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東日本大震災以降、みなさんと一緒に継続的に支援活動をしてきた避難所の本が出版されたので報告させていただきます。
 
私の記事は第6章に掲載されています。
 
写真の後、一部を載せますので読んでいただき興味のある方は是非ご購入下さい!
 
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震災から約二週間後の三月二十四日に石巻入りし、以来、明友館に大量の物資を供給するサポーターとなったNPO法人のボランティア団体『まるごみJAPAN』。三月二十八日には、四トントラック二台に野菜と生活物資を満載して運び、その圧倒的な物量で糸数をおののかせた、あの団体である。まるごみは、「日本まるごとゴミ拾い」を掲げ、千葉県を中心に地道なゴミ拾い活動を続けている団体である。明友館への支援活動の中心となった人物は、まるごみの全権代表でbayfmに自身の番組を持つDJ KOUSAKU(四十四歳)と、まるごみ船橋の実行委員長の大原俊弘(四十二歳)だ。
 大原は、船橋市で建設会社の社長として七十一名の従業員を束ね、経営の腕を振う一方、六本木のディスコ『マハラジャ』のオーナーとしての顔も持つ。大原に明友館へ救援活動をすることになったきっかけから、千葉や糸数との関わり、そして彼自身が抱えているという支援活動へのジレンマについても語ってもらった。
 三月二十四日に明友館へ物資を運ぶ以前から、千葉県旭市や浦安市、福島県などの被災地への救援活動は行っていた。
「震災の翌日から、千葉県内での救援活動はしていたんです。そんななかで、宮城県の石巻が大変だという話が、DJ KOUSAKUの仲間で宮城県出身の山寺宏一さんから伝わってきたんです。なんでも、石巻の明友館というところが物資がなく孤立していると。うちの会社は道路工事関係の仕事をしていて、ダンプカーを持っていましたから、ダンプに荷物を積んでKOUSAKUとふたりで二十四日の早朝に出発しました」
 それまでにも、千葉県旭市で津波被害に遭った地区は見てきた。福島県郡山市では、約二千人が避難していたビックパレットで避難所の現実も見てきたはずだった。ところが、石巻で目にしたのは、テレビから流れてくる映像が被災地の現状をまるで映し切れていないと思うほどに悲惨な状況だった。
「テレビではあまり映してなかったですけど、市街地の道路には、服も着替えられず、泥と埃にまみれ疲れ果てた人たちがたくさん歩いてました。それに、海と川底から上がってきたヘドロが二十センチ以上も堆積していて臭いもひどかったし、ダンプでなければ通ることもできませんでした。明友館も一階はヘドロが積もっていて臭いし、水も使えないからトイレも使えない。正直、本当に避難所なのかと思ったほどです。避難している人たちもウェルカムという感じではなく、むしろピリピリしてました。その時、思ったのは、もし自分たちが被災して、知らない人たちが荷物を持ってきても警戒しますよね。だいいち、明友館にはテレビもなかったんで、原発のこともほとんど知らなかったし、それこそ明友館の周り以外の被災状況もよくわかってませんでしたからね」
 大原が、警戒心を抱かれつつも明友館への支援を続けようと思ったのにはふたつの理由があった。ひとつ目は、明友館の困窮ぶりと奮闘ぶりだった。まるごみでは当初、明友館のほかに、震災直後に立ちあがったあるボランティア団体へも物資を運ぶ計画でいた。
「明友館で荷物を降ろした後、そのボランティア団体が本部を置いていた石巻専修大学に行くために、道案内として糸数ちゃんをダンプに乗せて向かいました。そしたら、専修大学には物資が山のように積まれていたんですよ。こんなところに降ろしても、すぐに被災者の手に届かないんじゃしょうがないということで、必要な物だけ降ろして、残りは明友館に持って行ったんです。明友館は頑張ってましたからね。学校とか行政や組織の大きなボランティア団体が運営している避難所では、行政との情報のやり取りもありますから、わりと物資は多かったように思います。でも、その頃の明友館は千葉ちゃんの外部への発信がされた当初だったんで、物資は少なかったですし、そもそも避難所扱いされてないから行政からの物資もほとんど届いてませんでした。本当によくやったなと思います。本当に奇跡だと思いますよ。千葉ちゃんの顔がなかったら、こういう形にはなってなかっただろうし、あそこに避難した人たちは生き残れたかわからないというぐらいの感じですよ」
 大原が明友館への支援を決めたもうひとつの理由は、言葉にしづらいことだという。
「あえて言うなら、千葉ちゃんとか糸数ちゃんとかの人間性ですかね。最初のときなんて、話はほとんどしてないんです。頑張りましょうとか、その程度。ただ、心が通じるというか、人に対しての好き嫌いでしたよね。千葉ちゃんのことは一発で好きになったし、糸数ちゃんにはとにかく助けてやらなきゃっていう思いが強く残りましたね」
 明友館を訪れた人の千葉に対する印象は、被災地の状況を語りつつも、人を笑わせることを忘れないユーモラスな人柄というものだろうが、震災直後の様子はまったく違っていたと大原は言う。
「僕のブログとかを見るとわかりますが、最初の千葉ちゃんとひと月後の千葉ちゃんは、顔つきが全然違いますよ。とっぽい感じの表情は、ひと月ぐらい経って意識してつくった顔という感じですよ。最初に会った頃は、『オレが何とかしなきゃならないんだ』っていう鬼気迫る表情でしたからね」
 大原は、一度目の訪問から間をおかず明友館に向かっている。二十八日には四トントラック二台に野菜、防寒着や靴などの生活必需品、他にも二階で寝起きしている避難民の寒さを減らすために、床に敷く断熱材を大量に持って行った。その後も、食料や生活物資をはじめ、幼稚園や保育園に画用紙や通園バッグ、園児用の小さなイスなど子どもの健やかな成長を守るために物資を満載し、数ヵ月に渡り頻繁に船橋と石巻を往復した。
「被災地で僕が感じたのは、物資を持って行っても全員分が集まらないと配らないという平等の名のもとに必要な物を配らないという現実でした。でも、千葉ちゃんたちは『あるものみんな持って行って』ということを最初からやっていた。『無くなったら補充するからいよ』という感覚ですね。ある意味、明友館は不平等をやっていたかもしれない。けど、その不平等が、有事の際には平等だったりするんです」
 明友館では、大原が持って行く物資はどんな物でも受け入れていた。そのことが、支援をする側を〝救う〟ことになったと大原は言う。
「うちのホームページやメールで物資を募集していましたが、震災からしばらくしたら行政が受け取る物資に制限を設けるようになりました。うちでは制限などかけていませんでしたから、様々な物資が届きました。その内容を千葉ちゃんに話すと、千葉ちゃんがうまく振り分けてくれたという感じでした。どっちが支援されているのかわからないというか、支援したい側も自分たちが使わなくなった物とかも持ってくるから、被災地で欲してる物とは違ってるんです。でも、それを千葉ちゃんは『いいよ、持ってきてくれればなんとかするから』って。そうすることで支援する側、もちろん善意ですが、そういう人たちも気持ちがいいじゃないですか。千葉ちゃんの『いいよ』ってひと言で何人の支援者が救われたか。計り知れないですよ」
 大原自身は自らの支援活動について、「苦しさから解放されたかった」と語る。
「船橋とか、六本木のマハラジャで支援金とか物資を集めて被災地に持って行くと、千葉や東京ではヒーローなんですよ。でもね、明友館に行くと、僕が持って行った物なんてほんのごく一部でしかない。それこそ、石巻全体だったり被災地全体からすれば、ものの数にも入らない。もっと自分に政治的な力があったり、資金力があれば、もっともっと助けてあげられたのに。でも、地元に帰ったらヒーロー扱いされる。僕自身には苦しい支援活動というか、自分のちっぽけな人間にすごく苦しんで、いつ辞めようかっていうジレンマがありました。でも、周りの人たちから『自分でやれることをやるしかないんだよ』って言い聞かせてもらいながら、ここまで頑張って来ている。そんな感じです」
 一回だけの支援、被災地の外からの支援であったならば、大原は悩まなかったはずだ。震災の大きさを目の当たりにしたからこそ、やらなければならない思いと、やってもやってもまだ足りないという焦りが激しくぶつかった。それでも大原は、支援を続ける。
「被災地で大事なのは雇用だと思います。僕は自分の会社を持っているんで、いまは千葉ちゃんなんかと相談しながら、石巻で現地の人たちが働いて現地の人たちが運営するような何かをやりたいと思っています。お金とノウハウは、こっちで出すっていう感じでね。まだ現実にはなっていないんで、何とも言えないですけどね」
 大原がオーナーをしている六本木のマハラジャには、金箔やLEDが埋め込まれ豪華に設えられた入口に、まるで場違いな縦四〇センチ、横六〇センチほどの赤い色紙が貼られている。そこには、石巻のみづほ幼稚園の園児たちが折った折り紙のいちごや花が貼られていた。その真ん中に、黒いクレヨンで一生懸命に書かれたつたない文字があった。
「マハラジャさん、ありがとう」
 
 

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大原さんの素晴しい行動が、カタチになって残される事はとても喜ばしい事です。是非本を購入し、ゆっくり拝読させて頂きます。高橋純代

2012/2/7(火) 午前 8:32 [ SUMIYO ]

高橋さんコメントありがとうございます。

僕は伝え方が下手なので僕が凄い様なありがたいコメントになっていますが、本当に伝えたい事は支援物質を届けてくれたみなさんに感謝の報告と支援先がどんな所だったのかを知らせたかったのです。
みなさんありがとうございました。

2012/2/7(火) 午後 4:28 toshi


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