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「住民流福祉総合研究所」なる組織(団体? 人?)のHPに行き当たりました。
開発途上国の地域で開発を行っていて、「ウン ウン」と頷くことばかりです。
この組織の実際の活動を知っているわけではないのですが、少なくとも海外の現場で私が考えていることとピッタンコ合致します。
上からの押しつけや偽の住民重視ではなく、住民の力が地域の活性化・サスティナビリティに必要なんだってことです。
このホームページの中で「住民流宣言」なる21条があります。
ちょっと、長くなりますが途中まで引用します。
(太字は、筆者が勝手につけたものです)
住民は宣言する−「福祉の主役は私たちだ」。
まずは住民の「支え合い」があり、それを補充する「サービス」がある。
"何が福祉問題かは住民が決める。"
勝手に問題を押し付けるな。
"誰が何に取り組むかは住民が決める。"
勝手に活動のやり方まで押し付けるな。
= <2> 流儀は「支え合い」=
善意の一方通行は許さない。
一方的サービスは、サービスの「受け慣れ」を助長し、自立を妨げる。
"見返りを求めない「ボランティア」は、住民には不自然。"
すべては「持ちつ持たれつ」。
"明らかな対象者にも、活動の機会を与えよ。"
どんな対象者も何か活動をしている。それを探し出せ。
明らかな活動者も、助けられの機会を探せ。
助け上手と助けられ上手の「両刀遣い」で免許皆伝。
<3> 助けられも「活動」だ
「助け」はもちろん「福祉活動」。
「助けられ」もまた立派な「福祉活動」。
助けと助けられの協同で、ベストの福祉ができ上がる。
助け行為に評価や研修、手当が必要なように、助けられ行為にも当然、評価や研修、手当の支給を!
「地域に住む」とは、溢れる資源の中で生きること。
<4> 寝たきりこそボランティア
当事者の立場なら、「できれば助けられたくない」。
私が助けられるたびに、私の誇りは危機に瀕する。
だから、要介護の人ほど「ボランティアしたい」。
"弱ってきたら「そろそろボランティア」"、"寝たきりになったら「本格的にボランティア」"、"痴呆になったら「絶対、ボランティア」"。
<5> セルフヘルプ
誰にも助けられたくないが、同じ悩みを抱えた人にならOKだ。
私にも相手を助ける機会が巡ってくる。
セルフヘルプグループで、"助けたり、助けられたり、ついでに他の仲間にも「おすそわけ」。"
福祉はもともと「セルフ」だった。
以下、21条まであります。
ついでに、
<15> 「モチ屋」の腕
住民資源とは、誰のこと?
"要介護者"だって、"赤ちゃん"だって大事な"資源"。
消防署も、公民館も、警察署も、スーパーも、パチンコ店も、理髪店も、ヘルパーも、看護師も、保健師も、ケアマネジャーも、みんな、家へ帰れば「住民」だ。
それぞれが「モチ屋の腕」を生かせば、大資源。
"家"も、"木も花"も、"犬も猫"も、"みんな資源"。
「地域に住む」とは、溢れる資源の中で生きること。
「地域の資源(リソースパーソン)」といえば、
教師、僧侶、住民リーダー、指導員、、とか、考える人が多い。
ちがうんだよ! 住民一人一人がリソースパーソンなんですよ!
もっといえば、
"「デクノボウ」がリソースパーソン。"
"「どうしようもないぐれたやつ」がリソースパーソン"
"「アルコール中毒者」がリソースパーソン"
これが、このブログの一貫した思いです。それが、エンパワーメントなのです。
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