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以前の話だが、筆者が発展途上国での開発援助プロジェクトのスタッフのリクルートに関わったことがある。
候補者が2人いた。
その候補者のなかから1名を採用することとなった。
なかなか甲乙つけがたかったように思えた。
ある選考委員が発言した。
「Aさんは、『やさしくない』から適当でない。」
へっ?
『さやしくない』って言われても、、、、、
って思いましたよ私。正直言って。
だって、『やさしさ』を点数にできないし、客観的に説明もできない。
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誰でも『やさしい人』になりたいのではないでしょうか?
筆者も若い頃、PHPなどの『やさしさって何だろう?』的な本を読んで、
「やさしくなりたい」などと思っていました。
でも、結局『やさしさ』って今でもわかりません。
PHPよ! 金返せ!!! (笑い)
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でも、開発援助に長年携わって思うのです。
開発援助に携わる人の第一の素養は、「やさしさ」だって。
もちろん、情に流されてはいけないし、心を鬼にして判断しなければならないことも多い。
結果的に一つ一つの業務は、「現状を把握し」「対応を計画し」「実行にうつし」「評価する」繰り返しです。情に惑わされずに冷徹に判断する精神的に強い人にしかできないでしょう。
でも、「情に惑わされない強い人」と「情がない人=やさしくない人」とでは全然違うのです。
発言や行動が同じでも、全然違うのです。
すいません、全然説得力もないし、論理的でもありません。
でも、援助に携わる人間には「やさしさ」が必要なのです。
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優しさと甘やかすは確かに違いますよね。
さくらぎちょうさんなら、最後まで言わなくても分かって貰えそうですから、言います。
皆貧しい国の人間を助けようとしていますが、本人達がグータラなのも事実です。
「マイペンライ」も認めますけど、日本に来ている途上国の人達の多くが、麻薬や賭け事をやりに来ているのかと、思える時もあります。
(´〜`;)
2008/10/31(金) 午後 7:35
つぶやきさん、久しぶりです。
"本人達がグータラなのも事実です"
って考えさせられることばです。「強い」人は「環境がどうであれ」がんばれるのでしょうが、「弱い人」は環境でどんどん「グータラ」になってしまいます。「弱い」自分としては、グータラな途上国の人にシンパシーを感じたりもします。
でも、「お前らええ加減にせいよ!!」と怒鳴りたいことはありますよね。
2008/11/5(水) 午後 11:50 [ さくらぎちょう ]