80ばあちゃん

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環境問題

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2004年(64歳)マータイさんはノーベル平和賞を受賞。

持続可能な開発、民主主義と平和への貢献が評価されたものでした。

マータイさん

”この賞はわたしに与えられましたが、わたしとともに、植林運動に加わった

多くの個人や団体を世界中に知らしめました。彼らは環境を変え、民主主義を広め、

人権と、男女の平等を守るために寡黙に働いていますが、あまり知られルことでは

ありません。

わたしの受賞は多くの人々が平和の種を蒔いたのが実ったものなのです。”

 翌年(2005年)来日したマータイさんはある言葉に出会います。

 ”もったいない。”すばらしいと思いました。マータイさんは資源を大切に

する心を一ことであらわせる言葉を捜していました。その後、”もったいない”を

世界に広げるキャンペーンを展開していきました。


2011年9月25日マータイさんは卵巣癌のため亡くなられました。(71歳)

その功績を称え、国葬がとり行われました。マータイさんは、自分の葬儀には

木を使わないで欲しいと言い残していたので、棺には、竹と草を編んだものが

用意され、火葬の際には木でなくガスが使われたとか。

葬儀には再びマータイさんと暮らすようになっていた三人の子供達も参加しました。

長女はマータイさんの活動を引き継ぎ、既に植林が始まっています。是までに植えた

木は5400万本。

ケニヤに緑と自由を取り戻したマータイさんはすべてを失っても、たった一人に

なっても活動を続けました。


晩年マータイさんはこんな言葉を残しました。


 ”人生は闘いです。どれだけ絶望的なことが続いても絶対にあきらめない

 この信念こそが、その後の私の人生を大きく変えたのです。”

     (完)




1,952年マータイさん52歳の時、モイ大統領に再び闘いを挑む。

この頃民主化を求める若者達が不当に逮捕されていた。

マータイさんは彼らの釈放を求めて母親達とともに、水しか口にしない

ハンガーストライキはじめたのだ。そして全員が釈放されるまで

ウフル公園で待つと政府に告げた。女性達が声をあげたのは初めてのこと

不安に駆られる母親達をマータイさんは励まし続けた。

日が立つにつれて、参加者は増えていき、我々は開放を求めると叫びました。

5日目、モイ大統領は警察隊を送り込み、強制排除に乗り出しました。

マータイさんは頭を殴られて意識不明の重態となりました。

其れでもマータイさンは、母親には息子の自由を求める権利があるのですと

母親達を励まし続け、ハンガーストライキはその後も続いて、11ヶ月後、

大統領は全員を釈放しました。 1993年(52歳)


2002年 野党一体となっての総選挙にキバキ氏が勝利第三代大統領に

就任。政権交代が実現しました。24年に及んだモイ政権の崩壊。そして

マータイさんは国会議員に選ばれました。

マータイさん

 ”ケニヤにすばらしいときが訪れました。24年にわたり苦闘と困難と

 敗北、投獄と暴力と屈辱が続いた。それでも、決意と粘り強さと希望を

 忘れなかった。私達は自信を持ってこ宣言した。ケニヤを変えた。

 民主主義を取り戻した。”

新政権が誕生した後もケニヤには多くの問題があった。 ケニヤには40

以上もの民族が暮らしていた。

その民族間で争いが起きた。原因の一つは森林の伐採による土地の荒廃だった。

彼らは水源地や緑豊かなところをめぐって、争いを繰り返すようになった。

この頃民族紛争はケニヤだけでなくアフリカ各地で起こっていた。

マータイさん

 ”資源が枯渇したため、人々はそれを奪いあい、殺してまでそれを独占して、

 紛争が起きているのです。ごく限られた人たちが資源を握る一方で、貧困の

 中にあって資源を使う手立てもなく資源にアクセスすら出来ない人がいる。

 そんな状態がなくならない限り平和は訪れないと、私は思います。”


マータイさんはこうした紛争をなくすためにもグリーンベルト運動が必要で

あると訴え続けたのです。

実際、運動の開始から25年がたち、家事に必要な薪も、家畜の餌となる草も、

そして水源もよみがえりつつあった。

グリーンベルト運動は紛争の防止に役立った。男達の意識が変わった。

男性達は ”わが村の女達はたいした仕事をしたもんだ。”を口々にした。

男性たちのこの言葉を聴いた女性は、普通男性は女性のことを褒めたりしない

ので、嬉しく思いました。男性達も変わっていきました。

(つづく)
  
どん底のマータイさんに手を差し伸べてくれたのは、ノルウエーの

森林協会だった。 マータイさんのグリーンベルトのシステムが

ノルウエーの森林協会の目に留まり、資金援助を申し出てくれたのだ。

そのお蔭で、マータイさんも僅かながら、収入を得られるようになった。

マータイさんのグリーンベルトのシステムは人々が、自分の土地に

苗木を育て、そして育てた苗木を荒れた土地に移植すると、一本につき

4セントを受け取ることが出来るというもので、収入の手段を持たない

農村の女性達にとってこのシステムは大きなモチベーションになった。

ノルウエーの森林協会の後押しを得て、マータイさんはどんどん植林

運動を拡大させやがて、数千人の女性達が参加するまでになっていった。



参加者の話

”ポリ袋に土を入れるのは子供の仕事と言う人もいますが、植林は子供の

遊びではなく、すばらしいことなのです。

マータイさんは木を植えることは、薪や建材をつくることだと考えて

くれたんです。”



マータイさんは男性中心のケニヤ社会と、再び、闘うことになる。相手は

モイ大統領。当時ケニヤで権力を一手に握り、政治をとりしきっていた。

この頃のケニヤはとっても恐ろしいところで、政府を批難したり、批難

していると疑われるとこっぴどく弾圧していた。どこかに連れて行かれ

何日間拷問されるかわからない、そういう怖い国であった。

モイ大統領は汚職も行っていた。貴重な水源である国有林を側近や一族に

ただ同然で払い下げしていたのだ。

1989年マータイさん49歳の時、新たな開発が秘密裏に行われると

いうことが伝わってきた。市民の憩いの場所であるナイロビ中心地の

ウフル公園に超高層ビルと、自らの銅像を建てようと言う建設計画を知り、

マータイさんはその停止を求めた。しかし誰も動こうとはしなかった。

大統領の報復を恐れ、友人達でさえマータイさんを避けるようになった。

それでも、マータイさんはあきらめなかった。

マータイさん

 ”創造性を殺し、腐敗をはびこらせ、指導者を恐れる人々を生み出す

 政治のもとで、生きていくことは出来ない。”


マータイさんは海外のメディヤに手紙を書いた。そして、大統領に圧力

をかけて欲しいと訴えて、イギリスやアメリカの人々はハイドパークや

セントラル パーク のど真ん中に、高層ビルは建てさせないでしょう

ナイロビの人たちだって同じだと思いませんか?

マータイさんの訴えを受け、ケニヤに多額の資金援助をしていた欧米諸国

から、この建設計画に疑問の声が上げられはじめる。

大統領は激怒し、人々の前でマータイさんを批難した。

”或る女性が何やら動いています。アフリカの伝統では女性は男性を敬わ

なくてはなりません。 女性の皆さんにお願いしたい。何故あの女性の

出過ぎた行動をとめられないのですか?

しかし3年後、プロジェクトは中止となった。ケニヤ政府は国民を欺いて

いるとの欧米諸国からの批判を無視できなくなったのだ。

是をきっかけに、国民の意識も徐々に変わり始めていった。

だが、大統領の圧政は続いていく。 或る日、マータイさんは一通の手紙

を受け取った。

殺すと言う脅迫状。何通も送られてきた。 身の危険を感じずにはいられ

なかった。

やむなくマータイさんは身を隠すことになる。


マータイさんの親友アガサ ワンゲチさん

 ”私達も彼女がどこにいるのか全くわからないと言う時がありました。

 誰にも所在を知らせないと言うのは本当に身の危険が迫っているんだなと

 言うことを強くを感じました。”


だが、マータイさんは脅しに屈することはありませんでした。

(つづく)





29歳の時ワンガリ・マータイさんは実業家のムワンギ・マタイさんと

結婚しました。3人の子供にも恵まれ、夫は国会議員に立候補しました。

マータイさんは大学の仕事や植林の活動、家事や育児に関わりながら、

夫の選挙活動を助け、夫は国会議員に当選。ところが或る日夫は突然家財

を持ち出し家を出たのです。

結婚から8年、マータイさん37歳の或る日、マータイさんが仕事を終え、

家に帰ると、家の中のものが殆どなくなっていました。

いったいどういうことと言うマータイさんの問いかけに、だんな様が家の

ものを車に積んで出て行かれましたと言う返事。マータイさんは夫は何故

出て行ったのか、自分は出来るだけのことをしていたつもりだったのに

何が、悪かったのかと自問自答しました。

夫は自分の離婚を有利にするために、マータイさんが議員と寝たと、マス

コミにデマを流しました。当時のケニヤは男性社会、そんな中で彼女の学歴

の高さと社会的地位の高さが人々のねたみとなり、夫の言葉を信じてしまっ

たのです。

ワンゲチさん(アメリカに一緒に留学した友達)

”新聞が書く彼女と実際の彼女とはあまりにも違っていました。ケニヤでは

女性があまりに成功すると、妬みから批難され、糾弾されたりするのです。

時には売春婦呼ばわりされるくらいです。女性は、そういうターゲットになり

やすいのです。”

結局、マータイさんは裁判に負けました。だが、このことが、マータイさん

の闘志に火をつけたのです。

マータイさん

 ”私は自分のことを女性だと思ったことはありません、自分が意識したのは

 自分の能力と可能性だけです。(マータイさんは男性優位の裁判を批判。)

 担当した裁判官が無能だとか、 買収されたとか言うつもりはありません。

 誰が、裁判官だったとしても、 結局、同じ判決が下っただろうと思います。”

その発言は法廷侮辱罪に問われ、マータイさんは懲役6ヶ月の刑で刑務所に入れ

られましたが、 友人達の奔走でなんとか3日後に釈放されました。

この時、マータイさんの気持ちは決まっていました。

マータイさん

”私は人に悪いことも、法を犯したこともない。なのに何故こんな目に会わなけ

ればならないのか、わたしに誹謗中傷の責任をとらせ、女性の主張が通るよう

にするには、彼ら男性と同じ土俵で闘うしかないと解った。”


マータイさんは大学を辞職し、国会議員への立候補を決意したのですが、提出

書類に不備があると、立候補は認められず、職を失い、借りている家

からも追い出され、愛する3人の子もなくしてしまったのです。

そんなどん底に落ちてしまったマータイさんが、どうして強権政治を行う大統領に

勝利を収められるようになったのか(つづく)
2月2日に放映された“ザ・プロファイラ−未来を信じ続けた緑の闘士”

よりの抜粋

今から10年ほど前、世界で注目を集めたのは、

“もったいない!”と言うアフリカの環境保護活動家 ワンガリ・マータイ

さんの言葉であった。

2004年ノーベル平和賞を受賞されたが、1989年イギリスのダイアナ

元皇太子から、“Women  of  the  year ことしの最優秀女性 ”とでも訳した

らいいのかよくわからないが、とにかくそういう賞もいただいている女性で、

ヒラリークリントンさんも“友であったことを誇りに思うと言われている。

長年アフリカの大地に木を植えるグリーンベルト運動を展開して来た女性で

ノーベル賞受賞後、日本に来日した時に、“もったいない!”の言葉を覚えて

世界に広めていった女性でもある。

マータイさんは東アフリカにある高原の農家にうまれた。其処では非常に貧し

いと言う生活ではなかったが、当時男の子は学校に通わせるが女の子は幼い時か

ら母親の手伝いをし、学校には通わせてもらえないのが一般的であった。

女の子は薪運び、水汲みなどのすべての家事を手伝うという男尊女卑の社会で

あった。

ある日、水汲みに行く前に母は、あのイチジクの木は神様の木だから

あの前で薪はとらないようにと注意した。


8歳の時、兄が、“どうして、マータイは学校に行かないのか?”と、母

に聞いたので、母は“そうね、学校に行かない理由はないわね”と言って、

マータイを学校へ行かせることにした。その頃、先に学校に行って字を覚えた

いとこが、字を書いて、それを消しゴムで消したのを見て、魔法のように思い

一生懸命勉強し、高校をトップの成績で卒業、アメリカに留学させてもらうこ

とになった。

アメリカの大学では、生物学を専攻し、そのもう勉強振りは周囲を驚かせたと

いう。

1963年ケニアは独立。その二年後マータイさんは帰国して、ナイロビ大学

の獣医学部で、助手として働き始めた。

ケニアの政治家達は“あなた方はこの国の未来をになうリーダーです。留学後

はケニアに戻り、国を作り上げることに力を尽くしてください。“と言っていた

のです。

マータイさん

“それを忘れたことはありません。われわれはケニアに戻り国の発展に尽くす

と、常に意識していました。“

でも、故郷に帰ったマータイさんは愕然としました。あのイチジクの木が切り

取られ、小川も消え、蛙の卵やおたまじゃくしや魚もいなくなっていました。

原因は独立後に出来た新政府の政策にありました。商品作物を作って外貨を

稼ぐために、木を伐採し、コーヒーやお茶の木が植えられたのです。この政策

のため大規模な森林伐採が行われ、森林がなくなっていくことで、小川が消え、

飲み水も遠くまで汲みに行かなければならなくなり、薪がなくなり、食事を用

意するための火もあまり使えないので、加工食品を使うようになり栄養状態が

どんどん悪くなって、病人が増えていきました。


(つづく)






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