「淳君事件の犯人逮捕。友が丘の少年」という短いテロップが出ました。
「えっ、こ、これですか?  これはAのことですか? 」
捜索している警官に妻が尋ねると、「そうです」という短い返事が返ってきました。〉(同書)
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 両親はAとの面会を求め続けるが、なかなか叶わない。「上司と相談したところ、警察の周囲にマスコミが多いので、面会は当分無理です」というのが、須磨署留置場係の説明だ。

 結局、Aが須磨署から少年鑑別所に移されるまで、一度も面会は許されなかった。

■「帰れ、ブタ野郎」

 本の第二章「息子が『酒鬼薔薇聖斗』だと知ったとき」と題する母の手記は、念願の面会がようやく実現した場面から始まる。

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〈「帰れ、ブタ野郎」
1997年9月18日、私たち夫婦が6月28日の逮捕以来、初めて神戸少年鑑別所に収容された長男Aに面会に行ったとき、まず息子から浴びせられたのがこの言葉でした。
「誰が何と言おうと、Aはお父さんとお母さんの子供やから、家族五人で頑張って行こうな」と、夫が声をかけたそのとき、私たち二人はこう怒鳴られたのです。
鉄格子の付いた重い鉄の扉の奥の、青のペンキが剝げかかって緑に変色したような壁に囲まれた、狭い正方形の面談室。並べてあったパイプ椅子に座り、テーブルを挟んでAと向かい合いました。あの子は最初、身じろぎもせずこちらに顔を向けたまま、ジーッと黙って椅子に腰掛けていました。
しかし、私たちが声をかけたとたん、
「帰れーっ」
「会わないと言ったのに、何で来やがったんや」
火が付いたように怒鳴り出しました。
そして、これまで一度として見せたこともない、すごい形相で私たちを睨みつけました。
《あの子のあの目――》
涙をいっぱいに溜め、グーッと上目使いで、心底から私たちを憎んでいるという目――。
あまりのショックと驚きで、私は一瞬、金縛りに遭ったように体が強張ってしまいました。(中略)
15分ほど私たちは顔を向き合わせていたのですが、最後まで「帰れっ」とAに怒鳴られ、睨まれ続けていました。
この子は私のせいで、こんなことになってしまったのではないか? 
Aは目で私にそう抗議している。
《私のせいなんや……》(中略)
私たち親は正直言って、この時点まで、息子があの恐ろしい事件を起こした犯人とは、とても考えられませんでした。どうしても納得することができませんでした。
あの子の口から真実を聞くまでは、信じられない。きっと何かの間違いに違いない。
いや、間違いであってほしい。たとえその確率が、0.1パーセント、いえ0.01パーセントでもいい。その可能性を信じたいという、藁にも縋る思いで、その日鑑別所の面談室を訪ねたのです。〉(同書)
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プレジデントオンライン
■息子のためであれば、死ねます

 家へ遊びに来ることもあった土師淳君が行方不明になると、父親も母親も捜索に参加している。息子が手にかけたとは思いもせず、遺体の頭部がAの部屋の屋根裏に隠されているとは知る由もなく、地域一帯を探し回っていたのだ。

 我が子の犯行と確信したあと、母親が耐え難い胸の内をさらけ出した一節がある。

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〈あの子の行為で淳君、彩花さんはどんなに苦しみ、辛く痛い思いをなさったのでしょうか?  ご本人たち、ご家族がAの行為により、どんなに悲しみ、苦しまれたのか? 
Aは自分の正当性ばかりを主張し、やってしまった行為の責任を負うことなど、とうていできるはずもない、ということになぜ気付かないのでしょうか? 
息子には、生きる資格などとうていありません。
もし、逆に私の子供たちがあのような行為で傷つけられ、命を奪われたら、私はその犯人を殺してやりたい。償われるより、死んでくれた方がマシ、と思うはずです。
ささやかで不甲斐ないお詫びをされるよりかは、いっそAや私たちが死んだ方が、せいせいされることでしょう。きっと被害者のご家族は、私たちが存在していること自体、嫌悪されているのではないでしょうか。
いつの日かAを連れて、お詫びに行くなどとんでもなく、虫のいい話かもしれません。
被害者のお宅にAが姿を見せたとすると、ご家族の方々に「死んで償え」と罵倒され、たとえその場で殺されたとしても、当然の報いで仕方がないことだと思います。
でも、その時は私に死なせてください。(中略)
私は夫のためには死ねませんが、息子のためであれば、死ねます。Aのやったことはあの子を生み、育てた私の責任です。〉(同書)
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■「できれば、この題名にしていただきたい」

 ここに母親の悔いと、Aへの愛情が凝縮されている。

 『「少年A」この子を生んで……』という本のタイトルは、実は母親がつけたものだ。ある日、森下記者が戸惑ったような表情で、一枚の紙片を持ってきた。

 「お母さんが、『本の題名はこれでどうでしょうか』と言ってきたんですけど……」
「えっ、これでいいと言ってるの? 」
「ずっと考えてたそうです。『できれば、この題名にしていただきたい』と……」

 編集者には付けられない、思い切ったタイトルだ。両親の手記なのに、母親が一人で全責任を背負おうとしている。そんなぎりぎりの思いが伝わってくる気がして、一字一句も直さず、そのまま採用すると決めた。



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松井 清人(まつい・きよんど)
文藝春秋 前社長
1950年、東京都生まれ。東京教育大学(現・筑波大学)卒業後、74年文藝春秋入社。『諸君!』『週刊文春』、月刊誌『文藝春秋』の編集長、第一編集局長などを経て、2013年に専務。14年社長に就任し、18年に退任した。
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文藝春秋 前社長 松井 清人
3/3ページ

最終更新:8/9(金) 16:20
プレジデントオンライン







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7/30(火) 14:13配信
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警官「わしは生安担当者や」…割れた皿を買わせる

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読売新聞オンライン
 香川県警丸亀署員が、私用で訪れた同県丸亀市内のリサイクル店で、店員とトラブルになった際、警察官であることを示し、威圧的な態度をとったとして、店から威力業務妨害と不退去の両容疑で刑事告訴されていたことが県警への取材で分かった。県警は受理し、捜査を進めている。

 同署や店によると、男性署員は休日だった6月11日、私物を売却するため、段ボール箱に入れて、店に持ち込んだ。そのうち食器皿1枚が割れており、店員が持ち帰るように依頼したが、署員は店側が割ったと主張。その際、「わしは丸亀署の生安(生活安全課)の担当者や」「今度、立ち入りしようか」などと発言し、約1時間、店に滞在したという。結局、割れた皿は店が買い取った。

 店が同署に相談すると、署員と上司が15日に謝罪に訪れた。しかし署員が皿を割った責任の所在について触れなかったため、店は不誠実と感じ、告訴した。

 同署の渡州二副署長は「署員が告訴を受け、誠に残念。指導を徹底したい」と話した。
最終更新:7/9(火) 10:34
読売新聞オンライン
【報ステ】警察官が“威圧的”発言 店で50分間
7/8(月) 23:30配信
テレ朝 news
All Nippon NewsNetwork(ANN)
 先月、香川県の男性警察官が私物の食器などを売るために丸亀市内のリサイクル店を訪れた。その際、持ち込んだ皿が割れていたため「店員が割った」と言い張り、対応した女性スタッフに詰め寄った。警察官は「わしは生活安全課の担当者や」「今度、店を立ち入りしようか」などと威圧的な発言を約50分にわたって続けたという。店員は過呼吸で倒れてしまった。するとその姿に焦りが出たのか、警察官は「あなたが盾にならないといけない。それが時間帯責任者の仕事だと思う」と捨て台詞のような言葉を発し、店を後にした。後日、この警察官は、上司と謝罪に訪れたが、反省の態度がみられなかったため、リサイクル店は香川県警本部に告訴した。
最終更新:7/8(月) 23:52
テレビ朝日系(ANN)

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海で片足を発見したのは小学生か、妻の両足を切断した夫の「クズっぷり」

7/9(火) 5:00配信
週刊女性PRIME
「遺体発見現場は、神奈川県平塚市の『湘南ベルマーレひらつかビーチパーク』。6月27日午前8時半ごろ、42歳の男性が、波打ち際に漂う両足がない女性の遺体を発見しました」(民放社会部記者)

【写真】切断された左足とみられる包みを持つ捜査員

 その時間帯、現場にいたという60代男性サーファーは、

「朝の8時半過ぎにサイレンの音が響いてね。次々に5台ぐらい消防車などが来るから、なんだなんだと思っていたら、遺体が見つかったって……」

 と振り返る。その後は、

「ウエットスーツを着た警察官が海に入り捜索していました。遺体はブルーシートをかけられて、浜辺に置かれていてね……」
切断された左足は小学生が発見
 その日の夜、『罪悪感に耐えられない』と平塚警察署に出頭してきたのが、翌日正午に死体遺棄容疑で逮捕されることになる川崎市宮前区の会社員・平聖也容疑者(26)。

 遺体は平容疑者の妻で会社員・平楓吹さん(26)だった。司法解剖の結果、死因は首を絞められた窒息死の疑い。

 前出・60代の男性サーファーは、遺体発見の翌朝6時半ごろ、同じ場所で犬の散歩をしていたという。その際の話。

「警察官が数十人で海辺を捜索していました。何かを発見したらしく、警察官がそれを大事そうに両手で抱えて、私のすぐ近くを通ったんです。シートに包まれていたけど、ピタッと包んでいたから足首の形がはっきりとわかってショックでした。見つけたのは、毎朝スキムボードを練習している小学生みたいですよ」
 男性が見たのは切断された左足だったとみられる。もう一方の右足が発見されたのは、そこから直線距離で約40キロ離れた自宅アパートだった。

 昨年11月に建てられた2階建て6戸。そこの2階に容疑者夫妻が引っ越してきたのは、昨年暮れのことだった。

「すぐに住人で埋まって、すぐに事件が起きて……。事件のために作られたような物件。大家さんもかわいそうに」

 と近隣の女性は不憫がる。
それでも妻はやり直そうと
 聖也容疑者は妻を殺害後、両足を切断。上半身と左足をスーツケースに詰め、複数回タクシーを乗り換え夜中の2時過ぎに平塚の海岸の沖合まで泳いで運び遺棄したのだ。

 楓吹さんと聖也容疑者は、新潟県にある国立長岡科学技術大学で出会った。就職率ほぼ100%の理系大学で、楓吹さんは修士課程を修了し就職。一方の聖也容疑者は“進路変更”を理由に'17年3月に中退している。

 その後、聖也容疑者が楓吹さんに婿入りする形で結婚をし、昨年末に現場となったアパートへと引っ越してきたが……聖也容疑者のクズっぷりがすさまじい。

「挙式費用や新婚旅行代もすべて使い切り、あげくの果てには妻のクレジットカードで勝手にキャッシングしていたそうです。それでも楓吹さんはやり直そうとしていた」(前出・民放社会部記者)

 動機について聖也容疑者は、

「上から目線が嫌で殺した」「妻の他人を見るような目に耐えられなかった」などと供述しているという。

 犯罪心理学者で東京未来大学のこども心理学部長・出口保行教授は、

「妻と同じ大学を中退したことで劣等感を強く抱いていたのでは。歪んだ自尊心を維持するため自分を尊大に見せ支配的に振る舞っていたと推測できる。妻がそう思っていなくても、被害者意識が強く悪い方向へ受け取ってしまっていたのではないか」

 遺体を遺棄した日に出頭したのがせめてもの救いか。
最終更新:7/9(火) 10:15
週刊女性PRIME

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