生きぬく事が哲学である

ダイナマイトソウルシステム(歌)とソウルパワー(経営&PA)のリーダーです

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先日、ターサーの追悼ライブがあった。
 
このことを書くのもなんだかなぁみたいなところも多々あるんだけど、あれから一年がたったという事で少し書いておこうかなと。
 
ターサーはリベラルファミリアのギタボで。
 
リベラルファミリアはダイナマイトの元メンバーであるメガネの同級生でもあって、あいつらが初めて県外に出た時も一緒だったり、ことある毎に一緒にライブしたり。
 
ぼちぼち上手にもなってきたしもともと人柄も良いからソウルパワーでのでかいバンドのライブでも任せられるかなとも思えるようになり、ダストボックスの日に大抜擢。レイジとかにウザがられながらも結局は仲良くなってくれて。あいつも普通に凄くよろこんでいたなと。
 
メンバー交代は今まで色々とあったけど、現メンバーとなって、そして結婚もして子供も出来て転職もしてやっとバンドとしてもボチボチな感じになってきて、子供も二人目が出来て。生活もきついだろうからやれる範囲でバンドしてけばいいぞと話していたが、そろそろ自分らの音源作りたいなぁと話しているところだった。
 
スタジオ練習やライブでソウルパワーに来たりしてあうたび子供の話をしていた。子供が好きだった。俺も先に子供がいたので子供の事で病気の話とか医者のピンクの紙の話とか検診の話とか子供手当の話とか保育の話とか、子育てのそんな話ばっかりしてたな。
 
昨年に出したソウルパワーのオムニバスにも参加予定で、レコーディングもドラムとベースを録り終えていて、あとはターサーのギターと歌だなぁという事で、ちょうどあの日の夜にレックする予定にしてた。録れずじまいだったのだが、リベラルファミリアは入れるべきだろうと前に適当に録っていたらしい音源をマスタリングしなおして入れた。あのオムニバスのタイトルは59+1。参加バンドマンの数。1はあいつのこと。ジャケットのマーブルチョコレートは僕ら。ひとつだけあるアポロはあいつ。
 
あれから一年。マツと大川が動いた。それがこの前のライブイベント。俺もいろいろといつものおせっかいとして手を貸すべきかなとも考えたが、そこはこの二人がやるべきなんだろうなとバンドで参加するのみとして。
 
当日は縁あった人がたくさん駆け付けてくれて。奥さんもお母さんも二人の子供たちも来て。
 
なぜかターサーは生前、俺が死んだときにはしんみりしたのは好きじゃないからパーティーにして欲しいわ、とよく言っていた。ジジイになってから死んだところでまわりがパーティー出来ない歳になっとるわと笑い話もしていた。しかし我々がパーティー出来る年齢のうちにあいつは逝ってしまった。だったらパーティーするしかないのである。
 
それでこの前のパーティーである。それも一番近かったバンドメンバーが行うパーティー。これがあいつが求めていた事なのだろうと思う。これでいいんだと思った。あいつの子供たちがリズムに合わせてヒョコヒョコ動いて笑っているのをみて嬉しくなった。父親って自分の子を、それも男の子だったりしたらその成長を狂ったように可愛く思うし、ただずっと見ていたいと思うもので。
 
奥さんやお母さんはそんな子供たちを抱えながらありがとうございますとずっと涙しながら人に頭下げていらして。鮮明によみがえる記憶もまた辛いだろうと思うと、なんか自分も辛くなって。所詮自分たちには痛みや辛さは分かり得ない。だからこそ何らかの形でこのイベントが毎年続くのであればもっとアホアホなパーティーにしなきゃなと。やっぱりターサーの言ってた通りなんだなと思い。
 
でもお母さんや奥さんが喜んでらしたのを見て本当に良かったなと思い、リベファミのメンバーも頑張って良かったなと思い。また来場した人たちが人に愛されるってことが何なのかをきっと知れたと思うので、それがあいつをこれから生かしていくことになるのだなとも思い。
 
人の記憶はあいまいで月日とともに薄らいでいくというのはあの日のMCでも話した通り。そればっかりは人間としてしょうがないことだし当たり前の事。俺ももう四十数年生きているからこうして自分よりも若い仲間が先に逝ってしまうというのは初めてでもなく。そんな大好きだった彼らの事を四六時中、今も思い出しているかというとそうでもない。顔や声や癖、それらもだんだんおぼろげな記憶となっていく。
 
その時はずっと忘れないよ、と言っときながらすぐに忘れてしまう。人は残酷なのか都合よくなのか「わすれる」という事で生きていけるようにも出来ている。本当に忘れたくない人も辛いことを何一つ忘れなかったら辛すぎて毎日が苦悩の日々となってしまう。じゃあ勝手に人は忘れていくからしょうがない、なのか?忘れるから思い出すようにする、なのか?いろんな考え方はあるにせよ、自分はそうじゃないと思っている。
 
その人の心を、意思を、生き様を、その後の自分の意識と人生感に取り込み心に擦り込むことが、その人のもう一つの生きた証として残るものなのだと思っている。そしてそれぞれの人の人生の中でその人が生きていく。その人と同じ空間を、同じ時を、同じ意識を共有してきた者だからこそそれが出来る。自分の中で生き続ける。それぞれの人の中で生きていくのだ。
 
他はどうあれ、自分はあの道を通る時、春が近づいてきたこの季節には必ず思い出すだろうし、忘れはしない。かと言っていつまでも感傷的にもなってやいない。あいつと共に共有した意識を自分の中に取り込んでより濃く生きること、それがともに生きるという事だと思っている。
 
へんに感傷的になってみたり、思い出にひたっているくらいなら、君の中にあいつを取り込め。それが本当にあいつがそれぞれの人の中に生き続けていくという事。そう思う。
このところ、音の研究と実験においてあまりこれというものがない。
弦楽器においてはここ数年アンプやキャビにはじまりPUやエフェクターやピック素材など一般のプレイヤーで使うであろう範囲内でのもろもろの実験はかなりやったので、これ以上の事はほんとのヲタク枠になるのでほぼ一時完了。
マイクもここ数年は色々と買っては使いでよく現場で見るものの特性やら向き不向きも実験完了。ボーカルマイクもかなり色んな種類を使って、使わせてみたので声の特性に合う合わないもだいたい分かるようになってきた。
ドラムもチューニングとヘッドとスティックにビーターやクラッシュ類はいろいろ試してみたのでこれまたかなりデータが豊富になりそれほどクソ高いものでなくても組み合わせとチューニングでそれなりになんとかなるのも分かった。
メインのシステムもデジ卓に変えてからメインアンプも変え、電源供給も独立した回線を用意したりと、やはりここは高いものならちゃんと高い音が出ると言う値段相応な部分や電源供給の安定の重要性も認識した。
根本的で一番重要な箱の空間そのもののチューニングにおいてはさすがにもう10年もこの場所で試行錯誤したので壁や床やステージ下などまでこの箱はちょいちょいいじったりしてもうほぼ攻略したつもりだ。
 
地元のバンドにはこれらをどんどんフィードバックしているので、みながそれほど高い機材を使っていなくてもしっかりと使える音を出してくれるようになった。そこでたまに純粋にナチュラルに音を鳴らしてみたりしてもなかなかパワーもあるし良い音バランスで出てくれているなと自分でも思える。
 
となってくるとまた何か勉強材料が欲しくなってくるわけではあるが、物に対しては粗方ひとくぎり感があり、新製品などが出ない以上は在来の物の中で組み合わせるのでなかなかその材料が見当たらない。
そこでやはり目が行くのが「個人スキル」なのであります。この話の流れなので速弾きが出来るとか凄いフィルが叩けるとかはのぞいてなのですが「ちゃんと楽器を鳴らしているか」が結局は何よりも重要なのだと振り出しに戻るわけです。
 
まずドラムなんですがチューニングはもとより、スティックの選択がかなり重要なのではないかと、それもゲージとチップ形状でプレイヤーとのマッチング、バンドとのマッチングがかなり出ることはもちろん、そのプレイヤーの上達にもかなり影響があるのだなと。
 
当然スティックのウエイトが違えば音も変わって当然ながらストロークも変わりますしグリップの仕方も変わります。チップに至っては金物の鳴りに対する影響はかなり大きいのですが、ことロックに至っては「まずはスネアとタムを鳴らしてナンボ」。よってこのチップの形状も叩き手とジャンルのマッチングがかなりあって、この音を出したいのにこのプレイヤーのスタイルでこのチップでは鳴りにくいだろうというのがあって。
 
なので今年はスティック選びとプレイスタイルとの関係をもう少し重要視していこうかなと。最近はまた色んなの出てたりするし、意外と誰かのシグネイチャーとかでも個性が強いとかではなくバランスが良くて現代向きないいのもたくさんあるので。
 
がしかし弦楽器に関して言うと右手でしかないんだなぁと言う考えが蓄積されていくばっかりで、右手の強化にしか興味がありません。これも打楽器と同じく速度と接地時間と角度の関係がそのまま音に反映されるわけですが、これも地元のバンドには物理的に説明したりしてきたような理論的にちゃんとした音を出すということよりも先にその楽器が鳴っているという感覚と楽器を鳴らすような弾き方を勝手に体が探していく体質をつくる方が大事なのではないかと思うわけです。
 
たとえばベースで言うと女子で良い音を出す子が多いです。逆に男子で形にこだわりすぎてポジションによって出たり出なかったりする子も多いです。これはどちらかと言うと女子は気持ちよく太く伸びる音が欲しくて右手のピッキングポジションが勝手に変わっていきます。でも男子は理屈を覚えたらその理屈一辺倒になって本末転倒となることが多いのです。もちろんみんながみんなではないのですが、確実にその傾向はあります。
 
この話で行くと、つまり女子は「感覚」優先で後から理屈がついてきます。逆に男子は「理屈」にとらわれて「感覚」による微修正ができません。何度も言いますがみんながみんなそうじゃないのですけど。やはりこの鳴っているという「感覚」をまず覚えないとちゃんとした音を出すための理屈がヘンな方向にいってしまうのです。
 
なのでそれぞれの楽器に合わせたというか、それぞれの楽器の鳴りのオイシイポイントを欲しがる体質づくりが結局は重要ポイントなのではないかと思い始めたわけです。その為にはまずはその楽器の鳴ってる音、つまりその楽器をちゃんと鳴らしたらこんなイイ音がでまっせみたいなその楽器のちゃんとしたポテンシャルの発揮できてる音を知る必要性があるんだなと。
 
特に最近はこの楽器はこういう音が出てくれないからと他の楽器にすぐに買い換えてしまう子がたくさんいますが、まずは買い換える前にちゃんとした人が弾いたらここまでの音は出せますみたいなのを聞くのが大事だなと。かと言って現場ではそのうちちゃんと楽器を鳴らせるようになってからではなく即座に戦わなければならないのでそればっかりは言ってられないのですが、ちゃんと鳴らしきっているか、本当にそれは使えないのかの見極めの為にも、この点は重要だなと。
 
舌による味覚もそうだけど、美味しいのを覚えたらそれ以下のものが食べられなくなるってのがありますが、音もまた然り。イイ音覚えたらそれしか欲しくないになる。でもしっかりとイイ音を身体にインプット出来たならその欲しい音がその楽器では完全に出なくても、その欲しい音にどうにか寄せていく体質が出来上がるはず。それが耳と右手を上達させるために一番大事なのかも。
 
感覚だけに頼っていても個々の悪い癖とかで限界がでてきてしまったりもする。また理屈だけに頼っていても瞬間瞬間に変わる楽器のコンディションや微妙な変化に対応できなくなる。やはり「感覚」と「理屈」はいつも並行してあげていくようにすべきなのだなと。という事で今年のテーマは今まで以上にこの二点を地元バンドにねじ込んでいこうと思います。生鳴りにこたわるべし。

似非タフガイ

今年の冬は全国的に記録的寒波による被害が多かったんですが、富山は意外と例年の冬かもしくはそれよりも雪が少ないかもしれない感じだったので、富山はいつも平穏な場所で良いなと日々の幸せを感じております。
 
さてそろそろ春ですね。しかし春を前にしっかりと風邪をこじらせまして二週間ほど病院を行ったり来たり。やっと体調も戻ってきたんですが、さすがに四十代半ばともなれば若い時みたいに気合でどうにかなるわけでもなくなってきてるなと感じずにはいられないわけで。どうやら今回の風邪は、インフルでも流行りものでもなく、疲労により抵抗が減っているからっぽいです。
 
そこでちょっと考えてみたわけです。自分の体力と言うものを。若い時からタフで売ってきた僕ですが、実際はタフではないのではと思ってみたり。体力なんて実は人並みでしかなくて我慢とか振り絞り具合が他の人よりもあるだけなのではないかと。
 
本当のところ、自分はタフで疲れや痛みの感じ方も少なく体力も他の人よりは確実にある男だと思っていた。がしかし実際は思い込んでいた、が正しい。他の奴より体力がある、他の奴より恐怖心が少ない、他の奴より痛みを感じない、訳ではなく全部が過度の「やせ我慢」によってタフだと思い込んでいた。まるで馬鹿である。
 
中長距離走やサッカーをやってきたので体力を使う青春時代を送ってきたので確かに普通の人から見るとトレーニングもたくさんしたとは思いますが、その時も身体能力が高かったわけではなく単純に苦しいのをすごく我慢していたからだけなのではないかなと。この我慢とか振り絞るってのが曲者で、自転車での日本や世界の旅もかなり無茶苦茶な感じですがそれも全部それらだけでクリアしてきたのではないかなと。
 
旅の時に40キロ台まで痩せこけてまで毎日200キロ以上を走り、挙句の果てに栄養失調で道端で倒れてるとか、骨を折っても添え木して治すとか、喧嘩に巻き込まれても動けなくなるまで戦うとか切られた傷もガムテープ、高熱出しても運動量を高めて放熱して治すとか、やりきった結果として身体に沢山の故障個所という後遺症が残るとか。
 
痛いもんは痛いし、ダルイものはダルイ、眠いもんは眠い、たぶんその辺は他の人と同じなんだろうけど、ただただ我慢して乗り越えてきただけなんじゃないかなと。そうやって考えると日常の生活の中でも他の人よりも多少優れていたりすることも全部その我慢と振り絞りでしかないんじゃないかなと。
 
ギターのアキラとジムに行っても20代のアキラよりもやれたりするのも、やはり体力があるからではなく振り絞っているからだけなのだろう。実際ジムに行ってほっとくと確実にオーバーワークになりどっか悪くなるし。
 
バイクで生粋のレーサーには余裕で負けるけど道ならその辺の奴より速く走れる。けども実際は皆が怖がって抑えるところを怖いのを我慢して突っ込んでいくだけなのだろう。実際凄い数コケてるし。
 
この歳でも寝ずにレックやミックスしたりするし、それでも子供の世話はちゃんとするのも眠くない訳じゃなくて我慢しているだけでしかないし。若い頃に会社員しながら飲み屋を開いて寝ずにやったのも死ぬほど眠いのを我慢してただけ。
 
まだ若者みたいに動けるし打ち上げも相変わらず元気だよねと若者はもとより歳の近い者にも言われるが、翌日からは散々たるものでそもそも最近はライブした翌々日から5日間は身体じゅうがギシギシいって治らない。ライブ中だって良い力の抜き方を覚えたわけでもなく歌は叫んでクッソ苦しいし、ずっともっと動いたれと振り絞っているだけ。
 
こうして分析すると実際は能力もないのに我慢して振り絞って人並みを超えてきたことばかり。実際は身体の機能としてはいくらもタフではないし能力などない人間である。しいて言うなら脳構造がタフであることくらい。かなりの無茶をしてきたがこうして手足がついて命あるのも単なるハードラックだ。
 
しかし年齢による衰えによって身体が、無理なもんは無理だという答えを出してくるようになってきた。それは実に残念なことなのではあるがそれ以上にこうして自分の身体はまったくタフに出来ているわけではない超月並みの身体だったという事の方が残念である。実は月並みなオッサンでしかない。
 
でもこれらを考えると、たくさん世にいるであろう当然自分よりも元々のポテンシャルが高い人がこの「我慢する」と「振り絞る」をやったらどうなるだろう。かなり凄いことができる。確実に。疲れた?痛い?怖い?眠い?いやいや人間と言う生き物はまだまだそんなもんじゃない。火事場のくそ力ってのがあるが、火事場以外にもどんどん使うといい。そんなパワーはあるはずがない、なんて最初から思わないことだ。どこまで隠されたパワーが出るんだろうかとお楽しみ袋を開けるような感覚でその極限値を超えていけばいい。食べない飲めないにおいても視力がまだ常用域にあって気道内の乾燥による固着までいかなければまだ死なないし、骨折れてあっち向いてても力で戻してなんかに縛り付けとけば実際なおるし、傷口も静脈さえ切れてなきゃ寄せて抑え込めばなおるし、2日くらい寝なくても目まいか片頭痛はおきるが痛みの刺激を与えれば起きていられる、体力の限界まで挑戦する時も心臓の鼓動が極端に早いか遅いかにならない限りは大丈夫だし手足も出したつもりが出ていなかったくらいのところまでいければかなりのところまでいける。つまり精神力とかではなく基本が「思考」でどうにかなる。そうすれば実際はタフな身体を持っていない者でも誰もが傍から見た「タフガイ」となる。
 
残るは「恐怖心」だが、これだけはなかなか難しいのかもしれない。このまま徐々に死んでいくのであろうという緩やかな時間の中で葛藤する恐怖と諦めや、もしかしたら今死んでいたかもしれないという死をリアルに受け止めてしまう瞬間などながないと、このボーダーラインはなかなか極端には上がらないのかもしれない。
 
だがせっかく生きているのだ。出し惜しみのままは勿体ない。男たちよ、人生のうちで何度かでもいい、人間はまだまだ残されたちからが残っているのだという思考だけでつくりあげた「似非タフガイ」となる瞬間を。死なない程度に。

可能性と学力の関係

この前、ソウルパワーの不定期高校生ライブ企画トライにゲストで呼んでもらいました。
 
実は第一回のトライのゲストもダイナマイトでしたね。2002年とか。
 
この前のライブでふとMCで勉強しなさいと話したかと思う。
 
ライブハウスの人がもっとバンドやれ!ではなく、もっと勉強しろ!と言うのはいささかヘンな感じかもしれませんが、やっぱり勉強しといてなんの損もないので。むしろ勉強できた方が得する世の中なので。
 
オリンピック選手みたいに子供の時から勉強などろくにせず世界を目標に頑張ってきた、もうすでに才能が開花している、しつつあるなんて人はまた別なのかもしれないが、とくにコレってものがないままの青春をおくってしまっている人には是非とも勉強をしてもらいたいなと。
 
残念ながら日本は学力によって可能性の幅を決められてしまいます。
 
もし仮に、凄い建物とかを見て急に建築のプロフェッショナルになりたいと思ったとしよう。凄い建物を設計したい人になりたいと思ったとしよう。そうしたらどうしても一級建築士の資格がいる。その為にはそこそこの大学に入って専門の勉強をしなければいけない。つまり偏差値が夢の現実に大きく左右する。それが無理なら巨大建造物を作る事を諦めて二級を取って大工さん、もしくはそんな建物を作る建設現場の作業員。それが現実。
 
実際、俺も勉強なんて今後は一生関係ないぜと思ってはいたが、二十代に入って設計とか測量とかの仕事をしたくなったのだが数学なんて無視した学生生活だったので関数やら力学計算やら訳がわからず、専門学校に行ったもののまた高校の数学から勉強しなおししなければいけないという経験もした。人生で一番勉強した時期だ。意外と高校の勉強くらいまでは「知ってて当然」みたいなところから専門的な勉強が始まることも知ったかな。社会に出たら思わぬところにひそむ基礎学力。
 
意外とこれは一例でしかなくて様々な業種でこのような国家資格が必要だったりする。資格がなくても仕事できればいいしなんてのは素人発想でしかなく、資格のないものにはそんな素晴らしいお仕事などもらえないし、させてもらえない制度になっている。そりゃそうだ、ちゃんと分かっている人でないと凄いことは任せられない。
 
でも俺はバンドをやりたいから学歴なんて…と言う人もいる。まず問いたいのは君の人生において本当に絶対にバンドだけなのか?である。そのうち他に凄くやりたい事が見つかることが無いと言い切れるのか。これしかできない、それもまた美徳だが、あれもこれもできるけど俺はこれを選ぶ、という美徳もある。多くの若者と話していると、とかくこれが出来ないから何かを諦めてこれにしておく、が多いと思えるから。
 
ぼちぼちの大学、これは凄くナイスな選択だと思える。これまた日本のこのシステムにおいて大学は卒業さえすれば内容はそれほど問われないという現状があるから、とりあえず単位とって卒業さえすればいい。たとえばつまり、親に東京の某有名大学に行くという事で学費と仕送りをもらい上京する。それによって親にしても無駄金を送るわけでもないし、君には四年間の実験期間が与えられる。
 
実験期間、それは大学の四年間で死ぬほどバンド出来るという事だ。バンドに必要な金はバイトして稼げばいい。単位なんて卒業できるぶんだけ取れればいい。ライブのチケットはサークルの仲間に買ってもらえばいい。それでもしその四年間にバンドじゃない他のものに興味が湧いたらその勉強をすればいい。
 
そもそも今の若者、今の高校生に18歳の段階で人生の筋書きを自分でしっかりと立てなさいという方がナンセンスだと思っている。今の高校生がそんなに社会に揉まれているかな?今の高校生がそんなに社会に目を向けているかな?今の高校生が現実を突きつけられる状況にいるかな?
 
だから「夢」を見せることがまたビジネスとなっていく。なりたいとか憧れとか時代によって流行すらあるが、学力がそれほど無い学生の目にとってはそれらの専門学校が最高のシートにうつる。どこのどんな専門学校だとも言わないが、その専門学校に行ってもその世界に入っていけるはずないだろ、と言うのがあまりにも多い。だからそんな学校に行くことを決めた若者にも、その親にも、なれっこないけど夢を買いに行きなさいと。その専門学校が二年として入学金と学費が二年で300万円、仕送りにあと最低250万円、合わせて五百万円以上。それを子供が夢を見る為に安いと見るのか高いとみるのか。俺からすると無駄な金。
 
どう?こうして考えたらやっぱり勉強できた方がいろいろと得だと思えるでしょ。もちろん高校生のころには高校生しかできない音楽もある。だけどね、勉強しながらでも音楽は出来るんだよ。むしろ勉強できる奴は必ずバンドもしっかりとやるんだよ。勉強しない理由をバンドしてるから、とかにだけはしないでね。本当にピュアである音楽が汚れてしまうから。
 
ちなみにソウルパワーに集まる大人のバンドマンはちゃんとした社会人ばかり。それも日中は責任もってしっかりと仕事もして、バンドもたくさんライブしたり音源作ったりツアバン食ってやるぞとかなりガチでやっている。これをしてるからこれはできないなんて言わない。やれるやつは全部やる。やれることを全部やる。
 
もしこれを読んでいる君が高校生なら、マジで勉強しとけ。バンドもしたいなら効率を考えて、それでも時間が足りないなら寝る時間を削れ。可能性なんて自分で狭くする必要なんてない。勉強しとけば可能性が広がるというのなら勉強しとけばいい。勉強できてなんの損もない。むしろ勉強もできるけどバンドもガチでやってますが、と言うパンチある若者であれ。

とめないこと

このところまたベースのアサトの脱退でなにやらてんやわんやのダイナマイトです。
 
年明けにアサトが、春に結婚するんでバンドは辞めます、と言う衝撃の発言からさてどうすると。
もちろんその瞬間まではアサトらしく何の相談も次への摺合せなどもなく、そこまでしかバンドはしないと言う話なのでメンバー的にはさてどうするねと。
 
俺、内山、青木、晶、はもはや鉄板な結束が生まれているのでフロントマンの俺がボロになるまではずっと楽しくやっていけそう。しかしベースがまた交代と言うことで、できればずっと同じメンバーでやりたいし、こうしたメンバー交代はあんまりしたくないよねぇ、ずっと楽しくやれる固定メンバーでありたいよねぇと四人は口々に。
 
そんな話の矢先に新年会の打ち上げでどうするかねぇとメンバーと吉野家を食べながら話していたのですが、その横にカオルがいまして。
 
本来、カオルはアサトが入る前のベース募集の時に応募してきたのですが、その直前にアサトに決まってしまっていたので断って。でもなかなかイイ奴そうだしもったいないという事で、その場でベースを探していた古野を呼び出して太閤山ランダースに入れる、みたいな。この辺が富山らしくていい。
 
カオルも本来、富山の者ではなく仕事でこっちに来ていてこっちにいる間だけでもと言う話で、太閤山ランダースも春までということになっていて他のメンバーも入れての活動となっているのだが、カオルは本社に戻らなくてもよくなり富山での仕事が延長になったという。
 
だったらあの時に断ったんだけど今更やってもらおうかねとナンパしたわけです。カオルも仕事の事もあるのでいつまで富山にいるかもわからないのですが、とにもかくにも止まらないのがダイナマイトの信条です。そんなこともひっくるめてカオルも快諾してくれたので何より。
 
こうしてまたメンバーが変わり、やりなおし、です。五人もいるからちゃんと弾いてくれればそれなりにやれちゃうんじゃないのと思いきや、意外とそうでもないのがダイナマイトでして。自称現場主義ライブバンドとしてやっている我々ですからメンバー五人のグルーヴありきなのです。
 
また今までこうだったからこうしてくれ的な発想もありません。もちろんプレイの面ではそうした部分はありますけどもステージに関して言うと個々のいいところを使った5人のライブっていうのが前提なので、キャラやステージの有り方なんてのもまたこの五人ならではの組み立てにしていかなければいけません。
 
先日、高校生企画のトライでゲストとして呼ばれてカオルが間に合わないという事で急きょ森田にヘルプで参加してもらい。森田はちゃんとベーシストとして仕事してくれるのでその分フロント三人で叩き込みのライブで…と思っていたのですがその時にまた運悪くアキラが風邪をひいてフロントは実質俺と内山のみ。
 
ライブはお客さんの数がいたのでキャリアに物を言わせてそれは確実にブチアゲていきますが、かなりチカラ技のステージしか選択がなかったのでその時にこのバンドはやはりチーム感がないとなかなかキツイなぁと肌で感じたわけで。青木もアキラのあおりとかが無いぶん後ろから押し上げようと派手にたたいてましたが俺も内山も青木も無駄に疲れたライブで。
 
やはりバンドはメンバー一人変わっても違うバンドになります。フロントマンが圧倒的過ぎるとまた違うのかもしれませんが、俺自身もこのメンバーでのこのバンドのフロントマンとしてステージに立っています。またこの五人で仕切り直し。むしろこのメンバーで最高にかっこよくなるにはどうすればいいのか、それがこれからの課題なのかなと。
 
という事で今年はこんな感じでやっていくことになりました。
 
という事でメンバー交代がよくある春先をもうすぐ迎えますが、止まらないようにね。バンドは止まると急に落ちるからね。どうにかして止まらないように。ありとあらゆる手段で止まらないように。すぐにどうでもいい体裁とか考えてしまいがちだけど、お客さんを何百人も待たせるようなそこまで有名なバンドでもないんだから体裁を考えて動けなくなっている方がダメージなんだから。

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