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筆者は『鶴瓶の家族に乾杯』的旅行が好きです。 詳細は、『鶴瓶の家族に乾杯』的タイ旅行 を参照 ) で、タイの北部、チェンライ山の中のモン族に行ったときのこと。 2人の女性に出会いました。 15歳の女の子、マイちゃんです。 多分脳性麻痺と思われ、時折腕が不定期に反応する。但し、素人目に見る限りそんなに重度ではない。 家族の話でも、生活は自分一人で基本的にはできるとのこと。 筆者との会話も特に違和感なくできる。 で、この15歳のマイちゃん。実は学校に通ったことがないのです。 小学校で障害があるため受け入れを拒否されたのです。 学校からは障害の専門の学校での教育を薦められたとのこと。 そんな、非現実的なことを言われても。。。。。 ここは先進国でもなければバンコクでもありません。 小学校に受け入れを拒否されるということは、結局教育の機会を奪われるのに等しいのです。この村では。 素人目には、そんな重度には思えません。教師がちょっと注意していれば十分に小学校通学が可能と思われます。もちろん、障害に関する知識のある専門教師のいる学校で勉強するにこしたことはないと思うのですが、それが無理であれば次善の策として、地元の小学校で教育を受けられないのでしょうか? 一人暮らしのヤンさんです。68歳程度とのことです。(山岳民族の年寄りは住民登録が最近なので年齢がはっきりしない) このヤンさん、てんかんの持病があります。また、そのほかにもあちこち痛いし、数年前にはたき火に転落し、背中に大やけどを負い、そちらも痛いようです。 身寄りがなく、月額500バーツの年金と農業などでなんとか生活していますが、てんかんの発作時にはとてもつらいようです。 「何か困っていることはない?」 と聞くと、 「(生きていても良いことがないので)死ぬための薬が欲しい」 とのことでした。 地元の役所で聞くと、 「この村では就学率は90数パーセントもあります」 「身寄りのないお年寄りには年金を支出して支援しています」 などと、誇らしげに宣伝するのではないかと思います。 確かに、マクロを見る開発関係者は、そのような説明をうけて、「(多少の問題はあるにしろ)大きな問題は無い村」と思うのかもしれません。 でも、 「教育から漏れたマイちゃんにとっては大きな問題があるのです」 「てんかんのヤンさんにとっては大きな問題がるのです」 そのような、ミクロの事例。 そういうものに着目するのが開発援助にとって、とっても必要だと思います。
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