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11月10日(金)
奥さんは
俳句の会で堺市まで吟行に出かけた
私は
時間がたっぷりあるので
遠出をしてみようと考えた
行く先は明日香村
ブログを始めた頃は
今は
体力と時間の関係で
あまり行かなくなっていた
住宅地のゴミ収集掃除当番の役割をこなした後
おもむろに明日香に向かった
途中の桜紅葉の名所(?)
私の
お馴染みの休憩所
この辺りまでは良く来るところ
これから先は
たまにしか通らないところ
飛鳥川沿いの桜並木を通る
上流でも台風の爪痕があった
いよいよ
明日香村に入る
草に覆われた住宅
推古天皇の「小墾田宮(おはりだのみや)跡」
と目されるところ
<背景の山は「畝傍山>
ブログを始めた頃
「飛鳥の宮跡を訪ねて」シリーズを書いた
そのとき調べたら
推古天皇の宮は数か所の候補があり
特定できていないとのことだった
茅葺屋根の大邸宅
およそ10年前に来た折は
屋根の吹き替え作業中だった
大好きな「明日香の滝(私の命名)」
近くにカワセミの姿があったが
ゆっくりとは撮らせてくれなかった
そこは
甘樫丘だった
甘樫丘は標高145メートル
何度か登ったことがある
最初は
東側斜面からの階段
そのときは途中で一度の休憩をし
残りを一気に上り詰めたが
到着したときはへなへなになっていた
次は
東側中央のスロープの道
そこは南の展望台に通じる道なので
絶景の北の展望台までは尾根を縦走する必要がある
従ってこの日は
北側のスロープの道から一気に展望台を目指した
スロープは案外厳しかった
つづら折り状に登ってゆくが
ワンコーナーごとに足の付け根が痛み立ち止まる始末
自転車で小一時間走り続けてきた疲れがあったからか?
とにかく
展望台に辿り着いた
ここからの眺めは抜群
大和三山が一望できる
180度パノラマで撮っておこう
下りは楽だった
その後は
ハンドルの向くまま進んだ
いつの間にか
「伝飛鳥板葺の宮跡」に到着
「伝」とは
「伝説としてこの場所にあった」と言われるもの
史跡として確認できたわけではない
ここは
大化の改新が行われるきっかけとなった場所
即ち
中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を殺害した宮殿跡
刎ねられた首は
数百メートルも離れた飛鳥寺まで飛んだとか
入鹿の首塚
村落の中を通っていると
黒いポストが目についた
明日香村郵便局の計らいで
実用に供されているとか
そろそろ昼食の時間
コンビニを探したがなかなか見当たらない
いつの間にか
行く気はなかった石舞台まで来てしまった
石舞台を後にして
坂道を下った辺りに「橘寺」が見える
申し訳程度にシャッターを切って帰途に向かう
甘樫丘の南詰交差点が
T字路だったのが十字型になっていた
通り過ぎてから前方の眺めを楽しむ
次におもむろに振り返って観ると
なんと
コンビニがあるではないか!
急ぎ駆け込んで
昼食用のパンとコーヒーを買い
甘樫丘の山すそに腰を下ろして昼食
元気が出たので帰途に就く
駐車場の銀杏の絨毯が見事だった
明日香村に似つかわない植物を沢山植えている
何ができるのだろうか?
休憩場所に居ると
モズがやってきた
皇帝ダリヤが咲き出していた
この日の走行距離は
およそ30キロだった
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奈良の田舎風景
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ナイス👊😃💕
お疲れ様
石舞台が良いですね。
奈良は広いですね。
紅葉も素敵なのでトラバします( ・∀・)っ旦
2017/11/11(土) 午後 3:38
> たけのこさん
目的地は甘樫丘の眺めでしたが
時間があったので彷徨いました。
トラバ嬉しいです!
2017/11/11(土) 午後 4:33
>内緒さん
違いが判りませぬ・・・
2017/11/11(土) 午後 4:36
石舞台は、古墳の石室として有名ですね。
そう言えば、観ていないです。またいつか☆彡
歴史的な事情はどんどん状況が変わりますが、石舞台は蘇我馬子のお墓で確定でしょうか?
蘇我稲目という説も出てきてましょうか?
2018/3/31(土) 午前 8:18
> CF-Bioさん
蘇我馬子が有力視されてはいますが確定ではありません。
飛鳥時代の遺跡のほとんどは「比定」が多いです。
私の最大の関心事は「推古天皇の宮」の在り処が3か所もあるのでそのすべてを訪れてみましたが「確証」は得られませんでした。
2018/3/31(土) 午前 11:23