|
何か願いがある時の、とっさの心の使い方として、、 『お願い、○○になりますように』という心の使い方をしてしまうことが多いと思います。 それは、完全に間違いです。 『お願い』するのではなく、 『そうなる』と心に決めるだけなのです。 『思考の根底にある、根本的な考えや思いや思い描くことが現実化する』のです。 『○○をお願い!』 という状態は 現状の自分の今が 『○○が無い』 『○○に到ってない』から、 そう思うのですから、 『○○を叶えたい』 『○○を手にいれたい』 と思うと、 『○○が叶っていない』 『○○が手に入ってない』 という、 この到っていないという状態に フォーカスが当たるから 『今、叶っていない』 『今、手に入ってない』 と言う現実が叶うのです。 しかも、お願いする行為は、 誰か対象となる存在にお願いするという行為です。 この誰かとは、一体誰でしょうか? 神様?仏様?宇宙人? 何かわからない存在にお願いする行為のような他力本願ではなく、しっかりと、自分で創るのです。 自分の現実は、自分自身で創るものなのです。 きっと神様はいるのでしょう。 存在していると思います。 しかし、神様は我々のお願いをいちいちひとつひとつ聞いてはくれないです。 なぜなら、我々一人一人が神様はの分身なのですから。 だから、自分の現実は、自分で創るのです。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2014年03月30日
全1ページ
[1]
|
これは、 『何となくの閃き』や『思考からくる認知じゃなく、頭頂部から入ってくる知覚』『肌感覚、触覚のようなものから来る未来への実感』みたいなものと考えます。 ○○した方が良い、とか 逆に、○○しない方が良い とか また、 初めて会う人で、瞬時に気の合う人だ、気の合わない人だ、好きにはなれない、好きになれる人だ、とか これは、買った方がよい、とか、これは、食べない方がよい、とか 訳はないけど直感的に感じるそれらの判断・感覚ってありますよね。 これは以外に大事なことなんです。敏感に瞬時に良し悪しを掴む事が出来れば、それに対応する作戦も考えられますからね・・・ そういう感覚を無視しないことです。 訓練も大切です。 習慣的に養うことも大事なこと。 常に自分の身に起こる現実を敏感に見つめ、分析するのです。 話は変わりますが、対人関係で良い人ばかり集まるなと思える時は自分の考え、思考、思っていることが良い状態の時です。 周りに冷たく、陰湿で、性格の悪い人嫌な人ばかりに囲まれていると思う時は自分の思考がそういうネガティブな時なのです。 なぜなら、類は類を呼ぶのです。 そこに結果があるのは、それには、必ず原因があるのです。 悪いことや望まない現実があるのは、悪い思考、ネガティブでマイナスな思考を自分がした結果だから。 類は類を呼ぶのです。 |
全1ページ
[1]



