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Toshiジィのブログ仲間・・郡山第6特科連隊の I 2尉から・・・
自分の携帯を使ってこんなメールが送られてきました。
お疲れ様です。
今、自分は宮城県東松島市でゴムボート等で人命救助・遺体捜索をしています 自分はまだまだ平気ですが地獄のような光景でまいっている人もちらほらいる状況です(WACが多いかな)。 遺体はそこら中に数メートル間隔である、 流木(木、家とかの)に流され挟まれ手を挙げて叫んでる遺体、
家の鍵を握りしめて両手を上に何かを叫んでる遺体、頭まで泥につかり、片手だけ地上にだしもがいていた体、 毎日数百体発見、運んでます。 特に子どもの遺体は見るのはつらいです。 東松島だけでこれだからはかりしれないです。 ホントに地獄絵図です。 宮城県は今日から雪が降ってます 今はみな、はりつめた緊張感や非日常的な光景で遺体を見ても若干マヒしてる (たぶん自分も)してます。 長期になるとは思いますが目の前の任務をしっかりこなし、一日も早い復興に向けて頑張りたいです このメールを読んで・・・・68歳のToshiジィ・・・・万感迫って・・・涙してしまいました。。
おれらOB達の思いも背負って・・・I 君・・・頑張ってくれ。。
そして別のメールには・・こんなくだりが・・・
そして人間は追い込まれると本性がでるというのがすごくわかった。
100m先の被災地では遺体がゴロゴロしている中、ATM荒らしやコンビに破壊強盗、放置車両(津波で流されてきた)からのガソリン抜き取り泥棒等 また津波で民家の1階まで水ヘドロ(よくドブの底にたまっているような臭い泥)がただよい、 人命救助で自分らが胸までヘドロにつかり救助用ボードを引っ張っていたらある2階から被災者のおっさんが 「おい、飯もってるだろ、水もよこせ、ラジオも安いのでいんだから買ってきてわたせ、普段税金で食ってるんだから早く渡せ」 という被災者 そんな自分本位な方もいる中、隣の家2階からはおじさんが 「おばあさんがいるんできてください」 と言われ窓から進入。 おばあさんを救助しボートに乗せおじさんと話したらそのおじさんは向かいの家の方で震災後息子が行方不明らしい、しかし向かいの家の寝たきりのおばあさんが心配で前日から自衛隊が救助に来るのを一緒に待ってあげていたのだと。 自分の息子が行方不明なのに他人が心配で一緒にいてあげたという他人を思いやる気持ち。 中学校に救助にいくと約450人に避難者がいた。取りまとめていたのは校長先生と教頭先生だった。自分の自宅には1度も帰らずずっととりしきっているらしい いろいろある 同じ災害派遣にきている仲間には実家が流され両親が行方不明の人もいる。 家族の安否すらつかめていないのに 顔にださずもくもくと任務にまい進している・ ここにかききれないくらいのたくさんのいろんな方の思いがある。 この気持ちが生涯忘れることはないと強く思う。 引き続き頑張ります! 朝夕は乾パン、昼は缶飯、夜はテントで白い息吐きながら寝袋、きっと貴重な経験になるはずさ! |
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2011年03月18日
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