|
私が成人に達するまでに住んでいた実家は
北九州の門司港の田ノ浦というちいさな町にありました。
家は山が迫ってくる地にあり
家からはいつも蒼い空と緑の山が見えました。
50代の中盤の年令になっていても
いまだに心のなかには故郷の山や色々な思い出が
生き生きと息づいています。
その頃だったのかな・・・風を感じて生活をしていたのは・・・
人間年を取り始めると、未来よりは過去の思い出の中に生きるようになるというのは
本当のような気がします・・・
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それにしても・・・現代曲の中にもこんなに素敵な音楽があったのかと・・・
Imant Raminsh というラトヴィアの作曲家の作品らしいです。
「Püt, véjiñi(風よ、そよげ)」↓
http://www.youtube.com/watch?v=hrgAL8xa_lo
ネットラジオでこの曲の存在を知りました。
|
聴きほれてしまいました。
学校でラトヴィア語の授業はなかったのですが、
神戸は首都リガと姉妹都市なので興味がありました。
バルト海三国はどこも「合唱の国」とか言われてるだけあって
現代の作曲家も歌心に溢れる作品をたくさん書いているのかも
しれませんね。
2011/6/20(月) 午後 6:08 [ - ]
ルゴサさん、コメント頂き有難うございます。
祈りの気持ちを感じさせる優しい音楽だと
私も思いました。
難解・晦渋ばかりが現代音楽ではないと
思い知らされました。
2011/6/20(月) 午後 7:38 [ 名無しの権兵衛 ]
小倉で20〜22歳まで仕事で住んでいました。
門司にも随分と行きました。
小倉を去るに当たって広報で一言「謝辞」をということでした。
僕は下記の様な詩を広報に寄せました。
*** 要約 ***
関門橋
***
強さの裏付けの無い優しさは嘘である。
関門橋の橋脚に触れると其れがよく分かる。
***
また門司港や門司駅や和布刈公園に会いたいものです。
ではまたお邪魔します。さようなら。
東京亀有在住 風来坊(made in okinawa)より
2011/6/20(月) 午後 9:18 [ kumejima_okinawa ]
風来坊さん、コメント頂き有難うございます。
はじめまして〜(^^)
私は29歳の時に「地方巡業」の旅に出ました・・・
営業による転勤を数回転勤して
今、四国の愛媛に居を定めています。
まさに人生って「椰子の実」の歌そのものですね。
本当の優しさって・・・
色んな苦難に負けない強いものだと私も思います。
古くから知っている門司港という「女性」も好きだったけれど、
「私」という人間を受け入れてくれた愛媛という「女性」の方を
もっと大切にしながら生きていきたいですね、これからも。
2011/6/20(月) 午後 9:32 [ 名無しの権兵衛 ]
バルト三国を含め、旧ソ連の周辺奥の音楽は、独特の雰囲気があって、私は好きです。
いわゆるヒーリング・ミュージックに近いものが多いように思います。
それだけ厳しい時期が続いたからかなとも思ってしまいます。
YouTubeの下のコメントを見ていると、カナダの少年少女が歌っているみたいですね。
素晴らしくトレーニングされた歌声には感心しました。
よくこういう曲を見つけられましたね。
2011/6/20(月) 午後 10:16
グスタフさん、コメント頂き有難うございます。
人の心を癒す音楽は人の声である・・・と。
このような音楽はきっと緑あふれる自然の恵みから
インスピレーションを得たのではないかと
思わせられますね。
海外のネットラジオを聞いていると
日本国内の放送局の選曲ではおよそ
考えられないユニークなものに当たることが
よく有りますね。
2011/6/20(月) 午後 10:27 [ 名無しの権兵衛 ]
たまにはこういう音楽もいいですね。
ラトヴィアの作曲家の曲って初めて聴きました。
2011/6/22(水) 午前 0:31
大三元さん、コメント頂き有難うございます。
21世紀の音楽の潮流はこのような音楽になって
欲しいですね。
ラトヴィアってクレーメルの祖国らしいですね。
バルト三国の一国らしいですが、ほとんど北欧の文化圏の
ような気もします。
2011/6/22(水) 午前 7:09 [ 名無しの権兵衛 ]