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ヤコブの手紙 / 1章 2〜20節
わたしの兄弟たちよ。あなたがたが、いろいろな試錬に会った場合、
それをむしろ非常に喜ばしいことと思いなさい。
あなたがたの知っているとおり、信仰がためされることによって、
忍耐が生み出されるからである。
だから、なんら欠点のない、完全な、でき上がった人となるように、
その忍耐力を十分に働かせるがよい。
あなたがたのうち、知恵に不足している者があれば、
その人は、とがめもせずに惜しみなくすべての人に与える神に、
願い求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。
ただ、疑わないで、信仰をもって願い求めなさい。
疑う人は、風の吹くままに揺れ動く海の波に似ている。
そういう人は、主から何かをいただけるもののように思うべきではない。
そんな人間は、二心の者であって、そのすべての行動に安定がない。
低い身分の兄弟は、自分が高くされたことを喜びなさい。
また、富んでいる者は、自分が低くされたことを喜ぶがよい。
富んでいる者は、草花のように過ぎ去るからである。
たとえば、太陽が上って熱風をおくると、草を枯らす。
そしてその花は落ち、その美しい姿は消えうせてしまう。
それと同じように、富んでいる者も、
その一生の旅なかばで没落するであろう。
試錬を耐え忍ぶ人は、さいわいである。
それを忍びとおしたなら、神を愛する者たちに約束された
いのちの冠を受けるであろう。
だれでも誘惑に会う場合、「この誘惑は、神からきたものだ」
と言ってはならない。神は悪の誘惑に陥るようなかたではなく、
また自ら進んで人を誘惑することもなさらない。
人が誘惑に陥るのは、それぞれ、欲に引かれ、
さそわれるからである。
欲がはらんで罪を生み、罪が熟して死を生み出す。
愛する兄弟たちよ。思い違いをしてはいけない。
あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、
上から、光の父から下って来る。
父には、変化とか回転の影とかいうものはない。
父は、わたしたちを、いわば被造物の初穂とするために、
真理の言葉によって御旨のままに、生み出して下さったのである。
愛する兄弟たちよ。このことを知っておきなさい。
人はすべて、聞くに早く、語るにおそく、
怒るにおそくあるべきである。
人の怒りは、神の義を全うするものではないからである。
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