日本の民話・昔ばなし
[ リスト | 詳細 ]
|
昔、千年ほども遠い昔、摂津(せっつ)の国(くに)茨木(いばらき)の里の百姓家に、 一人の男の子が生まれた。 ところがこの子、父も母も普通の体(からだ)なのに、三つの子供と同じ位大きくて、 毛は肩までのび、歯まで生えそろっていたから、親はもちろん誰もがびっくらしよった。 しかも生まれるとすぐガサガサ這(は)い出したものだからなおさらのこっちゃ。 母はお産の無理がたたって間(ま)もなく息絶えてしもうた。 子供はぐんぐん大きゅうなって、十日も経たんうちに、もう歩き出しよった。 と思ったら、駆(か)けだし、目をギラギラさせて棒を持って振り回しよるのや。 なにしろ、歳はまだ一つにも充(み)たないのに、 芋(いも)をひと釜(かま)ぺロリたいらげるほどで、力があっても加減(かげん)を知らん。 隣近所(となりきんじょ)の子供達は腕(うで)を折るは、足を折るは。 父は怪我(けが)した子の家をあやまり歩くたんびに、 「ありゃぁ化け者(もん)じゃ」「鬼の子じゃぁ」言われて、つくづく考えた。 こんな逞(たくま)しいなら山の奥へ置いて来ても一人で生きて行けるかも知れん。 子は神さんの授(さず)かりものちゅうから、生きるか死ぬか、神さんにおまかせしよう」 そう思うて、あるとき、子供の手を引いて山へ連れて行った。 その山は、摂津の北から、奥は丹波(たんば)に続いている 老(おい)ノ坂(さか)山脈(さんみゃく)の真ん中あたりで、栗の木がたくさんあった。 「ここへ捨てたら奥は丹波や。もう絶対に家には帰ってこれんやろ」 そう思って子供に言うた。 「ほうら、あっち見てみい、大けぇ栗が山いっぱい生(な)っとるやろ。
うまい丹波栗や。好きなだけとってええ」
子供が夢中でとっているうちに、父はそっと逃げ出し、帰ってしまいよった。
遠い山奥にひとり残されてしもうた子供は、さすがに泣いたりわめいたりしとったが、どもならん。 帰る道もわからん。 腹も減ってくる。 栗や木の実、草の根を食って、夜は古木(ふるぎ)の洞(うろ)に入って寝とったが、 そのうち、石を投げて兎(うさぎ)や雉(きじ)をとって食うて、生きることを覚えた。 だから、いよいよ力がついて、もう猪(いのしし)にだって負けなかった。 「ウオ−」と、牙(きば)をむいて向って来たやつに、パッととび乗って、 上から拳固(げんこ)で叩(たた)き殺すのや。 東へ東へと伝(つた)わって行きよった。東の方には茨木の里がある。 そんなある日、池に映(うつ)る自分の姿を見てギクッとしょった。鬼そっくりなんや。 「ええっ、わしは鬼になってしもうたんか。そんな子が帰ったら、 お父(と)ったんどんなに困りよるやろ」 もう帰らないことにきめて、また、けものを獲(と)って過(すご)しているうちに、 いつしか三〇年が過ぎた。 一方、村では、今はすっかり年をとった父は病気になっとった。 寝たっきりで何時(いつ)死ぬかわからん身になって思うのは、 丹波の山へ捨てた子供のことばかり。 鬼のような大男やった。伏(ふ)せっとった父は目をまん丸うして見とったが、 やがて、その目から大粒の涙がポロポロ落ちよった。 大男は、父の額(ひたい)の濡(ぬ)れ手拭(てぬぐ)いを取り替える、 湯を沸かして身体をふいてやる、あれこれ看病(かんびょう)しよった。 父は安心して死んでいった。 大男は、あとのことを近所の人達に頼(たの)み、立ち去ろうとした。 すると近所の人達が、 「んじゃ、お前があのときの子やったんか、今はどこに住んどる」と聞きよると、こう言いよった。 誰もが羅生門の鬼と言うて怖(こわ)がっとるのは、わいのこったす」 人々が驚(おど)ろいて震(ふる)え上ったのもかまわず、大男は目をショボショボさせて、 「あとをよろしゅう頼(たの)んまっす」 そう言い、大頭をペコペコ下げて、闇(やみ)の中へ姿を消してしまったと。 |
|
?H2>『鳶不幸』とんびふこう
むかし、あるところに、とんびの親子がおったそうな。
親が、「山へ行け」と、言えば海へ行き、「海へ行け」と、言えば山へ行く。 「今日の食べ物はおいしい」と、言えば「まずい」と、言って、 いつもあべこべばかりしていたそうな。 そのうち、親とんびが、重い病(やまい)にかかって死にそうになった。 「はぁて、おらはもうじき死ぬ。死んだらば山に埋(う)めてもらいたいが、 あの子は何でもあべこべにする子だからなあ」 こう思った親とんびは、 子とんびをそばに呼んで、「おらが死んだら、海へ投げこんでおくれ」 と、ゆいごんして死んでいった。 さて、死なれてみて、はじめて親のありがたさが分(わか)るようになった子とんびは、 「ああ、おら、親が生きとるうちは、ぎゃくばかり言ってさんざんこまらせたなあ。 せめて、最後のたのみだけはきいてやろう」と、言って、言いつけどおり親を海へほうりこんだ。 ところが、親が、年がら年中海で水びたしになっているかと思うと、かなしくてたまらない。 子とんびは、泣き泣き暮らしているうちに、 「そうか、山の静かなところへ埋めて欲しかったんだ。きっとそうだ」と、ようやく気がついた。 「海が引いたら親を拾ってきて、今度は山へ埋めよう」 そう思ってな。 海の水早よ引け 早よ引け うみん ひいよひょう うみん ひいよひょう と、鳴きながら、今でも親を慕(した)って捜しまわっているのだそうな。 −鳶不幸解説−
このトンビの子は君ににていませんか。たいていの大人は、かつて子供だったころ、 親にさからった経験を持っています。 だかたこそ、いっそう印象ぶかく、全国各地で語られてきました。
お話の主人公には、トンビの他に、雨蛙、山鳩などがなっている話もたくさんあり、
それにしても、トンビのなき声を、「ウミンヒーヨヒョウ=海の水早よ引け」と、 聞いた昔の人は、なんとすてきな詩人の耳を持っていたことだろう。そう思いませんか。 http://www.fujipan.co.jp/minwa/tyubu_hokuriku/tyh_049/img_02.jpg |
|
むかし、ある冬の日のこと、ある村に一人の旅のお坊さんが托鉢(たくはつ)に来たそうな。 身(み)にまとっている衣(ころも)は、色が褪(さ)め、裾(すそ)は裂(さ)けて、そ れが寒風(さむかぜ)にはためいていたと。 お坊さんは、一軒(いっけん)の大きな家の玄関口に立って、 鐘(かね)を鳴らしてお経(きょう)を読みはじめた。 家の主人が出てみると、まるでみすぼらしい坊さんだ。 「ふん、乞食坊主(こじきぼうず)か、うちにはやるものは何もない。 読経御無用(どきょうごむよう)、お通りなさい」 と、木(き)で鼻(はな)をくくるように言うて、ピシャンと戸を閉めてしまったと。 お坊さんは、黙(だま)ってそこを立ち去ったと。 次の日、 同じ家の玄関口に、今度は錦襴(きんらん)の袈裟衣(けさごろも)を着た立派なお坊さんが立って、 鐘を鳴らしてお経を読みはじめたと。 家の主人が出てみると、今日は、どこの何様かと思うような立派なお坊さんが立っている。 主人をはじめ、家中の人達がありがたがって、 「どうぞ、うちへ上って下され」 「どうぞ、もっとお経を読んで下され」 と、口々に言うて、手もみするのだと。 袖を引かれるようにして座敷に上ったお坊さまの前に、皿へ山のように盛られた、
ボタ餅(もち)が出されたと。家の主人が、「どうぞ、召(め)し上(あが)って下され」 と言うたら、お坊さんはボタ餅を手にとって、キラキラ光る錦襴の衣(ころも)へ、 ベタベタとなすりつけたと。 家の人達があっけにとられているうちに、お坊さんは、取ってはなすり、 つかんではなすり、出されたボタ餅をみんな、立派な袈裟衣へなすりつけてしまったと。 家の主人が、やっと気をとりなおし、 「何をなさる、せっかくのボタ餅をもったいない。 その上、その立派なお衣を汚(よご)してしまうのは、まっと惜(お)しいこんじゃないか」 と、目を三角(さんかく)にして言うたと。 するとお坊さんは、 「昨日来たときは、何一つ寄進(きしん)されず邪見(じゃけん)に追い帰された。 昨日のわしも、今日のわしも、わしはわし。 違うているのは身にまとうている衣だけじゃ。 してみると、お前達は、このボタ餅をわしにくれたわけではあるまい。 わしの着ているこの衣にくれた事になる。 だから、ボタ餅はみんな、衣に食わせてやったこれでよかろう」 こう言うと、ひょうと立って、帰って行ったと。 お坊さんは、諸国(しょこく)を巡(めぐ)って歩いていた弘法大師様であったと。 それも それっきり。 |





