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양녕대군(ヤンニョンテグン)「讓寧大君」(1394〜1462)(太祖3年〜世祖8年)
太宗と正妃の元敬王后の間に生まれた長男で世宗の上のお兄さんです。
王世子になりながら数々の奇行によりその座を降りる事となります。 太宗が世宗を世継ぎにしたいのを察して自ら奇行に走ったとの記録も残っている様です。 実録では廃世子の最も大きな原因が数度の女性スキャンダルに有ると書いている様です。 一度目は定宗の愛妾である楚宮粧とのスキャンダルで最後は重臣の妾であった於里とのスキャンダルです。 ドラマ「大王世宗」で於里を高麗の一族としていますが実際は重臣の妾だったようです。 国の基本を儒教としていますのでこの行いは有りえない話だった様です。 しかし、弟の世宗との兄弟愛は強かった様で事ある毎に世宗がかばったとの記述も残っているようです。
それでも王の兄ですが常に監視されて暮らしていた様です。 死後は弟の孝寧大君と同じく世宗の忠臣として宗廟に祀られています。 「韓明?」の讓寧大君(パク・ピョンホ)
晩年の頃を演じています。
その他の出演史劇
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こちらも晩年の頃ですね。
「韓明?」と同じ人物像です。
その他の出演史劇
・「王道」の洪鳳漢 ・「西宮」 ・「王と私」
回想シーンで出てきます。
このドラマの放映時で24歳です。
子役ではないとは本人の談。
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このドラマではほとんどエキストラです。
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『大王世宗』を40話まで観賞いたしました。譲寧世子(=王太子、以下そう訳させてもらいます)はついに廃太子にされてしまいましたね。やはり、素行に問題があったのです。王太子の青年期のイ・ジュンは2枚目なのに成人の朴タフガイ(『将軍の息子』より)さんはガチムチで入浴シーンにはなんと、○毛が見えていました!
話をそれてしまいまして申し訳ありません。父王(太宗)のつらい選択が後にプラス作用となったのはいうまでもありません。因みに大韓民国初代大統領李承晩(り・しゅうばん/イ・スンマン)は彼の子孫にあたり弟(世宗)筋の王室一員を蔑ろにしたため追われてしまいました。
2010/5/27(木) 午前 0:41 [ 今紫 ]
今紫さん、おはようございます。
ははは、パク・サンミンさんの印象は皆さん似たようなものですよ。
ちょうど「龍の涙」もドラマの終盤に差し掛かっていてこの讓寧大君がメインになっています。
それでさらに調べてみるとスキャンダルになった女性は二人では済まないようです。
さらに二人ほどいるみたいですね。
それでもこちらのドラマも伯父さん達が処刑されてゆく過程で王世子が嫌になって弟の世宗に王位を譲ろうとする方向へ進んでいるみたいですね。
李承晩大統領のことは良くご存じですね。
いろいろと調べられているのですね。他にも有れば教えてください。
2010/5/27(木) 午前 9:38
はい、ご説明申し上げます。李承晩大統領(1875年−1965年)は黄海道平山郡出身で譲寧王太子の16代目の子孫にあたります。1905年に渡米しその後、上海で臨時政府を立ち上げ自ら臨時大統領になりました。1948年、大韓民国に樹立し大統領に就任しました。しかし、先日触れましたとおり王室を蔑ろにし独裁政治を敷いたために失脚し、若い頃に過ごしたハワイで生涯を終えました。
参考資料 フリー百科ウィキペディア「李承晩」
http://ja.wikipedia.org/wiki/李承晩
2010/5/28(金) 午後 8:58 [ 今紫 ]
今紫さん、こんにちは。
そうなんですか。王室を蔑ろに・・・
先祖の積もりに積もった恨みを晴らそうとしたんですかね。
まぁ、いずれにしても独裁政治すればいずれは失脚しますね。
2010/5/29(土) 午前 9:56