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하위지(ハ・ウィジ)「河緯地」(1412〜1456)(太宗12年〜世祖2年)
有名な死六臣の一人です。
世宗20年に文科に合格して官職に就き、世宗29年から集賢殿に入ります。
この時に世祖と一緒に研究を行い、世祖にとても気に入られた様です。
端宗1年に歷代炳燿と言う本が完成すると世祖が端宗に河緯地の昇進を勧めたようですが、王が幼く国が危うい時に王族が家臣を篭絡してはいけないと頑なに辞退したようです。
世祖が癸酉靖難で端宗から王位を奪うと官職を捨てて田舎に引っ込みます。
その後、幾度も世祖が復職を促しますが辞退し異を唱えて端宗王位復権運動に加担して金礩の密告で捕らえられてしまいます。
世祖は何とか助けようとして懐柔などを試みた様ですが、最後まで意志を貫いたようです。
この人も世祖の時代になってからの俸禄は一切手を付けず蔵にしまったままとのことです。
結局、息子から兄弟まで処刑されますが甥の河源が未成年との理由で生き残り、養子となり家門を継いだようです。
信眉大師に称号を与えるのを反対するとき
その他の出演史劇
捕まるとき
その他の出演史劇
・「王と妃」の姜孟卿 ・「牧民心書」 その他の出演史劇
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