|
あの有名な白川郷、
テレビのリバイバルドラマであるが裸の大将で出てきました。
あの山下清の自伝です。
2004年撮影の写真です。
下はテレビドラマ裸の大将より
上の写真とどこが変わっているかわかりますか
全く同じ角度から見た写真です。
テレビドラマが好きでよく見るのですが時々このように昔行ったところが出てきます。
とても楽しいですね。
ドラマは懐かしく楽しく見ています。
|
信州・北陸
[ リスト | 詳細 ]
|
私がたらい舟に初めて乗ったのは2010年6月の佐渡島観光ツアーであった。
その時の思い出が頭をよぎり懐かしさでいっぱいになりました。たらい舟に関するネット情報を加えて記事にしました。
二人が初めて乗るたらい舟にワクワクしました。
それまでは佐渡旅行に行き、たらい舟に乗ってみたいと憧れていました。
たらい舟沿革
このたらい舟が考案され、実用化されたのは江戸時代〜明治時代にかけてといわれるが、契機は佐渡小木地震に伴う、海面の隆起とそれによる地形の複雑化である。
この地震により、小木海岸線一帯は無数の岩礁と小さな入り江が誕生した。 岩礁や入り江が多くなった海岸では、アワビやサザエなどの貝類やワカメなどの海藻が豊豊富な漁場となった一方で、従来の舟では漁に適さなくなった。
そのため、小回りと安定性を求める舟が必要となった結果、洗濯桶を改良したたらい舟が考案された。このたらい舟は500kgまで耐え、櫂一本で操舵可能である。 小木港のたらい舟
たらい舟(たらいぶね)はたらい型の船。佐渡小木海岸の主に沿岸漁業用に使用され、観光にも利用される。 シンプルな構造です。
500キロの重量に耐えられる構造とか。
素材
素材は水分を含むと膨脹し、耐水性の高い杉材から作られ、箍は竹で縛っている。かつては桶職人も多く存在し、老朽化した舟は再度新しいものに更新していたが、
近年は職人の減少に伴い、保存性向上のためにFRP加工を施している。 さすが乗船するときには少し緊張した思い出があります。
静かな港を念願のたらい舟で観光した思い出はきっと忘れないと思います。
チケット
久しく旅行をしてないのですが旅行するときにはしっかりと計画を立てて
いつまでも思い出に残るようにしたいものです。
|
||||||
|
旅の思い出です。旅というと松尾芭蕉の奥の細道の一節を思い出します。
【奥の細道/序文】
月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。 (月日というのは、永遠に旅を続ける旅人のようなものであり、 来ては去り、去っては来る年もまた同じように旅人である。) 思い出の千里浜なぎさドライブウェイのこと
昔、長期出張で金沢に単身赴任した時、家族を呼んで最初に観光したのが
千里浜なぎさドライブウェイである。
羽咋市千里浜町に至る延長約8kmの観光道路である。
写真集を眺めていたら千里浜ドライブウエイが目に留まった。
かわいい小鳥たち、写真を見るたびに癒されます。
|
|
牛に引かれて善光寺参り、
このことわざは幼少から良く耳にした言葉である。
先般行った善光寺でも道中で聞かされた。
意味とか由来がわからなくて気になっていた。そこで
この言葉の由来を調べた。
この言葉は信州の民話の中に出てきた。(下記は紙芝居風の動画です)
この民話のアドレスは
以上ですが心の奥に痞えていたいたことがわかったようで
すっきりしました。
この話を前述の信州民話動画でもご覧下さい。
|
|
昨年6月にツアーで善光寺参りをしたがそのときのことを思い出したので
紹介いたします。
まずは善光寺の写真だ。立派な構えである。
善光寺はとても広い。
立派な山門
ここでは戒壇めぐりもした。
真っ暗闇の中を「極楽浄土への錠前」を目標に歩く。周りが見えないという
のがなんと不安な事か、やっとの思いで錠前に触れ安堵の気持ちになる。
「戒壇巡り」
回向柱のことも知る。
この柱は前立御本尊様の右手と結ばれていてこの柱に触れると前立御本尊様
に触れるのと同じ御利益があるという伝え。
本堂ではこのようなものを販売していました。
次回はあの有名な
|


