|
連日のマスコミの報道で、いまや時の人となっている松坂大輔選手ですが その過熱ぶりは日米両国に及んでいるようです。 ポスティングの落札金額や、これからレッドソックスとの契約交渉など 天文学的な数字がこれからも放送されていくと思います。 松坂選手の凄さなどは、今更私が言うこともないと思いますが 一番間違って認識をしていると思う点がひとつだけあるのです。 意外な意見だと思われるかもしれませんね。 現に彼のストレートはやはり物凄いらしくて、唸りをあげてくる剛球だそうです。 初めて彼の球を受けるキャチャーなどは と思うそうです。 シドニーオリンピックの時に、松坂投手と始めてバッテリーを組んだ鈴木選手などは こんな真っ直ぐを打てるはずがない と思い、真っ直ぐ中心の配球で失敗をしたのは、ご覧になった方も多いかもしれません。 (現実的にはその真っ直ぐが甘くなってしまったのですけど) しかし、多少なりとも野球をやっていたものなら誰でも解かると思いますが しかも こんな投手、世界中を探してもそうそういるわけではありませんね。 速い真っ直ぐに加えて、高速の2種類のスライダー、カーブ、チェンジアップ フォーク、ツーシーム、カットボールなど多彩な球種で その器用さも素晴らしさの一因です。 私の予想だと になる事は間違いないでしょう。 怪我とかしなければ、いきなりの20勝も夢ではないと思います。 数年前までレッドソックスにいた世界最高右腕と言われた ペドロ・マルティネス(現メッツ) よりも上かもしれませんよ! それくらいの実力と心臓を持ち合わせていると思っています。 何はともあれ、日本が誇る10年1度の逸材なのでその輝きを放ち続けて欲しいものです。 来年の今頃 なんて話が出来ると良いですね。 早くもシーズンが待ち遠しいです。 では、また。 ※ペドロ・マルティネス投手は、現在肩の手術をしているそうですが
その結果いかんでは引退も考えているそうです。 手術がうまくいって、松坂投手との投げあいも見てみたいですね。 |
スポーツ
[ リスト | 詳細 ]
私の大好きなスポーツのお話です
野球やサッカー、ゴルフやテニスなど盛りだくさんです
野球やサッカー、ゴルフやテニスなど盛りだくさんです
|
私の住む熊谷市でも、各地で小・中学校や保育園、自治体などの運動会が盛んです。 そして、ブログを散歩していても運動会の記事が多いので、私の少年時代を思い出しました。 ニンニクのお話は一度飛ばして、少年時代の運動会のお話などを書いてみたいと思います。 現在の私からは想像はできないかもしれませんが(出来るかな?) 私は勉強などよりも運動のほうが遥かに好きで 毎年行われる運動会は私にとって間待ち遠しい行事であり 自信満々で迎えることの出来る最大の学校行事会でした。 幼稚園の運動会に始まり、地区の子ども会の運動会や小学校、中学の体育祭など かけっこだけは負け知らずだったのです。 当時から背が高くて、中学校2年の時には184cmと今の身長になっていたので 同級生達よりも体力的にも勝っていたので当然といえば当然なのかもしれませんね。 さらには生まれ持っての負けず嫌いの性格が幸いして(災い?) 走るだけではなくて、幼少の頃にやったパン食い競争や障害物競走、玉入れ、玉運び 三輪車競争など(知ってますか?)卑怯な手を使っても負けたことはありませんでした。 (卑怯な手とは、パン食い競争ではパンは手掴みしてまで1番になったりとか
そういった事ですね 大恥)
運動会といったら、だいたい100m走などから始まるのですが(小さい頃は50m走)まずこれがとても嬉しいのです。 何といってもぶっちぎりの一番でゴールをすると というどよめきがおこるからなのです(悪趣味?) そして運動会のクライマックス、最大のメインは何といっても ですよね。 もちろん毎年のクラス替えによって、強いクラスの時とそうでもないクラスの時があるのですが 強いクラスの時ほどつまらないときはありません。 なぜかというと私の走る順番がアンカーになることが多いので なので 反対に最下位争いをしそうなクラスの時は これなら文句なしに1番で次の走者にバトンを渡せて目立てるからなのですが 今振り返ってみると、私の運動会の思い出って そんな目立ちたがり屋さんだった私が 今では人前に出ることが苦手になっているのだから、人生はわからないものですね。 そうそう、運動会でも嫌いな種目もありましたよ。 それは、騎馬戦や器械体操などです。 何故嫌いだったかというと、背が大きいので騎馬戦でも器械体操でも 一番目立つ 上になる事がないからです。 器械体操に至っては、必ず一番下の なので、嫌いというかつまらないと思っていました。 運動会のもう1つの楽しみは、各家庭のお弁当ですね。 豪華なお弁当を持ってくる子もたくさんいて、その子達が といって豪華なお弁当の中身を分けてくれるのです。 (私のお弁当はというと、母親がこうなる事を察していたかのように全くおかずはなく
大きなおにぎり5個でした 爆)
唐揚げやウインナーはもちろん、照り焼きや春巻き、鰻などを持ってくる子もいて私が生まれて初めて食べた『カキフライ』の何と美味しかったことか (しかし罰が当たり、カキフライに当たって酷い目にあい(しかも3年連続) 私の牡蠣の苦手になる事となるのです。しかし料理人になって無事克服) そんな楽しい運動会ですが、父兄として参加してみたいと思うときもありますが と感じてしまう、運動不足の私です。 食欲の秋ともいいますが、スポーツの秋ともいいますので などと思うような、晴天の1日でした(ちょっと風は強かったですけど) では、また。
|
|
昨日、早稲田実業高校が悲願の初優勝をしました。 100年以上も歴史のある学校で、第1回の夏の高校野球選手権大会から出場している この高校の優勝は、昨日も今日も連日テレビで放送されることになるでしょう。 クールな斉藤投手の最後に流した涙に感動を覚えた人は多いと思うし あの汗をぬぐっていた青いハンカチが問い合わせが殺到するといった社会現象まで起きていて しばらくは甲子園のアイドルである斉藤君フィーバーは続きそうですね。 さてこの斉藤君、熊谷の隣街である太田市の出身なのですが 早稲田のユニフォームに憧れて進学したそうです。 私も早稲田のユニフォームに憧れていた少年時代だったので その気持ちは痛いほど良くわかります。 早稲田実業は頭も良い進学校なので 野球だけではなくまさに文武両道でなくては入学も出来ませんね。 もちろんお金もかかるので、両親もかなりご苦労されたのではないかと考えてしまいます。 この斉藤君、かなりの負けん気が強かった少年だったようです。 小さい頃から という父の言葉に、泣きながら歯を食いしばって腕立て伏せを繰り返したそうです。 また、中学時代は毎日遠投を繰り返して強い肩を作ったそうです。 私達料理人は、体育会系と同じ様に上下関係が厳しいです。 時には理不尽な事もあるし、つまらない下積みの仕事もたくさんあります。 という反骨心、負けん気が強くなくては成長しません。 とか という、強い信念が必要なんですね。 最近の若い子の傾向に、そこそこというのがあります。 シェフほど偉くならなくても、そこまで頑張って料理が出来なくても そういったそこそこです。 最近の傾向として、必死に頑張るとか一生懸命というのはカッコ悪いというものでした。 『熱い人』などというのはカッコ悪い代名詞のようなものでした。 そんな風潮さえ吹き飛ばすような今年の甲子園の盛り上がりでした。 そんな駒大苫小牧も早稲田実業と同じくらいの拍手を送りたいですね。 一生懸命の美しさ、さらには負けん気の大事さを 球児達に改めて教えられた、そんな気がした大会でした。 では、また。
|
|
ただいま高校野球の甲子園大会真っ盛りですね! みなさまご覧になられているでしょうか? 先日は我が埼玉代表の『浦和学院』は ミスを連発して初戦で涙をのみました。 埼玉県大会の始まる前に、浦和学院の森監督は といってました。 この監督は勝てるチームの時は とはっきり言うので今年の埼玉代表は他のチームかな? 何て思っていたのですが浦和学院になりました。 エースの赤坂君は(まだ2年生なのです)この春に右足に菌が入ってしまって 懸命のリハビリの末、何とか野球が出来るようになって来たそうですが 明らかに練習不足でした。 しかし、努力の甲斐あってか監督から与えられた背番号は1でした。 そう、それはエースの証です 埼玉県大会の決勝戦は、プロも注目するノーヒットノーラン投手増渕君を擁する 鷲宮高校でした。 大方の予想は鷲宮高校有利だったのですが、浦和学院が見事勝利して 甲子園の切符を手にしたのです。 完敗だった そう清々しく話す豪腕増渕投手から赤坂投手へお守りが贈られました。 そんな願いが込められていたのでしょう。 甲子園のマウンドで、ピンチになると必ず後ろのポケットに手を当てている赤坂君 打たれはしましたが 話は変わってプロでのお話です。 先日J2のサッカーの試合が国立競技場でありました。 カードは東京ヴェルディ対愛媛FCです。 東京ヴェルディはかつてJリーグ(いわゆるJ1)で優勝した事があるので ご存知の方も多いでしょう。 (そうです、ラモスやカズ、武田、北澤、柱谷など当時の日本代表がたくさんいました) 対する愛媛FCは攻撃的なサッカーで四国初のJリーグ入りを目指しているチームです。 国立競技場ということはヴェルディのお膝元の東京なので スタンドはヴェルディのチームカラーであるグリーン一色かと思いきや 愛媛FCのチームカラーであるオレンジ一色でした。 試合は4対1で愛媛FCが勝ったのですが 試合終了と同時に『千島』コールが国立競技場内にこだまして オレンジ一色だったスタンドが、一気に真っ赤に染まりました。 そうです、千島選手は浦和レッズから今シーズンに愛媛FCに移籍したのです。 浦和レッズでは選手層が厚く、なかなか試合に出られなかった千島選手ですが 会社から愛媛行きを伝えられ、悩んだ末に愛媛に行ってプレーしているのです。 なかなか愛媛のサッカーに馴染めずに、まだまだレギュラーを確立できたわけではなく 後半の途中からの出場が続いています。 そんな選手を として応援に行くなんて、素晴らしい事じゃないですか ジダンの頭突き、マテラッティの暴言、イタリアサッカーの八百長疑惑や ツール・ド・フランスのドーピング、亀田選手の判定・・・ いろいろな事がありましたが、やはりスポーツって素晴らしいものだって改めて感じます。 本来のスポーツって、こういったものではなかったのでしょうか? 何だか、『なんちゃってスポーツライター』みたいになってしまった今日のシェフの休日 皆さんはいかがお考えでしょう? では、また。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
|
昨日は4試合とも熱戦で、白熱した試合が多かったですね。 関西のダース投手は、昨年同様9回に逆転負けをしてしまって マウンドで崩れ落ち 悔しさのあまり泣きながらグラウンドを叩いていた姿が涙を誘いました。 という彼の言葉には 甲子園を夢に見て育ちながら高校進学と共に野球を辞めてしまった自分の 永遠なる甲子園への憧れ続ける気持ちをくすぐられるようでした。 初の離島からの甲子園出場を果たした八重山商工も感動しました。 彼らは監督を含めて、少年野球の頃からずっと一緒のチームです。 チーム一丸となって戦う姿に 終盤の逆転を期待した高校野球ファンも多かったのではないでしょうか? 実は我が母校の高校は 今でこそ甲子園出場からは20年以上も遠ざかっていますが その昔は名門校でした。 私の2歳上の先輩達は八重山商工にちょっと似ている経緯を持っていました。 市内の各中学の野球の名だたるメンバー一同が、ある日みんなで集まって と決めて、高校に進学してきたのです。 中には中学3年間、市内の学力テストでベスト3から漏れた事のない秀才もいましたが みんなでいける高校ということで、我が母校に集まったようなんです。 そして見事、2年連続で甲子園出場を果たしたのです。 とつくづく思わされました。 私は進学をする際に、随分と進学先には悩みました。 誘われていた高校も多かったのですが 私が最も行きたかった高校、早稲田実業からは声がかからなかったのです。 私の1つ上の先輩には、あの荒木大輔投手がいて どころか、私のポジションがキャッチャーだったので になれるのでは?と夢を描いていました。 (ちなみに第2希望は横浜高校でした) しかし、入学金、授業料が高い上に、早稲田実業へ進学となったら寮生活です。 かなりの出費になるので、両親に『行きたい!』とは言えませんでした。 ある方から と言われてすっかりその気になったうえに どうやらミスターの長男(一茂)が立教高校に進学して野球をやるようなので そう思って進学した高校だったのですが・・・ そんな背景もあるので 高校野球を見ていると途中で挫折してしまった自分の果たせなかった夢 そしてすっかり大人になって世間の汚い部分を知ってしまった自分に ひたむきに白球を追いかけている純粋さなど 多くを感じさせてくれるものとなっています。 今夜も熱闘甲子園を楽しみに 頑張って仕事を終らせて急いで岐路に着くのですが・・・ そこがまた良さでもあるんですけどね。 高校生のコメントよりも下手なときがあって(笑) なんて思ってしまいます(爆) 今日は我が県代表の浦和学院の試合があります。 テレビ観戦にも力が入りますね! 貴方の地元代表の高校は勝ち進んでいるでしょうか? 高校野球の一喜一憂も良いもんですよね。 では、また。
|






