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一番暑いこの時期に・・・一番熱い大会が開かれる。
20歳以上25歳未満の第1部、20歳未満の第2部に区分され
それぞれ1チーム3名による団体トーナメント戦
全国各地から約350チームが集まった・・・監督など含んで約1500名が・・
日本武道館の駐車場は参加する自衛隊チームの車で早朝から既に「満車」
会場の日本武道館・・・日射しがスゴイ。。
館内は冷房が効いていて涼しいものの1500名の若者たちの汗と防具・稽古着 の匂いも・・・スゴイ。
9個の試合場に分かれて3分3本勝負の試合が9時半から夕方まで延々と続く。。
第1部225チームの頂点に立ったのは・・・
北海道留萌市に駐屯する第26普通科連隊チーム・・・
右の二人の村上君・・・
北海道旭川市で中学時代から銃剣道で活躍していた兄弟自衛官
中学生〜高校生当時からの兄弟を見てきているジィ・・・感慨一入でした。。
第2部は九州別府市に駐屯する第41普通科連隊チームが優勝しました |
機先攻勢・果敢決行
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信濃町駅から徒歩10分・・・明治記念館・・・14時から・・・
今や毎年この時期の恒例となった防大銃剣道部OB会の総会と懇親会がありました・・・
この数年は欠席していたジィですが・・・頂いた案内状
今年の幹事さんの名前の中にN澤君の名前をめっけて・・・
当直勤務の合間でもありしかも三味線教室の予定も入ってないことから・・・出ることに。。
N澤君はジィが防大勤務の頃の43期生部員・・・
彼の卒業以来、ずっと年賀状の交換は続いていてお互いの消息は承知しているものの・・
今は陸幕装備部の小幕僚たる彼の姿を見てみたいという思いから・・・出ることに。。
出ることに。。決めたは良いが・・・何せ防大ヒト桁のジィ様が出席するとなれば・・お荷物覚悟。。
案の定・・ヒト桁は1期生のT先輩と9期生の私、ジィの2乗で足して10。。
集まったOBは15期の会長さん以下、57期生までの40数名・・・
ジィの飲み友達で、幻のモスクワオリンピック柔道選手だった元監督のS水君と現監督のYさん
そして、はるばる横須賀から59期生の4年生9人と60期生3年生2名が参加して・・・
OB達の・・・センパイ面でのイジリ・・・イヤシ・・・の餌食を健気に買って出てくれていた。。
女性は51期生・54期生のOB
会のおわりに・・輪になっての「防大逍遥歌」の合唱がありました・・・年齢差を超えて・・・
全員の声が揃っていて・・・統制がとれていて・・・皆が4番までの歌詞を覚えていて・・・
”THIS IS BOーDAI”・・・・を実感しました。
実に感動ものでした。。
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多賀城の第22普通科連隊が今年の「銃剣道優勝大会」で見んごと優勝した・・と
昨日の夜、連隊の広報から電話がありました。
毎年、この優勝大会へは参列しているのですが・・・今年は「週番勤務」のために欠席してしまい、連隊の活躍を目にすることが出来ず・・・とっても残念でした。
連隊は10年程以前、宮城国体の頃までは全国でブイブイ言わせる程の強豪連隊でしたが・・・
最近の数年は鳴かず飛ばずの悲運をかこっておりました。
監督は・・・S木(旧姓S藤) 薫くん。。
ジィが連公の頃の陸士のエース・・・滅法強かった。
薫くんが退職したいというのを・・・あの手この手を使って、慰留して連隊にキープした思い出がある。
昨年の秋、連隊の創立記念日に行ったとき・・・当時の銃剣道仲間と共に、駐屯地前の居酒屋で焼酎かっ喰らいながら、銃剣道について薫くんと熱く語ったものでした。
「連隊が一流になるには、あと2年か3年かかるかナ」と言ったジィの言葉に、キッとなった薫くんの顔。。
いやいや・・・・・あんなこと言ってゴメンな!
何はともあれ・・・薫くん!! 優勝おめでとう❕
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短剣道・・・右手に53cmの短い竹刀を持ち・・右足前に構えて
右手だけで竹刀を操り相手の胴や喉を突く、又は面や籠手を打つ・・・
接近したら相手の利き腕を押さえて近い間合いから胴を突く・・・
この短剣道・・・銃剣道と共にわが銃剣道連盟においては車の両輪としての地位付け・・・
だが・・歴史的には銃剣道よりもかなり新しい武道です
牛蒡(ごぼう)剣・・・本来は小銃の銃口付近に取り付けて槍のようにして戦うための剣
普段は腰に帯剣していてイザという時に銃に着剣していました
兵士が銃を使えなくなった時など・・・最終的に自己防衛の手段になるのが・・この牛蒡剣でもありました
旧陸軍で、この牛蒡剣の操法を研究し始めたのが日露戦争が終わってからのようです
昔の日本の剣術には戸田流とか・・・小太刀(短い日本刀)の流派がいくつかあったようです
技術的には、これを参考にして武道として体系化したのが・・・短剣道です
わが銃剣道連盟でも本格的に短剣道の普及に取り組みだしたのも昭和40年代の後半だったような気がします
最初は銃剣道をやった人達を中心に短剣道の修錬がはじまり・・・ついで剣道体験者が入ってきました
これによって技のバリエーションが多彩になってきて競技も面白くなってきました
更に最初っから短剣道だけに取り組む・・・という人達が入ってきて短剣道の奥行きが広がりました
11年前から短剣道単独の全国大会を開かなくてはならない程に同好の士が増えてきました
短剣道の特色は・・・「捨て身」と「勇気」と・・・「機敏さ」にあります。
力まかせの大男を一見か弱いオナゴが「捨て身」によって倒せるというのが短剣道です
護身術としては最適の武道・・・女性に最適の武道だと自負していますが・・・?
東北の被災県からも精鋭が参加してくれました
試合風景
試合は3分・・・3本勝負 勝敗が決しないときは旗判定・・・・↑の試合は2対1で赤の判定勝ち。。
因みに本日の結果・・・
成年の部 優勝:第50普通科連隊 準優勝:ALSOK 3位:新潟県選抜・第1戦車群
女子の部 優勝:由利高校A 準優勝:郡山自衛隊 3位:由利高校B・由利高校剣友会
高校の部 優勝:南郷高校 準優勝:横浜修悠館 3位:鹿本商工高・沼津工業高
・・・でした・・・
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東日本大震災復興支援 第66回国民体育大会 銃剣道競技
10月7日〜9日 山口県和木町 和木町立中学校体育館で開かれ・・・Toshiジィは行って参じました
山口県和木町は広島から電車でトコトコと小1時間・・・広島県と境を接する町です
人口は7千名足らずの町ですが大企業が数社あることもあって・・・町は豊かなようです
北海道の恵庭市と姉妹都市の関係にあるそうで折から来町の恵庭市の市会議員さんともお会いしました
明治18年に和木町の住民が北前船を利用して小樽に上陸して恵庭に入植したことから
恵庭市と和木町が姉妹都市の縁組を結ぶことになったそうです
和木町には大きな宿泊施設がないために・・・我々競技役員は隣街の・・・岩国市に宿泊することになりました
ホテルは1600年代の半ばに造られた・・・美しいアーチの五つ橋・・・錦帯橋の近くでした
対岸の右手山上には吉川家の・・・・岩国城が遠望されます
・・・対岸にはツバメ返しで有名な美少年剣士「佐々木小次郎」の銅像もありました
会場の中は・・・中央に10m四方の試合場が1個あって・・・それを取り囲むように記録や進行関係の
勤務員の人達がいます・・・山口駐屯地の第17普通科連隊第1中隊から46名の隊員さんが
テキパキと支援して下さいました・・・震災時は福島に災害派遣で出動したそうです
試合の区切り区切りにアトラクションがあります・・・
小学1年生の可愛いいダンスとか子供たちの太鼓演奏とか・・・
恵庭市と共通の衣装での「ヨサコイそーらん」とか・・・・
試合前に・・・小学生の押川兄妹による銃剣道型の展示がありました
とても立派に出来ました・・・素晴らしさに感動し思わず落涙・・・
3日間に亘って熱戦が展開されました・・・
少年の部(高校生)は北海道が優勝し・・・南郷高校の宮城県が第2位となり復興第1歩となりました
成年の部では・・・熊本県が優勝し地元山口県(第17普通科連隊)が地元の熱い声援に応えて
準優勝しました・・・表彰式での山口県選手の涙が感動的でした
来年は・・・10月6日から
岐阜県各務ヶ原市で国体銃剣道競技が予定されています
選手のみなさん・・・・来年、またお会いしましょう
山口県和木町の皆様・・・・暖かい歓迎と競技会への支援・・・本当に有り難うございました
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