真昼野 三太でござります・・

仕事がきつくて・・・・・只今、71kgデス・・・

日本の民話・昔ばなし

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寝屋川の三毛猫

 昔、河内(かわち)の国の寝屋川(ねやがわ)の里に、おしん婆さんという、
 それはそれは猫(ねこ)好きのお婆さんがおったと。
 はじめは二、三匹だった猫がたちまち十何匹にもふえたが、捨てようともしない。
 それぞれ名前をつけて、まるで我子(わがこ)のように可愛(かわい)がっておった。
 
 ところで、このあたりでは、猫を飼(か)うのには年(ねん)をきらねばならんちゅう
 習慣(ならわし)があって、三年目三年目に一度捨てたことにして、
 あらためて飼うことにしておった。
 
 おしん婆さんは、ミケと名を付けている三毛猫(みけねこ)を一度外へ連れて行き、
 また抱いて帰って育てていた。
 そうしないと、尾の先が割れて、化け猫になると言われていたからや。
  http://www.fujipan.co.jp/minwa/kinki/kn_008/img_01.jpg

 そのうちにまた三年目が来た。同じことをくり返してまた三年。三回もやると、九年。
 おしん婆さんはその雌(めす)の三毛猫がたいへんかわゆうて、
 「ミケや、これで三年三度、三三九度(さんさんくど)。
 おめでたいこっちゃ。赤飯(おこわ)をたいて年を切ったるさかいに、たんと食べるのえ」
 ちゅうて、赤飯を蒸(ふ)かせてミケに食わせた。
 ミケはうまそうに食い終わると、かってにトコトコ外へ出て行きよった。
 そしてそれっきり戻って来なかった。
 
 おしん婆さんは、家のまわり、心当りをたずねてまわったが、ミケの姿(すがた)はどこにも見えん。
 そのうち他の猫に気をとられて、つい忘れるともなく忘れてしまった。
 
 何年か経(た)ったある年、おしん婆さんは大阪の町へ用事で出掛けることになった。
 ところが、道のどこをどう間違えたのか生駒(いこま)の山へ迷い込んでしまった。
 早や、日は暮れて、山の中は先も分からん真っ暗闇(やみ)。
 「えらいこっちゃ。どこか泊(とま)る小屋でもないやろか」
つくづく困って周囲(あたり)を見回(みまわ)していると、遠くに灯(あかり)が小さく見えた。
 「やれよかった。あすこで泊めてもらおう」行くとそこは一軒屋(いっけんや)で、
 きれいな女が出て来て、
 「それはそれは難(なん)ぎなことですねぇ。こんなところでもよかったらどうぞ」
 と招(しょう)じ入れてくれ、更(さら)に、
 「大層(たいそう)お疲れの様子(ようす)。お風呂(ふろ)が沸(わ)いておりますから、
 暖(あたた)まってからお休みなされ」と、下へも置かぬもてなし振りだった。

 風呂に入ると別の女が湯かげんを見に来た。
 そして、ふと、おしん婆さんを見てびっくりしたように言うた。
 「あれれ、これはなつかしい。おしん婆さんやありまへんか。
 わたしは元お婆さんの家に飼われていた三毛猫のミケでございます」「えっ、ミケやって」
 お婆さんは、何年か前行方不明になったミケのことを思い出して、おもわず大きな声を出した。
 するとその女は、シイッとお婆さんの口をふさぐようにこう言うた。
 「お婆さん、この家は猫の家で、山に迷った人を泊めて食ってしまう所ですえ。
 猫は飼われる年が切れて捨てられると、みんなこの山へ来て女に化けるのですえ」
 おしん婆さんはびっくりした。
「さあ、はようお逃げなされ。このふもとまで下りると、ほんまの人間の宿がおますさかいに」
 と言って、おしん婆さんを案内(あんない)して、その宿へ連れて行ってくれたと。
 
 ミケは九年も飼ってくれたので、これで本当の年が切れたものと思い、
 自分から山に入っていたのやったと。

茨木童子


 昔、千年ほども遠い昔、摂津(せっつ)の国(くに)茨木(いばらき)の里の百姓家に、
 一人の男の子が生まれた。
 ところがこの子、父も母も普通の体(からだ)なのに、三つの子供と同じ位大きくて、
 毛は肩までのび、歯まで生えそろっていたから、親はもちろん誰もがびっくらしよった。
 しかも生まれるとすぐガサガサ這(は)い出したものだからなおさらのこっちゃ。
 母はお産の無理がたたって間(ま)もなく息絶えてしもうた。
 子供はぐんぐん大きゅうなって、十日も経たんうちに、もう歩き出しよった。
 と思ったら、駆(か)けだし、目をギラギラさせて棒を持って振り回しよるのや。

 なにしろ、歳はまだ一つにも充(み)たないのに、
 芋(いも)をひと釜(かま)ぺロリたいらげるほどで、力があっても加減(かげん)を知らん。
 隣近所(となりきんじょ)の子供達は腕(うで)を折るは、足を折るは。
 父は怪我(けが)した子の家をあやまり歩くたんびに、
 「ありゃぁ化け者(もん)じゃ」「鬼の子じゃぁ」言われて、つくづく考えた。

 「えらいこっちゃ。これじゃあと二、三年もしたらどんなことになるか。
 こんな逞(たくま)しいなら山の奥へ置いて来ても一人で生きて行けるかも知れん。
 子は神さんの授(さず)かりものちゅうから、生きるか死ぬか、神さんにおまかせしよう」
 そう思うて、あるとき、子供の手を引いて山へ連れて行った。
 その山は、摂津の北から、奥は丹波(たんば)に続いている
 老(おい)ノ坂(さか)山脈(さんみゃく)の真ん中あたりで、栗の木がたくさんあった。
 「ここへ捨てたら奥は丹波や。もう絶対に家には帰ってこれんやろ」 そう思って子供に言うた。

 「ほうら、あっち見てみい、大けぇ栗が山いっぱい生(な)っとるやろ。
 うまい丹波栗や。好きなだけとってええ」
子供が夢中でとっているうちに、父はそっと逃げ出し、帰ってしまいよった。
 
 遠い山奥にひとり残されてしもうた子供は、さすがに泣いたりわめいたりしとったが、どもならん。
 帰る道もわからん。
 腹も減ってくる。
 栗や木の実、草の根を食って、夜は古木(ふるぎ)の洞(うろ)に入って寝とったが、
 そのうち、石を投げて兎(うさぎ)や雉(きじ)をとって食うて、生きることを覚えた。
 だから、いよいよ力がついて、もう猪(いのしし)にだって負けなかった。
 「ウオ−」と、牙(きば)をむいて向って来たやつに、パッととび乗って、
 上から拳固(げんこ)で叩(たた)き殺すのや。

 そんなにして生きながら、子供はたったひとりでやまの尾根(おね)を、
 東へ東へと伝(つた)わって行きよった。東の方には茨木の里がある。
 
 そんなある日、池に映(うつ)る自分の姿を見てギクッとしょった。鬼そっくりなんや。
 「ええっ、わしは鬼になってしもうたんか。そんな子が帰ったら、
 お父(と)ったんどんなに困りよるやろ」
 もう帰らないことにきめて、また、けものを獲(と)って過(すご)しているうちに、
 いつしか三〇年が過ぎた。
 
 一方、村では、今はすっかり年をとった父は病気になっとった。
 寝たっきりで何時(いつ)死ぬかわからん身になって思うのは、
 丹波の山へ捨てた子供のことばかり。

 そんなある晩、戸をドンドン、ドンドンと叩(たた)いて、ガラリと開けて入って来たものがいる。
 鬼のような大男やった。伏(ふ)せっとった父は目をまん丸うして見とったが、
 やがて、その目から大粒の涙がポロポロ落ちよった。
 
 大男は、父の額(ひたい)の濡(ぬ)れ手拭(てぬぐ)いを取り替える、
 湯を沸かして身体をふいてやる、あれこれ看病(かんびょう)しよった。
 
 父は安心して死んでいった。
 
 大男は、あとのことを近所の人達に頼(たの)み、立ち去ろうとした。
 すると近所の人達が、
 「んじゃ、お前があのときの子やったんか、今はどこに住んどる」と聞きよると、こう言いよった。

 「わいは、このごろ京の都の東寺(とうじ)の羅生門(らしょうもん)に住んどります。
 誰もが羅生門の鬼と言うて怖(こわ)がっとるのは、わいのこったす」
 人々が驚(おど)ろいて震(ふる)え上ったのもかまわず、大男は目をショボショボさせて、
 「あとをよろしゅう頼(たの)んまっす」
 そう言い、大頭をペコペコ下げて、闇(やみ)の中へ姿を消してしまったと。

http://www.fujipan.co.jp/minwa/kinki/kn_009/img_02.jpg

千葉県の民話

 ?H2>『船幽霊』
むかし、ある年のお盆の夜のこと。ある浜辺から、一隻(いっせき)の船が
 漁(りょう)に出掛けて行 った。
 その晩は、風も静かで、空にも海にも星が輝き、
 まるで、池みたいな凪(なぎ)じゃったそうな。
 沖へ出て手繰(たぐ)り網(あみ)を流すとな、沢山(たくさん)の魚が掛かってくるんだと。
「『盆暮に船を出しちゃあいけねえ』なんて、誰が言い出したんだ!
 そんなこたぁねぇ、見ろ、この大漁(たいりょう)をよお」「そうじゃあ、そうじゃあ」
 はじめは恐(おそ)る恐るだった漁師達も、
 いつにない大漁に気が大きくなって、夢中で網を手繰っていた。
 だから、いつの間にか星が消え、あたりにどんよりした空気が漂(ただよ)ってきたのを、
 誰も気付かなかった。  

 突然、強い風が吹いた。
 海はまたたくまに大荒れになった。
 山のような三角波(さんかくなみ)がおそって来て、
 船は、まるで木(こ)っ葉(ぱ)のように揺(ゆ)れた。
 漁師達は、流していた網を切り、死にもの狂いで船を操作(そうさ)した。
 それは、漁師達と海との戦いじゃった。
 どれくらい経ったろうか。
 先程(さきほど)まで荒れ狂った海が嘘(うそ)のように治(おさ)まり、
 漁師達が疲れきった身体(からだ)を横たえている時だった。
 朽(く)ちかけた大きな船が、音もなく近寄って来た。
 そしてその船から、人影(ひとかげ)もないのに、
 「お―い、あかとりを貸してくれぇ。あかとりを貸せぇ」
 と、何とも言えない不気味(ぶきみ)な声が聞こえてくるんだと。
 
 ”あかとり”と言うのは、船底(ふなぞこ)の水を汲(く)み取るひ杓(しゃく)のことだが、
 あまりの怖(おそ)ろしさに、唯(ただ)もう逃げたい一心(いっしん)で投げてやった。
 
 すると、その”あかとり”で、漁師達の船の中に水をどんどん汲み入れてくる。
「しまった。これぁ船幽霊(ふなゆうれい)だ。見るんじゃねぇ、早く逃げろ」
 漁師達の船は水浸(みずびた)しになりながら、それでもかろうじて浜へ帰って来た時には、
 魂(たましい)の抜(ぬ)け殻(がら)みたいじゃったそうな。
 このことは、漁師仲間に一遍(いっぺん)に伝わった。
 それからと言うもの、お盆の日には、決して漁に出るものが無くなったそうな。

 http://www.fujipan.co.jp/minwa/kantou/k_017/img_02.jpg

 こんでちょっきり、ひとむかし。

静岡県の民話

 ?H2>『鳶不幸』とんびふこう

むかし、あるところに、とんびの親子がおったそうな。
 子とんびはヘソ曲りの子であったと。
  親が、「山へ行け」と、言えば海へ行き、「海へ行け」と、言えば山へ行く。
 「今日の食べ物はおいしい」と、言えば「まずい」と、言って、
 いつもあべこべばかりしていたそうな。
 
 そのうち、親とんびが、重い病(やまい)にかかって死にそうになった。
 「はぁて、おらはもうじき死ぬ。死んだらば山に埋(う)めてもらいたいが、
 あの子は何でもあべこべにする子だからなあ」 こう思った親とんびは、
 子とんびをそばに呼んで、「おらが死んだら、海へ投げこんでおくれ」

 と、ゆいごんして死んでいった。
 
 さて、死なれてみて、はじめて親のありがたさが分(わか)るようになった子とんびは、
 「ああ、おら、親が生きとるうちは、ぎゃくばかり言ってさんざんこまらせたなあ。
 せめて、最後のたのみだけはきいてやろう」と、言って、言いつけどおり親を海へほうりこんだ。
 
 ところが、親が、年がら年中海で水びたしになっているかと思うと、かなしくてたまらない。
 子とんびは、泣き泣き暮らしているうちに、
 「そうか、山の静かなところへ埋めて欲しかったんだ。きっとそうだ」と、ようやく気がついた。
 「海が引いたら親を拾ってきて、今度は山へ埋めよう」 そう思ってな。
  海の水早よ引け
  早よ引け
  うみん ひいよひょう
  うみん ひいよひょう
 と、鳴きながら、今でも親を慕(した)って捜しまわっているのだそうな。

 −鳶不幸解説−
 このトンビの子は君ににていませんか。たいていの大人は、かつて子供だったころ、
 親にさからった経験を持っています。
 だかたこそ、いっそう印象ぶかく、全国各地で語られてきました。

お話の主人公には、トンビの他に、雨蛙、山鳩などがなっている話もたくさんあり、
 いずれも天候の変化にかかわりがある話になっています。
 それにしても、トンビのなき声を、「ウミンヒーヨヒョウ=海の水早よ引け」と、
 聞いた昔の人は、なんとすてきな詩人の耳を持っていたことだろう。そう思いませんか。
 http://www.fujipan.co.jp/minwa/tyubu_hokuriku/tyh_049/img_02.jpg

山梨県の民話

 ?H2>『弘法様の衣』

 むかし、ある冬の日のこと、ある村に一人の旅のお坊さんが托鉢(たくはつ)に来たそうな。
 身(み)にまとっている衣(ころも)は、色が褪(さ)め、裾(すそ)は裂(さ)けて、そ
 れが寒風(さむかぜ)にはためいていたと。
 
 お坊さんは、一軒(いっけん)の大きな家の玄関口に立って、
 鐘(かね)を鳴らしてお経(きょう)を読みはじめた。
 家の主人が出てみると、まるでみすぼらしい坊さんだ。
 「ふん、乞食坊主(こじきぼうず)か、うちにはやるものは何もない。
 読経御無用(どきょうごむよう)、お通りなさい」
 と、木(き)で鼻(はな)をくくるように言うて、ピシャンと戸を閉めてしまったと。
 お坊さんは、黙(だま)ってそこを立ち去ったと。

 次の日、
 同じ家の玄関口に、今度は錦襴(きんらん)の袈裟衣(けさごろも)を着た立派なお坊さんが立って、 鐘を鳴らしてお経を読みはじめたと。
 家の主人が出てみると、今日は、どこの何様かと思うような立派なお坊さんが立っている。
 主人をはじめ、家中の人達がありがたがって、
 「どうぞ、うちへ上って下され」 「どうぞ、もっとお経を読んで下され」
 と、口々に言うて、手もみするのだと。

 袖を引かれるようにして座敷に上ったお坊さまの前に、皿へ山のように盛られた、
 ボタ餅(もち)が出されたと。家の主人が、「どうぞ、召(め)し上(あが)って下され」
 と言うたら、お坊さんはボタ餅を手にとって、キラキラ光る錦襴の衣(ころも)へ、
 ベタベタとなすりつけたと。
 
 家の人達があっけにとられているうちに、お坊さんは、取ってはなすり、
 つかんではなすり、出されたボタ餅をみんな、立派な袈裟衣へなすりつけてしまったと。
 家の主人が、やっと気をとりなおし、
 「何をなさる、せっかくのボタ餅をもったいない。
 その上、その立派なお衣を汚(よご)してしまうのは、まっと惜(お)しいこんじゃないか」
 と、目を三角(さんかく)にして言うたと。
 するとお坊さんは、
 「昨日来たときは、何一つ寄進(きしん)されず邪見(じゃけん)に追い帰された。
 昨日のわしも、今日のわしも、わしはわし。 違うているのは身にまとうている衣だけじゃ。
 してみると、お前達は、このボタ餅をわしにくれたわけではあるまい。
 わしの着ているこの衣にくれた事になる。
 だから、ボタ餅はみんな、衣に食わせてやったこれでよかろう」
 こう言うと、ひょうと立って、帰って行ったと。
 お坊さんは、諸国(しょこく)を巡(めぐ)って歩いていた弘法大師様であったと。
  それも それっきり。

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