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제안대군(チェアンテグン)「齊安大君」(1466〜1525)(世祖12年〜中宗20年)
 
睿宗と正妃の仁恵大妃の間に生まれた子で睿宗には次男となります。
 
睿宗が亡くなったときに元妃の章順王后が産んだ長男の仁城大君は既に亡くなっています。
当然、齊安大君が王位継承者となるはずが、まだ幼いとの理由で王位を継ぐことが出来なかった悲運の大君となってしまいます。
 
一度目の結婚相手は母の仁恵大妃が気に入らなかった様で追い出してしまいます。
再婚しますが前妻を忘れられなかったようでまた前妻も一緒に住むようになったようです。
歴史上で名が出てくるのは燕山君張緑水を紹介したからです。
日頃から酒と色に溺れていた愚かな人物との評価になっていますが、身を守るためにそうせざる得なかったとの考えも有るようです。

 
イメージ 4「張緑水」の齊安大君(ペク・ユンシク)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その他の出演史劇
 
イメージ 3 「王と妃」の齊安大君子幼年期( ? )
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 6「王と妃」の齊安大君子少年期( ? )
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 5「王と妃」の齊安大君(パク・チャンファン)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その他の出演史劇
 
イメージ 1「王と私」の齊安大君子役( ? )
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 2「王と私」の齊安大君( ? )
変われば変わるもんです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

閉じる コメント(3)

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「王と私」に確かに出ていました〜。チャン・ノクスを紹介していた人…彼が実は、だったんですね。成宗の従兄弟って、あまり深く考えてませんでしたが、そういうことだったのですね。
>身を守るために…ほんと、王位から遠ざけられた王族は皆さん不幸です。このひとも、私が正当な世継ぎだ!と腹の底では恨んでいたのかもしれないですね…

2010/6/17(木) 午前 9:41 kiokio

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内緒さん、こんにちは。
誰にも有ることですからね。私の記事にも有りそうな・・・(笑)

2010/6/17(木) 午前 9:59 アイスマン

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kiokioさん、こんにちは。

この人はまさに悲運の大君でしょうか。
上の二つのドラマでは王に成れなかったことから王族へ復讐している様なイメージに描かれています。
「王と妃」では亡くなる前の仁恵大妃が息子の齊安大君が王位を継げなかった恨みを仁粹大妃に言うシーンが記憶に残っています。
実際、恨んでたでしょうね。

2010/6/17(木) 午前 10:10 アイスマン


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