46才からの少年野球→57才で「高校野球」最後の年

長男:語学留学・次男は社会人2年生、3男は高校野球最後の年。(テツの高校野球関連は非公開とさせて頂きます)

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復活

1年3か月ぶりの投稿。

前回投稿の、昨年7月の1年で迎えた夏の大会は、内野エラーからとられた1点が勝敗を分け1回戦敗退。
3年生エースの樽井君のできも良く、結局出番なし。
3年生が引退した夏以降は、主要ピッチャーとして練習試合でも連投し、又ピッチャー以外の時もも外野で出場。
そして、秋の大会を前にして、初の肩痛。安心クリニックに一緒に行ってみてもらったところ、骨には異常はないが
右の肩甲骨が大きく上がり固まった状態。ノースローで、リハビリをやりながらほぐしていくしかない、と。
接骨院で診てもらったところ、左骨盤が前に出ていることが遠因であり、その辺の矯正も同時に・・・。
1年の秋季大会に間に合わず涙を呑んでスタンドで応援。それがようやく治り、10月の親善交流試合では
いったん復活し、後冬のトレーニングで筋力アップし、ようやく春の大会に向けまた練習試合対神戸広陵戦で
投げ込んでいた最中に、今後は急な腰痛。
今度はひろクリニックに行って、院長指示でMRIにて腰椎の疲労骨折、万事休す。
骨折なので、今度は2か月になるか、3か月になるか?わからない・・・。
しかし、まだ高1でもありコルセットをつけて、一転サポートオンリーの部活生活に。
かわいそうだけど、しかたがない。人生勉強や。
本人は、焦りと、つまらなさとあったろうけど、顔には出さず、治療に頑張る。
春季大会はスタンド、5月にはようやくコルセットが外れ夏の大会に向けて本人は頑張ったようだけど、
本調子まで持って行けずまたまたスタンドで。春季も夏季大会も残念ながら1回戦敗退。

そして、高3が引退し哲平の高2の時代になった。
私は、学校と保護者の要請で、保護者後援会の会長に就任。
しかし、なかなか調子はもどらない?
8月、高2の秋季大会。
哲平は、初戦、哲平は背番号10ながら先発投手、打順4番。
まだまだストレートのキレ等もどっていないが、先発はメンタルの強さを買われたのか?
「投球スタイルをマイナーチェンジしたの」といわれるぐらい、変化球主体のピッチィングながら、
出だしはメンタルの強さで抑えるこのまま逃げ切るかと思われたが、
6回ヒットとエラーなどでピンチとなった段階で実質エースと交代。
しかしメンタルの弱さをたたかれ大量失点で敗退。
敗者復活戦は、実質エースが先発、哲平は4番レフトで出場。
2点ビハインドで8回より哲平リリーフで抑え、9回は先頭バッター4番哲平。
目の覚めるセンターオーバーの3ベースで流れを変え、5番晴太がライトオーバー2ベースと続く。
1点差でノーアウト2塁まで追い詰めるも、6番祖父江のバント失敗・・・より追加点上げられず敗退。

そして、全員で気持ちを入れ替え、高校に上がってきた岩根副部長の厳しい指導の下、
スクワットやランで下半身強化しつつ投げ込みし、10月4日洲本戦に先発、打順4番。
ピッチィングは、変化球も、それ以上に、角度のある低めのストレートが抜群のキレ。
小学校5年ぐらいに、完投するため8の力で投げろと片岡総監督から言われてそうするまで
投げていた当時のストレートを思い出しました。
味方の度重なるエラーで、毎回のように試練の投球となったが、5回完封。
そして、4番での初打席は、低い弾丸ライナーで投球練習場に突き刺さる先制の初ホームラン。
どちらかというとヒット主体のバッティングを、羽田監督から、三振しても4番として思い切り振っていけと
言われようやく結果が出た形。

復活を実感し、うれしく楽しい1日でした。

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