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先日宇都宮で爆弾騒ぎがあった午後のひと時に、宇都宮護国神社に出掛けて、チャンネルくららの講演を聴いてきたのであった。
うむ、こんな感じでKAZUYAの憲法論。
講師の人は、倉山塾の倉山満氏にユーチューバーのKAZUYA氏なのでした。
ユーチューブで生活が成り立ってる人、我輩初めて見たよ。ユーチューブ初めて4年目だそうで、無職。
あーあ―アー自民党〜自民党ぅぅぁ!!
って、以前筒井康隆の小説で、作者も知らない自民党の歌を歌っていたのを思い出しつつ、街宣車の横に車を停めるのであった。
や、別に自問等の街宣車の次に役立たずの御柱を持ってきたことに他意はない。たぶん。
そんなことより、憲法論である。憲法論。
ぶっちゃけ護憲派こそが会見を主張しる。という論点であったのだが、KAZUYA氏の主張って、なんというか、終始噂話みたいなノリで軽さを感じるのは何故なんだろう。運動家としての軸というか、イデオロギーの主張の強さが感じなかったのよ。
まあそれはそれでよろしいのです。多分、場数を潜れば強くなるもんじゃないのかなこういうのって。
一方の倉山塾長、なんかスゲープレッシャーというか主張の力があるのでした。
憲法学者がこねくり回したことで、現行憲法が何でもありの状態になっているという御話などはスッと入ってくるものの、護憲派も改憲派も憲法を守っていないという主張は、ちと言い過ぎじゃないんかい。
とはいえ、終戦の年の八月に憲法上で革命が起こって、明治憲法から切り離された国民主権の憲法が作られたという8月革命説の無理やり感とか、国会は国権の最高機関と書いてあるのに三権分立とかの矛盾を、政治的美称説とか後付解釈して、憲法のそのままの文面を無視している個所多さなんかも色々指摘しておりましたよ。
だがしかし、対米で9条、教育で89条、多様性で24条を変えろとか、性急すぎやしないんですかい。
多分、この人が後押しして議員を国政に参加させたとしても、その主張の激しさ故に、議員に真っ先にふるいにかけられる主張だと感じるのであった。
まあ、現実を無視した憲法上の解釈判断でいろいろこじつけているという主張は判るんだけれど、明治憲法を基軸に据えようというのもどうかという気もしなくない。
君主は政治に権限を持たないが、ロボットになれとは言っていない、激励、相談、意見を言う権限はあるはずであろう。大臣がこれを聴くかどうかは別問題であるが。
というのは、ちと我輩には新しい考えだったのよ。
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