【タイ・バンコク発】 国際協力・海外援助ブログ

「エンパワーメント」にはまっています。国際協力機構(JICA)・青年海外協力隊(JOCV)関連も

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今回は、コミュニティにおける高齢者ケアについて、、、、さわりだけ。

 

コミュニティの仕事をするには、住民、地域のリーダー、地域の自治体職員、政府職員、中央政府職員、政府幹部そういった人たちから話を聞くことになります。


一般的には、住民の意見を聞くのがは簡単で、地位が高い人の意見を聞くのが難しい!

と考えがちです。


でも、実は全く逆で、政府幹部や中央政府職員の情報や考えは入手しやすいのですが、地域にいけば行くほど難しくなります。政府方針など、各種ペーパーにもなっています。

政府の方針を入手したり、政府幹部の話を聞いたりすることは、
一見高度なことをしているようで、実は一番簡単な安易なことをしているのだと思います。


一番難しいのは、現場の実情やニーズを知ることなのです。

これは、もちろん「情報の取り纏め能力」、「情報の発信能力」の差によります。


中央政府職員は、一流大学を一流の成績で出た「情報の取り纏め能力の高い、情報発信能力」の優れた人です。それらの高い能力が、地域住民の情報やニーズを「吸い上げ纏める」ように使うのであれば、良いのですが、(確かにそういう例もあるのですが)残念ながら途上国の多くでは、そういう風に能力が使われることが少ない気がします。

様々な開発関係者やマスコミ、学者の書いた物で現場を知る機会はありますが、いずれも「纏められている情報(=バイアスのかかっている情報)」です。「現場のひとつの事例で全体を語る」のはもちろん変ですが、なぜか、「纏まられた情報」が現場感と食い違うことも多くあります。

以前、東北タイで農村の仕事をしていたときにも、「(情報がはいっているはずの)政策を考える中央省庁の人の考えていること」と「現場の住民の考えていること」がどうも食い違っていることが多くありました。 中央省庁の人に現場感をシェアすると、(人によっては)とても興味を持ってもらったこともあります。タイ人だからといって現場がわかっているわけでもない(いやむしろ中央省庁のタイ人は「現場がわかっていない」に近い)と思います。


中央省庁の人は、ある程度海外の事情を勉強しています。
少なくとも、勉強しようという意志はあります。


たとえば、高齢者福祉に関しては、日本の高齢者福祉の事例をタイの政府幹部につたえて、
タイの高齢者政策決定のお手伝いをする。

というのが、多分、援助の王道なのだと思います。



ここで私が言いたいのは、

「『日本を中心に』タイを考えると、いろいろタイの悪いところが見えてくる」

でも

「『タイを中心に』タイを考えるとタイの良いところも悪いことが見えてくる」


のではないかなあと思いました。

外国から人がきて(上から目線で)「問題点と対処方針案」をタイに提出しても、
(頭では理解しても)タイ人の心の中ではきっと面白くないと思うのですが、
だからこそ、そのようなアプローチにはサスティナビリティが常に課題となると思うのですが
(言い切っていいのか? ←いいのです、ブログは自由な個人の勝手な意見表明の場ですから)、
タイを中心に考えると「心のそこからの」同意をもって(日本の事例も参考にしながら)前に進むので、サスティナビリティがある。

そう思います。


そうそう、タイで高齢者福祉を考えていると、
もっとそもそものところで疑問を感じることがあります。

「長生きするのが良いのだろうか?病気は治療しなければならないのだろうか?」
との素朴な疑問がタイにいると、どうしても考えてしまいます。
(「保健・医療技術を否定するとか、伝染病が蔓延してもしかたない」とか、そういう意見ではなく、
「西洋的保健医療技術で正しいこと」が「住民、特に途上国の住民に幸せなこと」なのか、という素朴な疑問です。

「(病気で)食べれなくなったら、すぐに死ぬ」タイ人を目の前で何人も見てきて、
必ずしも「ひどいこと」と思わなくなってきた自分です。

でも、「自分の親が食べられなくなったら、なんとか生かせて欲しい」と多分思うと思います。
(「言動不一致」は私の「得意科目」です。)



コミュニティでの高齢者ケアに関しては、

私的には、

(こういってしまうと当たり前ですが)タイのリソースを活用した、
タイ式の高齢者ケアを行わねばならない。

と思っています。



日本の社会福祉制度を超シンプルに言い切ってしまいます。

・日本の医療保険制度は(ほぼ)単年度会計の相互扶助システム
・日本の年金精度は、世代間の相互扶助システム
・それらシステムは、良い点も問題点もある




で、タイの現状はどうなっているかといえば、一般的には、

・医療保険制度は、一応皆保険が制度としてはできている。
 ただし、国民保険、社会保険、労働省、公務員医療制度のサービス内容の混在
・年金制度はない

(極めてシンプルに言っています。厳密にいえば長くなるのでここでは省略します)

です。


多分、例えば年金制度は、従来の考え方でいえば、

日本では過去長い年金制度の歴史・ノウハウがある。その良い点悪い点を分析のうえで、タイの現状に合致させて導入することを協力する。 


というのが、(技術協力するとすれば)協力方法ではないかと思います。

ところが私がここで協調したいのは、


「タイには年金制度はない」 が、「タイに世代間の支えあえ制度がない」ことを意味しない。

当然ながらタイで世代間の支え合いがあります。

家族や親戚が高齢者の面倒を見るのが、(少なくとも道徳的には)当たり前です。

むしろ、日本人が自分の親の世話をしないこと(家族・親族無いでの、世代間の支えあいが薄い)ことに違和感を感じるタイ人は多いようです。

正確にいえば、

「タイでは世代間の支えあいはある。」

但し、

「タイの世代間の支えあいは、社会化(顔の見えない関係化)していない(日本の年金制度は社会化している)」

ということだけです。

では、社会化するとことが良いのかどうか?
権利ベースという国際的潮流にも合致します。

高齢者が家族や親せきに面倒をみてもらると、自尊心も傷つけられますし、サービスの質もバラバラになるし、家族に捨てられる高齢者がでます。だから、日本では、制度を社会化して、国が広くお金を集めてサービスを提供してきたのだと思います。

日本で「顔の見える関係」を目指す、などと言われていますが、それは見方によっては、今までやってきたことの逆の方向です。あまりに、社会化してしまったからこそ、財政的にもサービス的にも問題が生じてしまった。


で、タイです。

タイには、現在の資源(=世代間の支えあい)があります。でも、上記のように様々な問題点があります。
さらに、長寿命化、少子化、介助が必要な例の増加などの問題も発生してきます。

そこで、日本や外国から学ぶよりも先に、まず「タイを学ぶ」のが必要ではないかと私は思います。

考え方のスタートが、「日本」ではなく「タイ」。 タイの現状の中で、タイ人がどのようにするのが良いのかをタイ人が考え、タイ人が行動する。 そのうえで、日本の事例も伝える。

「日本にあってタイにないものをタイに作っていく」

のではなく、

「タイに必要で、(タイのリソース(現地資源)を有効活用しても)タイに欠けているものをタイ人と日本人が一緒に作っていく」

のが必要ではないか。


ところで、「タイのコミュニティのリソース」って言葉ではよく聞きますが、実はその実情の報告って本当に少ないのです。
それでも「障害者の状況」ならまだ多少報告されていますが、「高齢者のコミュニティの実態」など報告書がほとんどありません。(もし、どこかにあるのなら教えてください。)

結局、住民の話を聞く、住民に参加してもらう、住民に発信してもらう、
そして住民のエンパワメント、

結局、このブログで何度も書いていることに結局収束します。




もちろん、コミュニティの助け合い・支え合いに、高齢者ケアを押しつけようと主張しているのではありません。

タイの公務員と話をしていると(特に人間安全保障省のオフィサーと話をしていいると)、「タイはコミュニティでの互助が強いから大丈夫」的な「無責任」な話を聞くことがあります。
「タイの制度的強みや地域のリソースを活用したうえで、網から漏れてしまう人をどう救うのか、権利ベースをどう担保するのか」、、、、、言葉でいえば簡単ですが、「答えの見えない話」ですが、決して「答えがない話」ではないと思います。




文字数制限を超えてしまいました。

続きは、
コミュニティにおける高齢者ケア その2( http://blogs.yahoo.co.jp/toshiyukiokui/63867387.html )


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