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北海道で子供たちに野球を指導なさっている監督が、
毎日記事にしておられる、著名な方が書かれた感動する文章があります。
今日ご紹介するのはその一つです。
こうの史代 (わたしは存じあげなかったんですが) と仰る方が
『この世界の片隅で』で書かれた、一節だそうです。
「生きとろうが死んどろうが もう会えん人が居って
ものがあって うちしか持っとらんそれの記憶がある
うちはその記憶の器として この世界に在り続けるしかないんですよね」 これには感動してしまいました。
こうの史代という方は、漫画家なんですが、
多分これは、その主人公が言ったセリフだと思います。(わたしはまだこの作品を読んでいません)
わたしの解釈はこうです。(読まない内からこんなことを書くと怒られるかもしれませんが……)
自分の目は、自分にしか映せない映画のカメラのレンズ。
そして、その映画は、決して誰も見ることが出来ない。 もし居たにしても、アングルも音響も必ず違ってる。 生まれて来た人の数だけの映画が、日々生まれている。
その上映をみんなが待っている。 しかし、それは撮ったカメラマンその人が、記憶の中から
かいつまんで、みんなに話すしか伝える方法はない。
わたしたちは、世界中の歴史を記憶する大きな人間ハードディスクである。
その記憶の一つ一つが、世界を作り、歴史を創り、子孫の繁栄を願っている。
だから、生まれてきて意味のない人間なんていない。 書いているうちに、何か壮大なものになってしまいましたが、
この文章を拝見して、わたしの中の長い間の謎がひとつとけたんです。 |

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