わたしのメキシコ日記

バハ・カリフォルニア州ティファナ在住の私たち家族の出来事

2007年の夏休み

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メキシコへ帰国

10日間の休暇も終わり、メキシコに帰る日になりました。
朝6時出発の飛行機に間に合うように、3時半に起床。
用意を済ませて4時半に義父母の家を出ました。
義父は夜間透析をしているため、空港まで来ることが出来ずその場でお別れです。
義母と義弟が空港まで送ってくれました。
荷物のチェックインをするため、航空会社のカウンターに向かいます。
前日、体重計を使って重さをチェックしながらトランクを詰めたので、
荷物は全て重量オーバーになることなくチェックインできました。
搭乗券を受け取ると、もう搭乗時刻になっています。
あわただしく義母と義弟にお別れを言って、搭乗ゲートへ向かいました。
義父母たちにきちんと挨拶が出来なくて失礼なことをしたと思ったのですが、
考えてみればあわただしかったために、別れを悲しむということもなかったわけで、
そういう意味ではよかったのかもしれません。

ゲートに入る前に手荷物チェックをうけるわけですが、
サンフランシスコ空港の手荷物チェックは、フェニックスの空港より厳しかった!
チェックエリアの入り口にいる係官にパスポートと搭乗券を見せると、
なぜか私と娘だけ、パパと違うエリアで検査を受けるように言われました。
パパの方は靴を脱いだり金属は外したりするというのはありますが、
私達よりずっと早く検査を終えてしまいました。
ところが私と娘は金属探知機を通った後、別のチェック用機械にも通されました。
中に入ると、透明のドアが閉まって個室状態になります。
係官が「シャツの裾を抑えて。」と言うので、いぶかしがりながら指示通りにすると、
下からブワーっと高圧の空気が一瞬出てきます。
そのあとしばらくそこに立っていたら、チェックが終わったようでドアが開きました。
これで終わりかと思ったら、また手荷物をチェックされました。
私のカメラはコットンパフのようなもので表面をなぞり、
そのパフを何かの機械の上においてチェックしていました。
娘のバックパックはX線検査で危険物らしきものが見つかったので、中を全て出しますと言われました。
その危険物とは先端のとがったものだったようですが、中から出てきたのはペロペロキャンディー。
そのほかにも出てくるものといったら、おもちゃや色鉛筆などの娘の遊び道具ばかり。
係官もそれを見て笑っていました。
なんで私と娘だけあんなに厳しいチェックを受けることになったんだろう。
ひょっとしてビザ免除プログラムでアメリカに入国する人にはチェックが厳しいんでしょうか。
それにしても、子供のおもちゃやお菓子にも過敏に反応する空港係官を見ていて、
不謹慎ながらなんだか滑稽に思えて仕方ありませんでした。
手荷物および身体チェックを終えると、もう出発時刻ぎりぎりでした。
あわてて搭乗ゲートへ向かい飛行機に乗り込みました。
おかげで空港内でお土産を見る時間は全くなく、
私の好きなSea's Candyのチョコレートを買うことが出来ませんでした!

すぐに飛行機が飛び立つのかと思いきや、なんだか変です。
エンジンの音に混じってダッダッダッダッと何かを叩きつけるような音がしています。
「飛行機が出発するときのエンジン音ってこんなだったっけ?」とパパと話をしていると、
機長からアナウンスがありました。
エンジンに異常が発見されたので、このまま飛行しても支障がないかをチェックすると言っています。
「え〜、大丈夫かいな〜。このまま飛んだら落ちちゃうんじゃない?」
「ここで手間取って乗り継ぎに間に合わなければ、今日はフェニックスで一泊ってことになるの?」
などなど、色々悪いことを考えてしまいましたが、
30分後、チェックを終えて飛行に問題ないという結論に達したようで、
そのまま飛行機はサンフランシスコを後に飛び立ったのでした。
ちょっと不安でしたが、何の問題もなく2時間足らずでフェニックスへ到着しました。
乗り継ぎ時間は1時間ちょっとしかなかったので、搭乗ゲートから外に出るのはやめました。
ゲート内のカフェテリアで朝ごはんを食べ、おみやげ物売り場を少し見たら、
もうメキシコ行きの飛行機への搭乗時間となりました。
今回はエンジンのトラブルもなく、予定時間どおりに出発。
2時間ちょっとでシナロア州マサトランの空港に降り立ちました。

さて今度はメキシコ入国手続き。
ここではメキシコ人と外国人が別の窓口になるので、私だけ別の列に並びました。
パパと娘はさっさと手続きを終え、私の前を通り過ぎていきました。
そのときパパは、私の少し前にいる外国人(マレーシア国籍だったようです)が、
入国係官に止められて罰金を払わされそうになっているので、
もし私も何か言われたら、すぐにパパを呼ぶようにと言われました。
私はビザもちゃんと持ってるし、問題ないはずだと思いながら並んでいたら、
私の横を通った入国係官が、私のパスポートとビザを見せるように言いました。
そして、「スペイン語は話せますか?」と聞いてきたので、「少しだけ。」と答えると、
なんだか私のビザに問題があるというようなことを言い出したのです。
大きく手招きしてパパを呼びました。
すると係官はパパに向かって、私のビザに出国時のスタンプがないので、
罰金を支払わなければならないかもしれないと言い出しました。
係官は「ビザを取得してから今までメキシコ国外に出たことはないんですか?」と聞いてきました。
「ない。今回が初めてだ。」と答えると、
「ビザ取得者がメキシコ国外に出るときは、ビザに出国スタンプを押さなければいけないんですよ。
 でないと罰金を支払うことになります。」と言われました。
パパは
「そんなこと聞いてないし、スタンプを押さなかったのはそっちのミスだろ? 罰金はそちらが払え。」
というようなことを言いました。
ここまで話して、入国係官が私達から罰金(というよりチップ)を取るのは不可能だと感じたのか、
「今後出国の際は必ずスタンプをもらってください。」と言って別の係官の所に誘導し、
そこで入国のスタンプを押してもらって手続きが終わりました。
入国審査から関税のチェックに向かう通路で、
「全部ママにまかせっきりにして何もチェックしなかったからね。これからは私も気をつけるよ。」
とパパが言いました。
本当に罰金が必要なケースだったのか、単にチップを取ろうという魂胆だったのかわかりませんが、
次回からは私も気をつけようと思います。
関税はボタンを押して青が出たのでノーチェックでした。

ようやくメキシコに入国したわけですが、まだ家までの道程の半分です。
ロス・モチスまで戻らないといけません。
これからバスで6時間はしんどいなぁと思って、飛行機の便があるか聞いてみたのですが、
一人当たり2000ペソ(2万円)以上と言われたのでこれは無理。
かと言ってマサトランに宿泊するのももったいない。
え〜い、もうひとがんばり行ってみよう!
ということで、バスターミナルまでタクシーを飛ばしました。
行きと違うバスで帰ることにしましたが、これが正解。
途中で止まる回数も少なくて、5時間半くらいでロス・モチスに着きました。
ロス・モチスはその日の朝、かなり激しく雨が降ったということで道がところどころ濡れていました。
バスターミナルからタクシーを使って家へ到着。
外から見たところ、特におかしなところはありません。
鍵をあけて中に入っても、出発前と変ったところはなし。
泥棒も入らなかったみたいでよかった!
(実際には水道メーターが盗まれていたのですが、このときは気がつきませんでした。)
義父母に電話をかけ、無事着いたことを報告しました。
ああ、疲れた!本当に長い一日だった〜!

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義父母の家で過ごした10日足らずの休暇もあっという間に終わり、
明日はメキシコに帰るという日、
娘が「おばあちゃん達と一緒にお誕生日のお祝いがしたい。」と言い出しました。
うちの娘の誕生日は8月22日なのですが、
ロス・モチスには親戚が一人もいない私達、
夏休み中ということもあって友達を呼んでパーティすることもなく、
いつも家族三人だけの静かなお祝いとなってしまいます。
娘は、せっかくおじいちゃんとおばあちゃんの家にいるんだから、
少し早いけど一緒に祝って欲しいと思ったのでしょう。
急遽、アイスクリームのケーキとろうそくを買って来て、お祝いすることにしました。
私達3人と義父母、それに義弟の6人でのお祝いとなりました。
ケーキにろうそくを立て、灯をともします。
それを見た義父が杖をギターに見立てて、誕生日の歌を歌いだしたのには少しびっくり!
病気のため家の中でもじっと座っていることの多い義父が、
ご機嫌な様子で歌う姿を見て、なんだか嬉しくなりました。
義父の歌に合わせてみんなも歌いだしました。
歌い終えると娘がろうそくを吹き消し、みんなでケーキを食べました。
たったこれだけのお祝いでしたが、
娘はいつもよりも多くの人に祝ってもらってとても嬉しそうでした。
「来年もこうやってお祝いしてもらえたらいいのになぁ。」と娘が言いました。
私もそうだと良いなぁと心から思います。
でも、こればかりはどうなることか私にもわかりません。。。

義母の料理

うちの義母はとっても料理上手。
何でもサッサーと簡単そうに作ってしまいますが、そのどれもがとても美味しいのです。
最初に美味しい義母の手料理を食べたおかげで、私はメキシコ料理が大好きになりました。
メキシコ料理のことを何も知らなかった私に、いろいろな料理を教えてくれたのは義母です。
おかげで私も今はいくつかの料理を作ることができるようになりましたし、
パパも娘もそれを美味しいと言って食べてくれます。
この夏休みに義父母の家に行くことになったとき、
今回は何の料理を教わろうか楽しみにしていました。
何でも好きなものを作ってあげるわよと義母が言うので、
今まで食べたことの無いモレを教えてもらうことにしました。
モレはメキシコ料理の芸術と言われるほど有名な料理ですが、
うちのパパはあまり好きじゃないというので、今まであえて作ろうとは思わなかったのです。

材料は数々のスパイス、3種類のチレ、チョコレート、ピーナッツ、黒砂糖、等など
これ全部混ぜて美味しい料理になるの?という組み合わせでしたが、出来上がった料理は・・・
ほんのり甘くてコクがあって、驚きの美味しさです!
本当に美味しかった。なんでうちのパパがこれを嫌いだというのか分かりません。
パパによく聞いてみると
今までなんとなく嫌で食べたことがないと言うではありませんか。
食べず嫌いと言うわけですね。
パパが義母にそのことを話すと、
「お前のおじいちゃんがこのモレが大好きで、おばあちゃんがよく作ってたわよ。
 一緒に住んでたんだから、食べたことない訳ないでしょ?」と言われてしまいました。
おそらくパパは小さい頃は、嫌がらず食べていたのでしょうが、
少し大きくなって物心付いた頃から、なぜか食べるのを避けていたようです。
「こんなに美味しい物を食べないだなんて、もったいない〜!」と私が言うのを横目に、
頑として食べようとしないパパでした。
レシピをちゃんと持ち帰ったので、いつか私が義母仕込みの美味しいモレを作って、
ぜひともパパに食べさせてみたいと思います。

この夏休みの滞在中、他にも色々な料理を作ってくれました。
美味しくて食べ過ぎてしまうので、義父母の家に滞在すると必ず体重が増えてしまいます。
料理上手な義母のことを、
パパの妹(彼女も義母に似てとても料理上手)は『魔法の手』を持っていると言います。
調味料を測ったりすることなしに、いつも同じ味で美味しい料理を作ってしまうからです。
ずっと何十年も愛する家族のために料理を作り続ける義母。
料理をする彼女の姿は、実に嬉しそうです。
義母の料理が美味しいのは、
『魔法の手』だけではなく『家族への愛』という秘密のスパイスのおかげなのかもしれません。

DAISO Japan

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ハーフムーンベイからサンフランシスコへ向かう途中にあるセラモンテ・ショッピング・センター。
ここはお店の店員さんもお客さんもアジア系の人がとても多かったです。
そのせいかモール内のフードコートに入っているお店も、
タイ料理、フィリピン料理、中華料理とアジアンなお店が並んでいます。
中華料理はどこでも見かけますが、
タイ料理やフィリピン料理のファースト・フードというのは珍しいんじゃないかと思います。
私達はお昼にここのタイ料理を食べてみました。
お味のほうはまあまあ美味しかったですが、タイ料理ってこんなだったかな?という感じでした。

今回、このセラモンテ・ショッピング・センターに来るたびに気になっていたのが、
駐車場の向こう側に見える『DAISO Japan』というお店。
4年位前に来たときはなかったはずです。
義母に聞いても、行った事がないから何のお店かわからないと言うことでした。
Japanというくらいだから日本関係のお店だろうと思って、ちょっと寄ってみることにしました。

そのお店、日本の大手百円均一ショップの『ダイソー』でした!
こんなところに日本の100円ショップが〜!
私にとって、日本に帰国することがあったら必ず行きたい場所の一つである100円ショップ。
こんなところでお目にかかるとは驚きです。
店内はとても広く、扱っている商品は日本の『ダイソー』とほぼ同じみたい。
値段はほとんどの品が一つ1ドル50セント。
商品は中国製が多いですが、日本市場向けですから質は悪くないはずです。
ゆっくり見て色々買いたかったのですが、
一緒に行った義父の体調があまりよくなかったので、30分程度できりあげました。
ちなみに、ここで買ったシャープペンシルとボールペンが一体になったもの、
メキシコに帰ってきてパパが会社の人にあげたお土産の中で一番人気でした。

サンフランシスコ近郊は、多少高価ではあるものの日本の物が何でも手に入ると思いました。
同時に、遠い日本まで行かなくても、どうしても欲しいものがあったらここで買えると思うと、
なんだかホッとしたというか、思っていたより日本は近いという気分になりました。
とはいっても、よほどのことがない限り、ここまで買い物に来ることはないと思いますが。。。

日系スーパー

以前ハーフムーンベイに滞在したときは、
お隣のサンマテオにある日系スーパーをよく利用したのですが、
同じサンマテオに、そこよりも大きな日系スーパーが新しく出来たと聞いたので、
義弟の車を借りて行ってきました。
このスーパーは義父が通う病院の真向かいにあるので、待ち時間が長くてお腹がすくとき、
義父母はこのスーパーまでやってきて、おにぎりやお茶を買うそうです。
義母は「日本の食事はさっぱりしているから病気の人間にもいいわ。」と言います。
前に私が梅干入りのおにぎりを作って以来、パパの家族はおにぎり好きになりました。
義母が自らご飯を炊いておにぎりを作ることもあるそうです。

さて、待望の日系スーパーに入ると、中はまるで日本のスーパーと同じ。
野菜や果物も日本っぽくて、きゅうりやナスも日本と同じ小さめのサイズ。
お肉売り場にはちゃんとしゃぶしゃぶやすき焼き用の薄切りが売られています。
調味料のコーナーも日本で使っていたおなじみの物があるし、
冷凍食品のコーナーはお弁当用の食品まで置いてあります。
お菓子売り場にも懐かしいものがたくさん!
お惣菜やお弁当コーナーには美味しそうなお弁当やおにぎりがズラリ。
そのほかにもアンパン、シュークリーム、みたらし団子、大福など、
ずっと食べたいと思っていたものが所狭しと並んでいます。
まるでお宝の山に迷い込んだようです。
私と娘はもう興奮状態!
あれもこれも買いたいけど、持って帰るのが大変そうなものもあるし、
どれを買うかなかなか決まりません。
メキシコでは手に入りにくい物を重点的に買うことにしましたが、
一つのものを手にとって見ているうちに、その横にある物にも目が行ってしまい、
いちいち、ああだこうだと相談したので、
買い物を終えるのにすごく時間がかかってしまいました。
十分吟味したはずなのに、買い物を終えて家に帰ってきてから、
あれも買えばよかった、これも欲しかったなどと後悔することしきりでした。
できることなら、あのスーパーごとロス・モチスに持ち帰りたかった!

この日買ったもの:
 味付け海苔、梅干、乾燥ひじき、餅、かつお節、だしの素、団子の粉、
 ふりかけ数種、インスタント味噌汁、中華のだしの素、パック入り麦茶、
 シュークリーム、大福、みたらし団子、アンパン、缶コーヒー、
 おせんべい、フーセンガム、ポッキー、コアラのマーチ、柿ピー、
 チョコレート数種、きな粉、片栗粉、カップ入りうどん、おにぎり3個・・・。

もっとあったかな?
これ以外に、しゃぶしゃぶが食べたいという義母のリクエストに応じて、
薄切り肉や水菜、大根、ポン酢醤油など、しゃぶしゃぶの材料を購入しました。
先日、サンフランシスコのレストランでしゃぶしゃぶを初めて食べた義母ですが、
とっても気に入ったみたいです。

生もの以外、メキシコに持って帰るつもりで買ったお菓子は、
半分くらい現地で食べてしまいました。
他の食材は持ち帰りましたが、梅干だけは冷蔵庫に入れて忘れてきてしまいました!
義母は「今度来るまで置いておこうか?」と言いましたが、
おにぎりを作るときに使ってくださいと言っておきました。

日系スーパー、また行きたいなあ!

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