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「『わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである。』と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さをを誇りましょう。」
聖書 コリント人への手紙第2 第12章9節
聖書の解釈は極めて個人的(私達一人一人:神様)です。(注)
(注)[言葉上は同じであっても
『わたしの恵みは、あなたに十分である。』と神様が仰られる意味合いと言うのは
私達それぞれみんな違うと言うことをここでは申し上げたいのです。
(神様だけが全てを把握しておられます。)]
『』の中の「私」と言うのは神様(=イエス・キリスト)のことです。
日々の生活の中でともすれば見失いがちになる、神様の恵みの事をここでは言っています。
何で自分の人生はこうなのか。
自分の人生は不足ばかりではないか。
神様はおられると言うけれど、自分には働いていないのではないか。
神様を信じても信じないでも同じではないか・・・。
等々の不信の言葉を、例え口には出さずとも心の中では呟く弱い私です。
前回の、コリント人への手紙第2 第4章16〜17節では
齢を経る度に増し加わる神様の恵みのことを書きました。
ここでは、今自分が置かれている状態も又「そのまま」神の恵みである事を書いています。
むしろ弱さだらけ・欠点だらけ・つぎはぎだらけの自分の事を誇りましょう。
無理に背伸びする事もいらないし、
神様からもっともっと恵みや哀れみを要求する事もいらない・・・。
私が弱ければ弱いほど神様は働いていてくれる。
人間の思惑よりも神様の方が高い次元で動いていてくれる。
そうした安心感をもって、これからも弱い自分を背負って
神様と共に歩み続ける事が出来るように今朝は導かれました。
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おはようございます。
<私が弱ければ弱いほど神様は働いていてくれる>
私には弱い自分を充分に自覚して、そこから自身の運命を何があっても命がけで切り開いていくことの大切さを訴えているように思えます。
2009/7/20(月) 午前 7:42 [ maskball2002 ]
maskball2002さん、コメント頂き有難うございます。
おはようございます。
まずは弱い自分を自覚する。
全てはここから始まりますね。
2009/7/20(月) 午前 8:00 [ 名無しの権兵衛 ]
個人的だとおっしゃいますが…この解釈はこの言葉に真摯に向う者たち皆が、代々の教会もそう解釈してきたのではないかと思います。隣りの芝生は…ではありませんが、自分の不足を想っては嘆く
でも、むしろ自分の強さや自力や自前の解放手段への諦観とか、自分がスタンダードに置く「問題解決」や「解放」がないところで初めて表される恩寵というのは…それこそ信仰の神秘だなと思います。
2009/7/20(月) 午前 8:42 [ - ]
ルゴサさん、コメント頂き有難うございます。
「個人的」と申しましたのは、
「聖書解釈は教科書的に捕らえるべきではない。あくまでも自分自身と神様との『関係』である。例え言葉の表現上は同じではあっても
神様から見て個人個人の『事情』は異なるわけで、そう意味でも神様との関係も又個人的である筈である・・・」という信仰告白をここで
私なりにしたわけです。
ちょっと舌足らずで申し訳ありませんでした。
「個人的」の下に一行空白を入れさせていただき、
前後の記事の修正・加筆をさせて頂きました。
ルゴサさんのように人生の諸問題を
真正に捕らえる方からのメッセージは
自分の考え方を整理・修正するのに
今回助けとなりました。
改めて御礼を申し上げたいと思います。(^0^)
2009/7/20(月) 午前 9:43 [ 名無しの権兵衛 ]
老いや病気、不遇の環境など、弱さが自分以外のせいであることも多々ありますね。
そういったものを不幸と思わず、何かしらの形で楽しめれば、うまい克服の仕方が見つかると思います。
2009/7/20(月) 午後 2:29 [ 夢一文字(ゆうしゃん ]
遊しゃんさん、コメント頂き有難うございます。
これからも活気を持ち生き生きと生きたいです。
不平不満に思わず、日々の生活を「感謝の時」としたいですね。
2009/7/20(月) 午後 2:59 [ 名無しの権兵衛 ]
>私が弱ければ弱いほど神様は働いていてくれる
ほんとにおっしゃるとおりですね!リッチーさんの記事を読んで、私もいろいろ、考えさせられました。。私も時々、自分の人生を愚痴ったり、不平を言いたくなったりすることがあります。。でも、リッチーさんのおっしゃるとおり、自分の弱さを自覚して、それを受け入れることにより、またそこから生まれる何かがあるんだろうと、思いました。
2009/7/21(火) 午後 3:28 [ ゆう ]
ゆうさん、コメント頂き有難うございます。
『キリストの力が私をおおうために・・・』とあるように、
私は自分の弱さもそのまま神様に見て頂くのです。
神様の前に誇りとか諸々、余計な物は置かないようにしたいです。
『キリストの力』に働いて頂く事が全てです。
2009/7/21(火) 午後 3:52 [ 名無しの権兵衛 ]