先日、ターサーの追悼ライブがあった。
このことを書くのもなんだかなぁみたいなところも多々あるんだけど、あれから一年がたったという事で少し書いておこうかなと。
ターサーはリベラルファミリアのギタボで。
リベラルファミリアはダイナマイトの元メンバーであるメガネの同級生でもあって、あいつらが初めて県外に出た時も一緒だったり、ことある毎に一緒にライブしたり。
ぼちぼち上手にもなってきたしもともと人柄も良いからソウルパワーでのでかいバンドのライブでも任せられるかなとも思えるようになり、ダストボックスの日に大抜擢。レイジとかにウザがられながらも結局は仲良くなってくれて。あいつも普通に凄くよろこんでいたなと。
メンバー交代は今まで色々とあったけど、現メンバーとなって、そして結婚もして子供も出来て転職もしてやっとバンドとしてもボチボチな感じになってきて、子供も二人目が出来て。生活もきついだろうからやれる範囲でバンドしてけばいいぞと話していたが、そろそろ自分らの音源作りたいなぁと話しているところだった。
スタジオ練習やライブでソウルパワーに来たりしてあうたび子供の話をしていた。子供が好きだった。俺も先に子供がいたので子供の事で病気の話とか医者のピンクの紙の話とか検診の話とか子供手当の話とか保育の話とか、子育てのそんな話ばっかりしてたな。
昨年に出したソウルパワーのオムニバスにも参加予定で、レコーディングもドラムとベースを録り終えていて、あとはターサーのギターと歌だなぁという事で、ちょうどあの日の夜にレックする予定にしてた。録れずじまいだったのだが、リベラルファミリアは入れるべきだろうと前に適当に録っていたらしい音源をマスタリングしなおして入れた。あのオムニバスのタイトルは59+1。参加バンドマンの数。1はあいつのこと。ジャケットのマーブルチョコレートは僕ら。ひとつだけあるアポロはあいつ。
あれから一年。マツと大川が動いた。それがこの前のライブイベント。俺もいろいろといつものおせっかいとして手を貸すべきかなとも考えたが、そこはこの二人がやるべきなんだろうなとバンドで参加するのみとして。
当日は縁あった人がたくさん駆け付けてくれて。奥さんもお母さんも二人の子供たちも来て。
なぜかターサーは生前、俺が死んだときにはしんみりしたのは好きじゃないからパーティーにして欲しいわ、とよく言っていた。ジジイになってから死んだところでまわりがパーティー出来ない歳になっとるわと笑い話もしていた。しかし我々がパーティー出来る年齢のうちにあいつは逝ってしまった。だったらパーティーするしかないのである。
それでこの前のパーティーである。それも一番近かったバンドメンバーが行うパーティー。これがあいつが求めていた事なのだろうと思う。これでいいんだと思った。あいつの子供たちがリズムに合わせてヒョコヒョコ動いて笑っているのをみて嬉しくなった。父親って自分の子を、それも男の子だったりしたらその成長を狂ったように可愛く思うし、ただずっと見ていたいと思うもので。
奥さんやお母さんはそんな子供たちを抱えながらありがとうございますとずっと涙しながら人に頭下げていらして。鮮明によみがえる記憶もまた辛いだろうと思うと、なんか自分も辛くなって。所詮自分たちには痛みや辛さは分かり得ない。だからこそ何らかの形でこのイベントが毎年続くのであればもっとアホアホなパーティーにしなきゃなと。やっぱりターサーの言ってた通りなんだなと思い。
でもお母さんや奥さんが喜んでらしたのを見て本当に良かったなと思い、リベファミのメンバーも頑張って良かったなと思い。また来場した人たちが人に愛されるってことが何なのかをきっと知れたと思うので、それがあいつをこれから生かしていくことになるのだなとも思い。
人の記憶はあいまいで月日とともに薄らいでいくというのはあの日のMCでも話した通り。そればっかりは人間としてしょうがないことだし当たり前の事。俺ももう四十数年生きているからこうして自分よりも若い仲間が先に逝ってしまうというのは初めてでもなく。そんな大好きだった彼らの事を四六時中、今も思い出しているかというとそうでもない。顔や声や癖、それらもだんだんおぼろげな記憶となっていく。
その時はずっと忘れないよ、と言っときながらすぐに忘れてしまう。人は残酷なのか都合よくなのか「わすれる」という事で生きていけるようにも出来ている。本当に忘れたくない人も辛いことを何一つ忘れなかったら辛すぎて毎日が苦悩の日々となってしまう。じゃあ勝手に人は忘れていくからしょうがない、なのか?忘れるから思い出すようにする、なのか?いろんな考え方はあるにせよ、自分はそうじゃないと思っている。
その人の心を、意思を、生き様を、その後の自分の意識と人生感に取り込み心に擦り込むことが、その人のもう一つの生きた証として残るものなのだと思っている。そしてそれぞれの人の人生の中でその人が生きていく。その人と同じ空間を、同じ時を、同じ意識を共有してきた者だからこそそれが出来る。自分の中で生き続ける。それぞれの人の中で生きていくのだ。
他はどうあれ、自分はあの道を通る時、春が近づいてきたこの季節には必ず思い出すだろうし、忘れはしない。かと言っていつまでも感傷的にもなってやいない。あいつと共に共有した意識を自分の中に取り込んでより濃く生きること、それがともに生きるという事だと思っている。
へんに感傷的になってみたり、思い出にひたっているくらいなら、君の中にあいつを取り込め。それが本当にあいつがそれぞれの人の中に生き続けていくという事。そう思う。
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