茶道(Yahoo!)
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茶の道はヘビ…。
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もうすぐ利休忌ですね。
人生七十
力圍希咄
吾這宝剣
祖佛共殺
携ル我得具足一太刀
今此時そ天に抛
(利休遺偈)
現代人の持つ利休のイメージからは程遠い遺偈です。
遺偈は辞世の句みたいな意味ですが、ご存知の通り利休は盟友でもあった秀吉に切腹を命じられたわけで、その最期に際して並々ならぬ想いがあったことでしょう。2行目の「力圍希咄」は「うわあ」とか「ええい」とかいう感嘆詞です。悟りすまして亡くなったわけではないんですね。
祖佛共に殺すというのは臨済録の
佛に逢うては佛を殺せ
祖に逢うては祖を殺せ
に従っています。臨済録ではこのあと父母に逢うては父母を殺せと続きます。
禅宗とか宗教をなまかじりの人は何だこれ?となるかもしれませんが、もちろん象徴的な意味であって本当に殺すわけではありません。既成概念とか常識を疑ってみなさいという意味でしょうか。
利休はそれを我が得具足である一つ太刀(自己の信念、美意識)でやってきた。でもそれも天にお返しするときが来たよ。という感じかと思います。
裸で人生を切り開いてきた男の最期の叫びと言う感じがします。
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今までわりと男性と言うだけで正客を頼まれることが多かったのですが、今回は一度も頼まれませんでした。 4席目のお正客は女性でしたが、「若輩ながら、」と前置きしてなかなか堂々とした正客ぶりでした。 1日楽しませていただきました。 |
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前回お邪魔した公共施設の茶室を借りることができた。
早速、母の部屋から使えそうな道具を発掘して海外旅行に使った大ぶりのスーツケースに詰め込んだ。
ギリギリ風炉の季節ということで朝鮮風呂とあられ釜にした。火は炭型の電熱器を用意したが、母が使っていたものはさすがにあちこち傷んでいて火事になっては心配なのでAmazonで新しいものを注文した。
とりあえず今回は稽古茶事ということにして取り合せや季節は重視しなかった。それでもお菓子がなければお茶にならないと思い、近所の菓子店で主菓子を注文した。
さて当日、こういうことはやってみないとわからないことがたくさんある。
母の遺品の朝鮮風炉は口が小さく、せっかくAmazonで購入した炭型の電熱器が入らなかった。その差ほんの数ミリだがこればかりはいかんともしがたい。道庵風炉に切り替えることも検討したが、結局母の古い電熱器に再登板を願った。風炉先屏風はスーツケースに入らないので担いで運んだ。スーツケースはともかく、大汗をかきながら屏風を担いで運ぶ中年男を街の人は何だと思ったことだろう?しかもその姿で菓子店に入っていくのだ。
急に声をかけたにしては友人知人5名が顔をそろえてくれた。防災の先輩で裏千家の宗名をお持ちのMさんご夫妻は和服で来てくれた。私も袴姿でお出迎えした。
今回は3部屋約30畳の2階広間を襖で区切ってもらって、一間を寄付、一間を水屋にした。廊下の隅の貧弱な水屋は端からあてにしなかった。寄付から庭を窓越しに眺めながら廊下側を通って席入り、という趣向で考えていたが、Mさんは最初から水屋に顔を出し、「いいわね〜手伝うわよ〜!」と言った。
Mさんに正客に座ってもらいまず私が一服点てた。
感無量、というほど苦労はしていないが、茶を点てながら今日まで準備してきたことが思い出されてジンとした。
そもそもこの茶室は建てられてから30年、一度もお茶に使われたことがないのだ。誰も思いもよらなかったことを自分がまずやってのけたという自負は私のものだろう。
テンションの上がったMさんはしきりに表千家と裏千家の点前の違いを語っている。そういう議論は私にとってはどうでもいいが楽しんでくれているのが何よりも有難い。
ついにMさんは自分もお茶を点てると言い出し、ご主人が半東に回って私が正客に座る羽目になった。
こうなると銘もわからぬ道具を引っ張り出してきたことが悔やまれる。
片付けに小一時間かかることを考えるとここでタイムアウト。初めてのお稽古茶事にしては出来過ぎではないだろうか?課題は多くあったが、何よりも私が母の遺品を整理できてないことが問題のような気がする。日ごろお世話になっている先生がいかに心を砕いて毎回のお稽古を維持しているか改めて身に染みた。何の稽古と言っても結局私自身の稽古なのだ。
この稽古を定例化したいと思っているがそれもまた今後の課題と言うことだろう。
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