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私が高校生のとき、同級生が死んだ。
もちろん殺されたわけではない。
交通事故。
バイクに乗ってトラックの後ろに突っ込み、脳挫傷で即死だった。
事故の前日、私は彼とセックス・ピストルズの話で盛り上がり、LPを借りる約束をしていた。
「ピストルズ、最高だぜ。あいつら馬鹿だし(笑)」
「レコード貸してよ、ダビングするから」
「それじゃ、明日持ってくるよ」
「サンキュー」
以上。
良く覚えている。
次の日になると、彼は学校に来なかった。
昼過ぎになって、教師が私に事情を話した。
たぶん、一番仲が良かったから。
それほど友人が多くはなかった奴だったから。
どうやら、悪いのは前のトラックだったようだ。
彼が悪くはないらしい。
だけど、私にはどうでも良かった。
もちろん告別式にも行ったし、墓参りにも行った。
だけど、おかしなものだが、教師から彼が死んだと聞いたところまでの記憶が鮮明なのに対して、それ以降の記憶はほとんどない。
彼との記憶は前日のやり取りと教師からの訃報の記憶のみに凝縮されている。
そして、全く拭い去れない。
時々、ピストルズの話をしたときの彼の顔と口ぶりをリアルに思い出し、トラックの後ろに強烈に頭を打ちつけ、焦げるようなキナ臭いにおいが、自分のことのように鼻の奥にむせ返る。
そしてなんとなく涙がにじんでくる。
ゆえのない人の喪失というものは、そんなものだろうか。
「カティンの森」 アンジェイ・ワイダ↓
アンジェイ・ワイダ↓
カティンの森事件のことは不勉強で。
数年前、この事件の追悼式典に向かう飛行機が墜落し、ポーランド政府高官が多数死んだときに名前を聞いた(ワイダも乗る予定だったらしい)。
あのとき、カティンの森が大量虐殺の地であることを初めて知った。
そして、記憶のかなたに。
その後、アンジェイ・ワイダ監督が撮った「カティンの森」。
アンジェイ・ワイダでなければ、観なかったかもしれない。
カティンの森で起こったことを、当時を知る人の話、そして発見された将校の日記などから構成されたほぼ実話。
映画の中で、ポーランド人将校は次々と射殺されていく。
ひとりひとりきちんと射殺されていく。
全く目を背けず、一人ひとりの頭が吹っ飛び、血が飛び散るのだ。
そして、その後の話は全くない。
どんどん頭を打ちぬかれ、殺され、積み上げられ、埋められる。
そこで画面は暗くなる。
政治の映画であれば、その後のロシアとの和解を描けば「良い映画」になるかもしれない。
だが、ワイダは自分の肉親を犠牲者に持つ。
彼にとっては、その後のことなどどうでも良かったのではないか。
殺された肉親を持つものとして、拭い去れない記憶を映画に焼き付けたのかもしれない。
たぶん、ワイダも最後に交わした父親との会話を昨日のように思い出し、頭を打ちぬかれる時のハンマーで叩かれたような衝撃と血の臭いを、自分のことのように感じているのではないか。
もちろん、事件は社会的なものなので、映画はそういう側面を拭い去れない。
だが、私にはこの映画があまりにパーソナルなものに思えて仕方がない。
この映画を見た後、例のキナ臭いにおいが鼻の奥でした。
やつのことを思い出したのだ。
しばらく眠れずに深夜まで「移動祝祭日」を疲れるまで読んでいた。
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