真昼野 三太でござります・・

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お城

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名神高速を走っていると、彦根インター近くで琵琶湖側に小高い山が見えます。
この山の上に、小さく見えるのが彦根城です。

徳川家譜代の井伊氏三十五万石の居城である彦根城、17世紀初頭の城郭建築最盛期の遺産であり、
城主の居鰭部分も含め城郭の全体像が良好に保存されています。

築城以来5回目の大改修が平成8年に完了、天守の屋根瓦の吹き替えと白壁の塗り替えが中心に行われ、現代に美しく蘇っています。
彦根城の天守は国宝に指定され、そのまわりは特別史跡に指定されています。

天守が残っている城は、弘前城、松本城、犬山城、丸岡城、彦根城、姫路城、備中松山城、松江城、
丸亀城、松山城、宇和島城、高知城の12城で、松本城、犬山城、彦根城、姫路城の4城の天守は
国宝に指定されています。

彦根城も明治政府の廃城令によって廃城の危機にさらされましたが、
明治11年、北陸巡幸中の明治天皇に「取り壊し中止」の奏上があり、
保存の大命が下され取り壊しを免れたようです。

姫路城よりは規模は小さいものの、二重の壕や石垣、城壁、周辺の自然が美しい天守と調和し、
落ち着いた雰囲気がありました。
こうした歴史的遺産に触れると、なんとはなしに日本人としての誇りやふる里を
取りもどせるように感じられました。

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 姫路城の天守閣群、左から乾(いぬい)小天守、西小天守、大天守です。
 もう一つの小天守・東小天守は大天守の裏側にあります。
 大天守の北西の方角にある乾小天守は、敗北につながる「北」という文字を使わず
 「乾」という文字を使ったと伝えられています(乾というのは北西の方角のこと)。
 それぞれ屋根の先端部には魔よけの鯱(しゃちほこ)が付けられています。

 小規模な砦クラスから、大天守を持つ城まで。
 日本には数多くの城が存在し、そして消えていきました。
 今でも壮大な姿を見せる城から、往時を偲ばせる物は殆ど無くなってしまった城跡まで、
 沢山の城を写真と文で御紹介! 

 ◎ 五稜郭 ごりょうかく

 わが国最初の洋式城郭。五つの稜が星形に突き出ているため五稜郭の名がある。
 幕府が北方防備のために弁天砲台(函館どっく付近)とともに1857(安政4)年から
 7年がかりで、フランスの要塞を参考に蘭学者武田斐三郎の設計で築城。
 戊辰戦争時、榎本武揚率いる蝦夷共和国と明治新政府の激戦である箱館戦争の部隊となり、
 榎本らは敗北。
 五稜郭にあった奉行所は明治5年に取り壊し、現存しているのは兵糧庫と井戸のみである。
 なお、星形の要塞としては長野県にある龍岡城も名高い。

 http://www.uraken.net/museum/castle/shiro12.jpg
http://www.uraken.net/museum/castle/shiro12a.jpg
(写真:佐都青木・大黒屋介左衛門 本文:裏辺金好)

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