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			<title>とたけけの石川屋酩酊記(Ｈ２１年12月終了）</title>
			<description>このブログは、かつて越谷、八木崎、新田、大袋で営業していた「石川屋」という居酒屋の事を書いたものです。八木崎店は現在「すみくら」、大袋店は「Amigo」として旧スタッフが経営、新田店は現在「ぼうず」という居酒屋になっています。
自分は2006年から2009年まで、この石川屋の客でした。思い出のためにブログは残しておこうと思います。新規更新はありませんが、よかったら覗いて下さい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/totakeke302</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>とたけけの石川屋酩酊記(Ｈ２１年12月終了）</title>
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			<description>このブログは、かつて越谷、八木崎、新田、大袋で営業していた「石川屋」という居酒屋の事を書いたものです。八木崎店は現在「すみくら」、大袋店は「Amigo」として旧スタッフが経営、新田店は現在「ぼうず」という居酒屋になっています。
自分は2006年から2009年まで、この石川屋の客でした。思い出のためにブログは残しておこうと思います。新規更新はありませんが、よかったら覗いて下さい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/totakeke302</link>
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		<item>
			<title>石川屋に通った日々を振り返る⑬～そしてさようなら（最後の記事）</title>
			<description>唐突だが、このブログ『とたけけの石川屋酩酊記』はもう終了になります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
12月1日から石川屋大袋店が「おっちぃ&amp;#039;s Barアミーゴ」として営業を始めた。&lt;br /&gt;
店長から店主になって貫禄も出てきた（体型も変わった）オチアイさんが今までと変わらず元気にカウンターに立っている。&lt;br /&gt;
八木崎店はすでに「すみくら」と名前を変えてワタナベさんが切り回しているはずだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でも、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕の好きだった石川屋は、もうない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
感傷はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
喪失感があるだけだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
越谷、八木崎、大袋、新田、そしてじゃんじゃん… &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一時期だけだろうが、自分くらい｢石川屋｣に通いつめた男はいまい。  &lt;br /&gt;
（※今はそうでもないが）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　わざわざ通勤エリアと全く違う八木崎や新田に電車を乗り越してまで通っては、&lt;br /&gt;
千円にも満たない飲み代で帰ったり、&lt;br /&gt;
新田ー越谷ー大袋とか、八木崎ー越谷ー大袋という、ちょっとあり得ないハシゴ酒をしたり、&lt;br /&gt;
店ごとに飲む酒の種類を変えていたり(新田ホッピー、八木崎氷彩サワー、大袋ウーロンハイ)… &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこに石川雄規がいなくても僕は石川屋には通った。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
石川屋がなければ、僕がバトラーツを見る機会は限りなくゼロに近かった。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
石川屋がなければ｢情念｣サイトは無かった。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
石川屋がなければ…多分人生を変えるような経験はしなかった。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
石川屋がなければ…前の会社も辞めなかったかも知れない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
｢とたけけサンの通う店はどんどん無くなるね｣ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先日、イベントの二次会で同席した石川さんに冗談で言われたが、全くだ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そうだね、僕と石川屋は仲良くなりすぎたのだ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だから、単に店の名前が変わるだけなのに、喪失感がたまらない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でも、もう忙しさにかまけて、飲みに通う事も少なくなり、&lt;br /&gt;
昔のように思うような更新もできなくなったこのブログや&lt;br /&gt;
石川屋紹介サイトも、これでやめる事ができる。 &lt;br /&gt;
少しホッとしている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
石川さん、エンドウさん、タカハシさん、タカハシさんのお母さん、イワブチさん、タナカさん、サイトウさん、ヤスハラさん…その他スタッフのみなさん（もちろんオチアイさんもね）&lt;br /&gt;
癒し系どＳのユミコさん、タカヒロくん、ヒカルちゃん、ユキノちゃん、ザイケくん、ホソノくん他バイトの皆さん&lt;br /&gt;
203号こと大将、センパイ、ミヤケさん、ナカムラさん、アラちゃん、イシヤマさん、ナカジマさん、イズミさん、サブちゃん、ケイノさん、クボ先生、スズキさん、アベちゃん、コサクくん、ユキちゃん、闘魂クラブの皆さん、結婚した松の字くんと室丸さん、カジワラ先生ことＹ中さん、二代目バト姉さんことナカシマさん、プロレスラーと同姓同名の大ちゃん、チアキちゃん、その他この店でご一緒した皆さん（もちろん、今ご一緒している皆さんはしょっちゅう会ってるんだから書きませんよ。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いい思い出をありがとう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ほとんど酔っ払って覚えてないけどね…。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昔のブログを読み直してみると、あの頃は面白かったなあと実感する次第です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
多少センチメンタルな締めですが、&lt;br /&gt;
…さようなら 石川屋&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「とたけけの石川屋じゃんじゃん見聞録」～「とたけけの石川屋酩酊記」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２００６年１月～２００９年１２月&lt;br /&gt;
記事数４６４件&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
…さて、今度はどの星をさがそうか</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/totakeke302/60653677.html</link>
			<pubDate>Tue, 01 Dec 2009 12:38:30 +0900</pubDate>
			<category>飲食店</category>
		</item>
		<item>
			<title>石川屋に通った日々を振り返る⑫～新田店</title>
			<description>くどいけど、詳しい内容は過去のブログを見てね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕は取り急ぎ、石川屋の思い出を語っているだけなんだから。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
新田店で味わったのは納豆包み揚げ、キムチ、ゲソ揚げである。&lt;br /&gt;
そう、この店で初めて僕は揚げ物を食べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大袋店が石川さん、タナカさんでやっていた頃、&lt;br /&gt;
新田店はタカハシさんのお母さん、吉川選手、オチアイさん、そして安岡くんで運営していた。&lt;br /&gt;
後になって入門したばかりの及川選手も接客に立ったっけ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この店は、当時練習生で、ヘルニアのためプロレスの道を断念し、&lt;br /&gt;
現在はソバ屋で修行しているヤスこと安岡くんの想い出が強烈だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
よくも悪しくも人懐っこく、甘え上手な男だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
後、新田店で思い出すのは、元店主のタカハシさんのお母さんだ。&lt;br /&gt;
この店は彼女が切り回していたのだが、&lt;br /&gt;
本当に「突然」亡くなってしまったのがショックだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな新田店も今はない。&lt;br /&gt;
現在は別な居酒屋になっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゲソ揚げや納豆包み揚げを肴にホッピーを飲みながら、大型画面で野球を見ていた。&lt;br /&gt;
いい想い出だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
後年、タナカさんが去った後大袋店に通い辛くなったお客さんが来ている事も多かったな。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/totakeke302/60604198.html</link>
			<pubDate>Wed, 18 Nov 2009 23:44:34 +0900</pubDate>
			<category>飲食店</category>
		</item>
		<item>
			<title>石川屋に通った日々を振り返る⑪～大袋店始末</title>
			<description>なぜ、大袋店ができたのか、今でもよくわからない。&lt;br /&gt;
でも、僕の通勤範囲内に立ち飲み屋ができたのはとても嬉しかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当初、立ち上げのためにじゃんじゃんを切り回していたタナカさんが店長をしていた。&lt;br /&gt;
ただ、人手不足だった石川屋では、タナカさんの後を継ぐ人間が現れなかった。&lt;br /&gt;
結局、彼はそのまま石川屋大袋店の店長みたいになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
タナカさんが休みの時には矢野啓太選手や石川さんがカウンターに立った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この店ができて、石川屋本店に行く回数は減った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
困った事もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本来じゃんじゃんにいるべきタナカさんが大袋にいるものだから、&lt;br /&gt;
じゃんじゃんが人手不足になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
串揚げ屋のカウンターには澤選手が立つ事が増えた。&lt;br /&gt;
今だから言えるが、飲食店として提供するサービスの質は落ちたと思う。&lt;br /&gt;
澤選手や矢野選手のせいではない。&lt;br /&gt;
彼らは飲食店で十分な修行を積んだスタッフではなかったのだから。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いい事ではない。&lt;br /&gt;
でも、何も言えなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
じゃんじゃんにタナカ店長がいた時代のお客が大袋に流れてきたのはこの頃だ。&lt;br /&gt;
彼らはわざわざ越谷から乗り越してくるわけだから、大変な事だ。&lt;br /&gt;
大袋店は結構繁盛した。&lt;br /&gt;
最盛期では、大袋店だけの忘年会が行なわれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ、知らないことも多く、わからないのだが、&lt;br /&gt;
タナカさんは石川屋を去った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
タナカさんの退社とともに、客層も変わったのは事実だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今年になって久しぶりにメールをもらったが、別な仕事で働いているらしい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/totakeke302/60604070.html</link>
			<pubDate>Wed, 18 Nov 2009 23:20:29 +0900</pubDate>
			<category>飲食店</category>
		</item>
		<item>
			<title>石川屋に通った日々を振り返る⑩～プロレスの打ち上げ</title>
			<description>当時、蒲生の桂スタジオで行なわれることが多かったバトラーツの興行。&lt;br /&gt;
その打ち上げは、当初石川屋越谷店で行なわれることが多かった。&lt;br /&gt;
普段はそんなに混雑しない石川屋も、プロレスがあった晩には物凄く混雑した。&lt;br /&gt;
石川屋にあぶれた人たちは予約の要らない１階のじゃんじゃんに流れてきた。&lt;br /&gt;
そのじゃんじゃんはタナカさん１人じゃとても回らない。&lt;br /&gt;
サイトウさんじゃ大パニックになってしまう。&lt;br /&gt;
ビール一杯頼むのもいつになるかわからない。&lt;br /&gt;
そんな時は常連の客が手伝った。&lt;br /&gt;
そんな店だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
撤収作業を終えたレスラーたちが来る頃は、早ければ８時、遅ければ１１時、&lt;br /&gt;
そのまま飲んでいると下手をすれば日付が変わる時だってあった。&lt;br /&gt;
そのまま、終電のなくなったため、&lt;br /&gt;
越谷の店から大袋の自宅まで４キロ少々の道のりだったと記憶している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でも、楽しかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その日の試合の興奮をそのまま選手にぶつけたりした。&lt;br /&gt;
意味も無く仲間とプロレスの未来について話したりした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのうち、賃貸契約切り替えの関係で営業できなくなったため、石川屋越谷店は閉店した。&lt;br /&gt;
せっかく軌道に乗ってきたと思ったじゃんじゃんも同時に無くなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
打ち上げ会場は後でできた新田店に移された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
バトラーツが桂スタジオを使う事がなくなり、それも無くなってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今、僕は、プロレス観戦後の打ち上げを越谷の日高屋で行なっている（苦笑）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/totakeke302/60603864.html</link>
			<pubDate>Wed, 18 Nov 2009 22:44:53 +0900</pubDate>
			<category>飲食店</category>
		</item>
		<item>
			<title>石川屋に通った日々を振り返る⑨～じゃんじゃんの思い出おかわり</title>
			<description>ここで、じゃんじゃんの事を少し思い出してみる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当初、じゃんじゃんは昼夜営業だった。&lt;br /&gt;
夜は立ち飲みスタイルの串揚げ屋だったが、&lt;br /&gt;
昼はカウンターにイスを置いたカレーショップだった。&lt;br /&gt;
多分まかないのカレーの応用だったのではないか？と思われるが（勘ですよ、勘）、定かではありません。&lt;br /&gt;
メニューはカレーとカツカレーだったと思う。&lt;br /&gt;
めったに昼にいけるわけではなかったが、平日に休みが取れた時に２回ほど食べたことがある。&lt;br /&gt;
特にカツカレーはおいしかったですよ。&lt;br /&gt;
ただ、人手が少なかった気がする。&lt;br /&gt;
また、駅前だったし、もう少し集客があればよかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上手くいけば面白い店になったと思ったんだけどなー。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大袋店が出来て、タナカさんがそちらが主になってからは、代わりの店長が急務だった。&lt;br /&gt;
元ラーメン屋に勤めていたサイトウさん（通称アニキ）がカウンターに立ったり、&lt;br /&gt;
他にも何人か候補者はいたが、居つかなかった。&lt;br /&gt;
目の前の客をさばくのは難しかったのかな？&lt;br /&gt;
いつしか、じゃんじゃんのカウンターには、澤選手や矢野選手が交代で立つようになった。&lt;br /&gt;
今では２人とも忙しいからとんでもない事だが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そうした、じゃんじゃんの各店長の中で、&lt;br /&gt;
意外と客さばきが上手だったのは矢野啓太だった。&lt;br /&gt;
彼は昔から度胸が座っていたから、忙しくなってお客を少々待たせてもパニックになる事もなく&lt;br /&gt;
淡々と接客と調理を１人でこなした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼はそうした緊張する部分がなかったなあ。&lt;br /&gt;
大物だった。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/totakeke302/60590349.html</link>
			<pubDate>Sun, 15 Nov 2009 20:32:49 +0900</pubDate>
			<category>飲食店</category>
		</item>
		<item>
			<title>石川屋に通った日々を振り返る⑧～串揚げじゃんじゃんとタナカ店長の思い出</title>
			<description>じゃんじゃん越谷店がジムの一部を使って作られたのはいつの頃だったろう？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時、沖縄に足場を移しつつあったエンドウさんの発案だったとも聞くし、関西で串揚げを食べた石川さんの発案とも聞く。&lt;br /&gt;
要するによくわからないって事だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ、関西方面には高校の修学旅行と弟の葬式のときにしか行った事のない僕には珍しかった。&lt;br /&gt;
この店から立ち飲みのスタイルが始まったわけだから。&lt;br /&gt;
当初、石川さん、エンドウさん、タカハシさん、そして八木崎のワタナベさんが交代で店長を務めながら、意外と当時なかった立ち飲みスタイルと串揚げの店は石川屋とは新しい客を呼んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時、まだジム会員だった僕は、金と時間のある時は練習（といってもエアロバイクとウエートくらいしかしなかったけど）後２階の石川屋に上がり、普通の日は隣のじゃんじゃんに寄って帰った。&lt;br /&gt;
はなはだしい時は、ジムとじゃんじゃんを挟んだドアを開けてそのまま飲みに行った。&lt;br /&gt;
不良会員である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ、これは石川屋側の策略だと思う。&lt;br /&gt;
なにしろ、ジムとじゃんじゃんはつながっているのだから。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
後々、澤宗紀が店長になったときには、練習中から「早く来て」と誘っているんだから（苦笑）たまらないよね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いずれにせよ、古き良き時代の話である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
じゃんじゃんのメニューは１本１００円からで、安かった。&lt;br /&gt;
テーブルチャージも無かったから、とにかく金のない時に（いつもだけど）助かった。&lt;br /&gt;
この店で、飲み始めたのが、当時石川屋越谷店にはなかったホッピーだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
開店したばかりの頃、関西出身と称するお客（ジイサン）がよくやって来て、&lt;br /&gt;
この店の揚げ油（米油）を褒めていたが、来るたびに「ええか？キャベツと油はケチるなよ。後ソースな。ソースはええの使えよ。」と言っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この「じゃんじゃん」の店長として後に雇われたのがタナカ氏だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
石川さんも、エンドウさんも、タカハシさんも、それぞれ忙しかったから、新しい店を任せるスタッフとして雇ったものだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、それはある程度成功したと思う。&lt;br /&gt;
彼は新しい客を上手にさばき、新しい常連客を呼び込み、彼らに好かれ、石川屋と全く違う意味でじゃんじゃんは賑わった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここでいちいち名前を挙げることはできないが、&lt;br /&gt;
石川屋ではなくじゃんじゃんで、初めて知り合った客はいっぱいいた。&lt;br /&gt;
そして、彼らとも、ほどなく仲のいい飲み友達となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もちろん、酒のうえでの付き合いである。&lt;br /&gt;
僕以外は近所の人間ということもあり、この店のほかでも普段から仲よく付き合い&lt;br /&gt;
時々ホームパーティとかやっていたと聞く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕には、そうした付き合いは無理であり、基本１人で飲むスタンスは変えられなかった。&lt;br /&gt;
別にそれでいいと思っていたし、今でも飲み友達しかいない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
…話がそれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
タナカさんの事だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
タナカ店長は、客さばきがよかった。&lt;br /&gt;
だから、彼の居たじゃんじゃんは居心地のいい店だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼は、後に大袋店ができてそこに移った。&lt;br /&gt;
しかし、人手が足りなくなると、じゃんじゃんのカウンターにも立っていたっけ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/totakeke302/60590167.html</link>
			<pubDate>Sun, 15 Nov 2009 20:01:46 +0900</pubDate>
			<category>飲食店</category>
		</item>
		<item>
			<title>石川屋に通った日々を振り返る⑦～八木崎店</title>
			<description>東武野田線「八木崎」駅から徒歩１０分以内、&lt;br /&gt;
春日部高校の近くに石川屋八木崎店ができた。&lt;br /&gt;
こちらはまた、越谷店とはコンセプトが違った。&lt;br /&gt;
越谷店がワインと串焼きの店として、カフェバーに近いスタイルで営業していたのに対し、&lt;br /&gt;
八木崎店はもろに居酒屋そのものの営業スタイルだった。&lt;br /&gt;
カウンターにところ狭しと並べられた焼酎の瓶瓶瓶…。&lt;br /&gt;
当初はカウンターで飲めたこの店だったが、そのうち焼酎瓶でカウンターが占拠され、&lt;br /&gt;
全く座れなくなってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当初から差別化を図っていたのだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
メニューは基本的に越谷店と同じものを出していた。&lt;br /&gt;
豚ラブセット、鳥ドリセット。&lt;br /&gt;
その他、店長ワタナベさんの手による一品料理も出ていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大宮で仕事があるときは、帰りによって帰ったものでしたが、&lt;br /&gt;
この店には想い出があります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実は、僕が失業中、石川さんの事について趣味で書いていた駄文を呼んでもらったことが縁で、&lt;br /&gt;
「応援サイト”情念”」が誕生したわけです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これがこの店。&lt;br /&gt;
ノートパソコンを持ち込んでサイトのデザインを見てもらったりしました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
終電を乗り過ごし、石川さんの車で家まで送ってもらったこともありました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
多いときには毎週１回は会社から遠回りして寄っていた石川屋八木崎店でしたが、&lt;br /&gt;
勤務先の関係で段々足が遠のき、そのうちにメニューも変わり、&lt;br /&gt;
今では名前も「すみくら」と変わってしまいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
機会があれば一度また顔を出したい店ですが、&lt;br /&gt;
なかなかうまくいきません。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/totakeke302/60334681.html</link>
			<pubDate>Wed, 16 Sep 2009 22:19:34 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>石川屋に通った日々を振り返る⑥～越谷店で出会った人たち</title>
			<description>石川屋は、当時ファンとバトラーツのコミュニケーション・スペースの位置づけがあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同時に地元の隠れ家的な飲み屋でもあった。&lt;br /&gt;
そのためか当時石川屋が駅前のいい場所にありながら、&lt;br /&gt;
ほとんど宣伝チラシをまく事はなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在でも、越谷駅前でチェーン店の居酒屋が必死に？チラシやビラを撒いている事を考えれば、&lt;br /&gt;
当時の石川屋の営業活動は、「商売っ気がない」ものだったとしか言えない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「わかる人がわかればいいんですよ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時のエンドウさんの考え方もあったかも知れないが、&lt;br /&gt;
「隠れ家」石川屋はお客の絶えない人気店とは言えなかった。&lt;br /&gt;
まあ、それゆえに、僕はすいぶんといい思いをさせてもらったけどね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「組長」藤原喜明さんとお会いしたのは、この店のカウンターだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
藤原喜明トークショー＆陶器即売会が行なわれた夜。僕は客として石川屋のカウンターで飲んでいた。&lt;br /&gt;
トークショーは、離れのパーティルームで行なわれることになっており、会場は超満員だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
カウンターの僕から離れた席には臼田勝美選手が飲んでいたが、&lt;br /&gt;
そこにふらっと藤原さんがやって来た。&lt;br /&gt;
白いジャケットを着た、テレビやビデオで見たそのままの藤原組長は臼田選手としばらく話していたが、&lt;br /&gt;
我慢できなかった僕が感情を済ませて帰り間際挨拶をして帰ったのを覚えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、藤原さんのトークショーに２回出席した。&lt;br /&gt;
藤原酒のプロモーションインタビューにも同席させてもらった。&lt;br /&gt;
「いい人生だよな」というのが組長の口癖だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、じゃんじゃんでも組長とご一緒した。&lt;br /&gt;
何も話せなかったくせにその場にいただけで、僕は満足だった。&lt;br /&gt;
「またお会いしましょう」と言って握った藤原さんの手はごつくて大きかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
石川屋興行が行なわれたときに、やってきた金村キンタローのトークショーにも行った。&lt;br /&gt;
今は微妙な立場の彼だが、当時、インディで活躍していた彼はとにかく話が面白かった。&lt;br /&gt;
冬木弘道の話や、ＷＩＮＧの話、他では言えない話をいっぱいしてくれた。&lt;br /&gt;
大日本プロレスの伊藤竜司、李日韓、非道、トゥ・タフ・トニーとも同席したが、&lt;br /&gt;
僕は不勉強にして、彼らが何者かわからなかった。&lt;br /&gt;
そう言えば日本プロレス時代からのファンだったグレート小鹿さんにも会った。&lt;br /&gt;
若手時代の関本選手と話もした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
チョコボール向井さんのトークショーにも２回も行った。&lt;br /&gt;
プロレスの話よりアダルトビデオの話ばかりしてたっけ？&lt;br /&gt;
そりゃあもう、本人がイヤと思うくらいに（笑）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
礼儀正しい日高郁人選手と遭遇したのも石川屋のカウンターだ。&lt;br /&gt;
今はメル友でもある「巨人」ビクター・クルーガーとはここでドイツ語で話しかけ仲良くなれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
毛色の違うところでは、キックボクサー小林聡さんにも会った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いろんな有名人と会わせてくれた、石川屋のカウンターだった。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/totakeke302/60300352.html</link>
			<pubDate>Wed, 09 Sep 2009 01:33:35 +0900</pubDate>
			<category>飲食店</category>
		</item>
		<item>
			<title>石川屋に通った日々を振り返る⑤～越谷店伝説のバイト</title>
			<description>その内に、僕は石川雄規と親しくなり、彼がバトラーツの活動を再開するRE-Birthの大会を観にいき、以後バトラーツの大会に足を運ぶようになるわけだが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時のバトラーツは、所属レスラーが石川雄規と臼田勝美の２人、練習生だった佐藤学くんが「原学」としてデビューすることになっていた。同じく練習生の吉川祐太くんは、まだデビューが決まってなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その学くんが、試合前の心構えについて師匠石川雄規と話し込んでいたのも越谷店だった。&lt;br /&gt;
そう言えば越谷店にはいろんなバイトがいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
練習生のＭ下くんは後に焼き方の方にも回った。デビューした後の吉川選手も時々フロアにしていた。&lt;br /&gt;
男のバイトさんはタカヒロくんが一番長かったのかな？&lt;br /&gt;
彼の友人でもあったのが、伝説のバイト～イダテンＨ野くんだった。&lt;br /&gt;
格闘家を目指し？ジムに入会するも、不整脈が出て泣く泣く？脱会…いや退会&lt;br /&gt;
その後は越谷店のバイトをしていたが、とにかく面白かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
生ビールに氷を入れる暴挙は一番印象的だが、&lt;br /&gt;
車でやって来た石川さんが「オレ車だからウーロン茶な！」と注文すると、&lt;br /&gt;
「ハイ、わかりました！」と言ってナミナミとウーロンハイを運んできたこともあったっけ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いや、そもそも「ホッピーと生ビール」と注文を受けたのに、カウンターに行って「ウーロンハイと氷彩サワー」とか（違ったかな？）、ひとつもかすらないオーダーを取ったりした文字通り「伝説のバイト」だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、ただ１人、彼はこのブログに自分の事で載りたがっていたバイトだった。&lt;br /&gt;
ただ、面白すぎて話題にできなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今は無事に整体師の免許を取得したと聞いている。&lt;br /&gt;
彼の人生が順調である事を願ってやまない。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/totakeke302/60285786.html</link>
			<pubDate>Sun, 06 Sep 2009 01:17:01 +0900</pubDate>
			<category>飲食店</category>
		</item>
		<item>
			<title>石川屋に通った日々を振り返る④～あんなひと、こんなメニュー</title>
			<description>当時の石川屋は、フロアが石川さん、それから当時練習生だったM下くん。&lt;br /&gt;
（今、彼は総合格闘技の選手でDEEPというイベントを主戦場にしています。）&lt;br /&gt;
今は沖縄・石垣島で「なつや」というゲストハウス兼居酒屋を経営しながら、カイトボードの写真を撮ったりしている、写真家の遠藤さんのご夫婦や、やすぴん（ヤスオカくんじゃないよ）と呼ばれていたヤスハラさんとか、いろんなスタッフがいた。&lt;br /&gt;
そして、焼き方は現在、大袋店で活躍しているおっちぃさんがいた。&lt;br /&gt;
当然若かったので今よりずっと痩せていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
題名に従うと、当時の石川屋は「ワインと串焼きの店」だったので、&lt;br /&gt;
串焼きを食べながら、グラスワインを飲むと言う、今の自分では考えられない（苦笑）ことをしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
テーブル・チャージについた大根おろしとうずらの卵も好きだった。&lt;br /&gt;
生レモンサワー、赤ワイン、そしてこの店の定番となる氷彩サワー。&lt;br /&gt;
まだホッピーは出していなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
カウンターの奥に、ハク・ミチガミの大きなボトルが置かれてあったり、&lt;br /&gt;
店内のいたるところに、格闘技関係の写真が飾ってあった。&lt;br /&gt;
ガイ・メッツァーのサイン入りだったり、バス・ルッテンの写真があったり…。&lt;br /&gt;
当時の僕には、あまり馴染みのない格闘家たちではあったが、&lt;br /&gt;
店内のモニターで流されるスポーツチャンネルの映像も面白く、&lt;br /&gt;
ちょっとした隠れ家的なスポーツ・バーでも目指していたのかな？と思った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時、１週間に２回以上は必ず来ていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今のようにレバ串ばかり頼んでいたわけじゃない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つくね串は美味しかったし、当時の目玉だった石川焼（手羽元の串焼き）も好きだった。&lt;br /&gt;
その上、なぜか、ブルーシールアイスもメニューにあった。&lt;br /&gt;
知ってますか?沖縄のアイスクリーム。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
初めて家族をこの店につれて行った時、娘は紅芋のアイスに喜んでいたっけ。&lt;br /&gt;
あれから７年が過ぎ、娘もすっかり大きくなったけど、&lt;br /&gt;
彼女のお気に入りは、石川屋の「バラトマ串」です。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/totakeke302/60282036.html</link>
			<pubDate>Sat, 05 Sep 2009 07:44:04 +0900</pubDate>
			<category>飲食店</category>
		</item>
		</channel>
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