|
허조(ホ・ジョ)「許稠」(1369〜1439)(高麗末期〜世宗21年)
優秀な文臣だったようです。高麗末期に高麗の文科に合格して若くして官職に就きます。
朝鮮国が開国すると引き続き官職に就き、整備されていなかった国の礼制の完備に尽力します。
当時は仏教式で行われた各儀式も朱子学式で行ったりもしたようです。
太宗も最初は難しい人物と感じた様ですが最後には「私の財産、私の柱石の様な臣下だ」と褒めたようです。 人物評は清廉潔白、公平、勤勉だったと伝わっています。 朝は鶏の鳴き声で起き、正装して常にたるんだ姿は見せなかったと伝わっています。 亡き母親が縫った服を母親の法事の度に着て行い、自身が死んだら死に装束にしてくれと頼んだ逸話も残っています。 世宗の時代には丞相まで上り、死後は世宗の忠臣として宗廟に祀れれています。
その他の出演史劇
・「王と妃」の朴彭年 ・「御史パク・ムンス」 ・「不滅の李舜臣」の陳璘 ・「王と私」
|

- >
- エンターテインメント
- >
- 映画
- >
- 俳優、女優



