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マタイによる福音書 9章 27〜38節
イエスがそこからお出かけになると、二人の盲人が叫んで、
「ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください」
と言いながらついて来た。
イエスが家に入ると、盲人たちがそばに寄って来たので、
「わたしにできると信じるのか」と言われた。
二人は、「はい、主よ」と言った。
そこで、イエスが二人の目に触り、
「あなたがたの信じているとおりになるように」
と言われると、二人は目が見えるようになった。
イエスは、「このことは、だれにも知らせてはいけない」
と彼らに厳しくお命じになった。
しかし、二人は外へ出ると、
その地方一帯にイエスのことを言い広めた。
二人が出て行くと、悪霊に取りつかれて口の利けない人が、
イエスのところに連れられて来た。
悪霊が追い出されると、口の利けない人がものを言い始めたので、
群衆は驚嘆し、
「こんなことは、今までイスラエルで起こったためしがない」と言った。
しかし、ファリサイ派の人々は、
「あの男は悪霊の頭の力で悪霊を追い出している」と言った。
イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、
御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた。
また、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、
打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。
そこで、弟子たちに言われた。
「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を
送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」
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祈ること、信じることの大切さを実感できます。
決して超魔術的な力を期待したりするのではなく
己の信仰を素直に正直に信用することの尊さを理解させてくれます。
聖書は本当に色褪せる事の無い永遠の真理が記されたものですね。
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日本では宗教って毛嫌いされる傾向がありますよね。私は母から「宗教だけは関わってはダメ!」と教育されたので、宗教にはアレルギーがありました。今は、欧米に住むようになって宗教を持っていないというほうが驚かれる場合のほうが多くなりました。仏教でも、キリスト教でも、役に立つものは吸収したいなと、このごろ考えるようになりました。知り合いからプレゼントされた聖書、読んでみようかな・・
2006/9/23(土) 午後 3:06
昨日、プラド美術館展を観に行きました。たくさんの聖なる絵画を観て感動し、帰宅して「世界遺産」の番組でキリストの墳墓を初めて内部までカメラで撮影したのを見てしまい、キリストが貼り付けにされたゴルゴダの丘があった場所などキリストと縁の深い場所を見ることができました。
2006/9/24(日) 午後 5:52