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단경왕후(タンギョンワンフ)「端敬王后」(1487〜1557)(成宗18年〜明宗12年)
中宗の正妃で廃妃愼氏(ペビシンシ)とも呼ばれています。
燕山君の正妃の廃妃愼氏とは伯母と姪の関係だからですね。
この時代の最も在位の短い王后となり、子供も無く寂しい人生をおくることとなります。
中宗がまだ晋城大君の時代に嫁ぎますが中宗反正で中宗が王位に就くと必然的に王妃となります。
しかし父親の愼守勤が燕山君の正妃である廃妃愼氏の兄であり、また中宗反正に加わることを拒否し殺されたことから功臣達の圧力を受け七日間で廃位に追い込まれます。
1番目の継妃の章敬王后が亡くなると端敬王后の復位を求める運動も起こりますが、逆に起こした人達は功臣により流配(島流し)に遭います。
中宗が高い山に登り、端敬王后の実家の方を眺めているのを知った端敬王后の身内が彼女の赤いチマ(スカート)を広げて見えるようにしたとの伝説も残っています。
しかし、その後も廃妃のままで、王后の地位に復位出来たのは英祖の時代になってからの様です。
その他の出演史劇
・「龍の涙」の孝嬪金氏 ・「王と妃」の惠嬪楊氏 ・「王の女子」
こちらはドラマ展開で登場するだけです。
その他の出演史劇
・「林巨正」のextra ・「土地(04)」 ・「王の女子」の内人 ・「張吉山」
即位のシーンでちょっとだけです。
関連人物
・父−愼守勤(シン・スグン)
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そうなんですかぁ〜?
英祖の時代に王后の地位に復位できたとは知りませんでした。。
この方、「女人天下」を見るからにちょっと可愛そうだったのでそれだけでも良かったです。
71歳の寿命だったんですかぁ?
でも、状況から考えると生活の心配はなくても辛く切ない生涯だったんでしょうね。。。(涙)
2010/4/14(水) 午前 11:08 [ - ]
whiteさん、こんにちは。
確かに寂しい一生だったようですね。
この時代はその時は罪人でも後によくよく考えるとそうでも無かったと思われる人を復権されることが多々あったようです。
まぁ、時代が変われば評価も変わると言ったところでしょう。
英祖の時代には復権、復位した人物が多くいるようです。
生みの母の追称を叶えたかったからかも知れませんね。
2010/4/14(水) 午後 1:06