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「完全である事自体が、不完全なのだ」
以前にも掲載した人物なんですが、 これは、20世紀を代表するピアニストウラディミール・ホロヴィッツという方の言葉です。
本当の完全とは、完全の向こう側にあるものなんですね。
次元はずいぶん違うかもしれませんが、
わたし達関西人が愛してやまない「やすきよ」の漫才がそうだったと聞きました。
西川きよしさんが
「百回練習したら、よう頑張ってるな面白いわ…って言われる。
そやけど、二百回練習したら、あんたらステージの上で冗談ばっかり言うて、
お金もらえるってええな…って言われるようになる」
とおっしゃったそうです。
つまり、二百回練習すると、あたかも舞台の袖で今考えたかのような、
不完全だけれども、リアルな人間味のある漫才に聞こえたそうなんです。
「完全である事自体が、不完全なのだ」
って言葉は、人間にも言えることなんでしょうね。
完璧の向こう側に居る人間っていうのは、どこかとぼけていて、優しい人なんでしょうね。
富士山登頂2012年12月21日開始 第20日目は1回上り下りで20m 計500m達成。
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西浦さん、こんばんは
人間、仕事でも趣味でも…家庭生活でも、目指すところは完璧なものだと思います
実際のところ、多分辿り着くのは困難…というより無理だとは思いますが、一歩でも近づくことは可能だと思います
ただ、全てがOJTで、失敗や間違いを繰り返しながら、自分の理想に近づいていくんですね
ただ、何回誕生日を迎えても、何回同じことを繰り返しても失敗は無くなりませんが、それでいいと思います
全てが完璧になり、目標が無くなることこそ怖いことだとおもいますからね(^-^)
2013/1/11(金) 午前 1:39 [ ジェイクルパパ ]
やすきよ漫才は今見ても、ホントに面白いですよね!

この言葉がそれを物語っています
極めることはそれまでの道程如何で決まるものなのでしょう
2013/1/11(金) 午前 8:29
ジェイクルパパさん、ありがとうございます。
おっしゃるようにどんな人間であろうとも、
生きている限りは、自分の中の完璧を目指していますよね。
全てが完璧になり、目標が無くなること…、
これは、反対なことを言うようですが、
死というものが、なくなってしまうことと通じるんじゃないかって、
思うんです。
死というものが無くなれば、人間はどこまでも
何かを追いかけなくてはなりません。
そう考えると、人は最後に詩という完璧を手に入れるのかもしれませんね。
2013/1/11(金) 午後 11:58 [ touchup1954 ]
サチさん、ありがとうございます。
極めることはそれまでの道程如何で…。
そうですよね、やってきたことがすべて出るんですよね。
それは、とっても怖いことで、
頑張ってきた人にとっては心の支えになっていますよね。
やはり何かをやり遂げた人っていうのは、
いい言葉を残されますね。
2013/1/12(土) 午前 0:02 [ touchup1954 ]
やっさん!懐かしいですね。やはり関西の人にとっては特別なんでしょうね。やっさんは!
じゃかましい!あほ!おのれ!このがき!メガネ、メガネと、まあおもろいことおもろいころ!
何せ酒のんで漫才してた?感じでしたから!
自分なんか笑いが止まらなくてこのまま死ぬのか!と思うこと何回か思いましたから!
自分もよくやっさんのものまねやりましたから!関東の人はそんなにやっさんおもしろいのか?という感じでしたけど。
2013/1/13(日) 午後 8:33 [ toki1990 ]
toki1990さん、ありがとうございます。
面白かったですね。
もうあんな漫才は聞けないでしょうね。
ある意味天才でしたね。
わたしも笑い転げていたことを覚えています。
2013/1/14(月) 午前 0:29 [ touchup1954 ]