その2で述べた高麗末期の第31代王の「恭愍王」を題材にした韓国映画です。 詳しい内容は解りませんがその2の「シンドンの血筋」の追記で書いてる内容に沿っているのでは思います。 昨年の12月に公開されています。興味のある方はどうぞ。
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その2で述べた高麗末期の第31代王の「恭愍王」を題材にした韓国映画です。 詳しい内容は解りませんがその2の「シンドンの血筋」の追記で書いてる内容に沿っているのでは思います。 昨年の12月に公開されています。興味のある方はどうぞ。
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時々時間が空いたときにいろいろと応募するのですが、久しぶりに当たりました。 何かと言えば・・・・ 買っても1缶100円前後だと思いますが・・・でもラッキー♪
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政権を奪取した李成桂はその基盤を固めてゆきます。 威化島回軍により第32代高麗王の「王禑」を廃位し、取りあえずその息子の「王昌」を第33代高麗王に擁立します。 そして最後には「王禑」と「王昌」は処刑されます。その理由が高麗王の正当な血筋ではなく「シンドン」の血筋だと言うことです。 さらに正当な血筋として第34代高麗王の「恭譲王」を擁立します。 この「シンドン」の血筋についてどこまで史実なのか調べてみました。 「シンドン」は昨年まで韓国で放送されてたドラマの人物ですね。 高麗の第31代王の「恭愍王」に仕えた僧侶で有り、臣下です。 韓国ドラマ「シンドン」は腐敗した高麗王朝の改革を推し進めた人物として作られています。 以下の写真は韓国ドラマ「シンドン」より いやはや、「シンドン」まで戻らないといけないのか・・・と、ちょっとためらいましたが取りあえず韓国サイトへ・・・・ 「シンドン」個人についてはいずれドラマを見ることも有り得るので止めときます(笑) ドラマ「シンドン」の公式サイトへ進入しました。そこに「般若」と言う女性が出てきます。 「般若」は「シンドン」の家の奴隷?養女?であり、「シンドン」の妻?だった様です。(諸説有り) ある日に「恭愍王」が「シンドン」の家に来て「般若」を見初め妻にしたのですね。 当時はそんなことも有りなのでしょう。 そして「般若」が産んだ子供が第32代高麗王の「王禑」となるのですね。 ただし、王族は卑しい身分の「般若」が産んだ子とせずに宮廷内の女性が産んだ子としたようです。 この点を李成桂は衝いたのですね。 それでここまでの内容の出典は?で調べてゆくと「高麗史」です。 その信憑性を探ることにしました。またまた韓国サイトへ・・・ 元々歴代王の実録的なものが有ったようですが、現在残っている「高麗史」は李成桂の時代が最初です。 編集には4年の年月を費やしています。 ここでちょっと怪しくなってきました。やはり内容は李成桂に都合の良い内容だった様です。 そこで朝鮮第3代王太宗の時に再編集されます。 高麗の第31代王の「恭愍王」以降の内容の間違えを正すための様です。 しかし、その間に編集者の一人が亡くなり中断したようです。 そして朝鮮第4代王世宗の時に再開されます。 この時は再編集に再編集を重ね完成されたのは世宗が死んだその年の様です。 最初の李成桂時代から数えると60年の年月をかけたことになりますが最大の功績者は世宗の様です。 世宗の時代は王になってから死ぬまで32年の年月が費やされています。 世宗で無ければ出来なかったのではと言うのが歴史家の評価です。 本題に戻って「シンドン」の血筋かそうでないかは結局当事者のみ知ると言うことですね。
「シンドンの血筋」についての追記。 いろいろと調べていますと第31代王の「恭愍王」は同性愛者との記述があります。 また、世継ぎのいなかった「恭愍王」は当時の中国「元」から世継ぎ問題を責め立てられています。 さらに自身が宮殿に引き入れていた同性愛の男が王妃と通じて王妃が身ごもってしまいます。 それで「恭愍王」はその事件を知っている者を全員殺そうとして逆に殺されたと言うことです。 「高麗史」の追記。 「高麗史」では「王禑」と「王昌」を正当な王とは認めていません。
史書にも単に「王禑」、「王昌」と敬称も使っていません。 つまり、世宗の時代でも朝鮮王朝の正当性を守る意図が有ったと考えられますね。 |
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