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コミュニティにおける高齢者ケア その1
の続きです。
保健・福祉・医療のサービスのに2つのアプローチがあると思います。 一つ目のアプローチは、 「できるだけ多くの人にサービスが行き届くような制度の構築やサービスの提供」 です。最大多数の最大幸福の追求のような考え方です。 当たり前のように思えますが、「当たり前なのかな?」が私のスタートです。 どんなすばらしい制度でも漏れる人はでてきます。 そういう人には、「漏れた人対象の制度をつくる(例;「年金制度」から漏れた人には「生活保護制度」)」などなのでしょうが、 それでも、漏れる人がでてきます。 そういう人には、 「個別に(例外的に)対応していく。」 ことになるのだと思います。 一見何の問題も無い様ですが、私的には大きな問題をはらんでいる手法だと思っています。 つまり、「制度から漏れた人」というのは非常に弱い人だと思います。 そういう一番弱い人が、「「個別に(例外的に)対応していく。」という曖昧な対応として十派一絡げになってしまう。 さらに、制度を適用する(サービスを実施する)人は、「『制度を守って仕事をすること』が主業務」となり、制度外のところに興味がいかない傾向になると思います。 余談になりますが、この部分は横浜市の林市長からのパクリです。 今年私の子供の小学校のアレルギー対応に関して、横浜の小学校や教育員会と話しても埒があかず、ホームページで市会議員を探して相談したところ、その議員ととても話があい(アレルギー以外のこともいろいろ情報交換しています) その議員がうちの娘の事例をアレルギーのことを林市長に話したときに、市長は「公務員は法律や制度を守ることに一生懸命で、もっと大切なことを見失いがち。そういう公務員に気づきの機会を与えていかねばならない。」との趣旨のことを議員に話したそうです。実は、大昔から(市長になる前から)私は林市長のファンなのですが、さらに大ファンになりました。 実際に、日本でも多くの介護や保健医療の方が自分のブログなどで、 「万人に提供できないサービスはしてはいけない。特別対応はするな」 などと上司(行政)に言われた。ようなことを書いています。 「個別に(例外的に)対応していく。」というのは事実上難しいようです。 で、2つ目のアプローチは、 「例外からのアプローチ」です。 一番困難な事情にフォーカスしてアプローチしていくのです。 「万人」ではなく「一番大変なひどい事例」に、まず着目するのです。 その対応からいろいろなことを学び、その対応方法のうち一部分を将来的に万人に提供していく。 そのためには、どこにでもあるリソースを使わざる得ない、本質的にサスティナブルなシステムになるのではないか。 タイでいえば、 「行政の支援がなくても、これはこれでうまくバランスがとれてる」と思われる部分は優先せずに、 「コミュニティの助け合いが機能せず床やベッドには汚物が見られ悪臭も強く」からまず考えていく、 (想像するに、人には簡単に目に触れることのできない「悲惨な事例がタイに数多くあると想像しています」) もちろん、そのような考え方は、従来の考え方からすれば「バランスの悪い考え方」だと思います。 確かに最終的には、 「できるだけ多くの人にサービスが行き届くような制度の構築やサービスの提供」 をしたうえで、 「個別に(例外的に)対応していく。」 のが理想だと思います。 でも、その方法の欠陥は上に書いたとおりです。 そういう思いからも、「現場の個別具体的なことを知りたい」と思うこのごろでした。 参考;
タイのコミュニティにおける保健医療・高齢者福祉とエンパワメントについて簡単にまとめました |
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