善徳女王

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視聴中に理解を深めるためいろいろと調べたことを書いてみます。
ただし、ネタバレがいろいろと出てきます。
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善徳女王 その6

その2真智王(チンジワン)の息子達。
 
長男の金龍樹(キム・ヨンス)
 イメージ 1
金龍樹役のパク・チョンチョルさん
 
次男の金龍春(キム・ヨンチュン)
 イメージ 2
金龍春役のト・イソンさん
 
ドラマでは別人の扱いになっていますが同一人物との考えが一般的な様です。
真偽がハッキリとしない史書の「花郎世記」では兄弟との記述が有るようで先に亡くなった兄 金龍樹(キム・ヨンス)の妻 天明公主(チョンミョンコンジュ)と子の金春秋(キム・チュンチュ)を引き取ったとする記述が有るようですがその他の史書では下の金龍春(キム・ヨンチュン)金春秋(キム・チュンチュ)の父親で妻は天明公主(チョンミョンコンジュ)と書かれている様です。
 
家族関係
・祖父−第24代王真興王(チンフンワン)
・父−第25代王真智王(チンジワン)
・息子−金春秋(キム・チュンチュ)(下)
 

 
そして最も有名な新羅の王 第29代王の金春秋(キム・チュンチュ)
 
イメージ 3
金春秋役のユ・スンホさん
  
正式には太宗武烈王(テジョンムヨルワン)と呼ぶようです。
何故有名かと言えばこの王の時にドラマでも取り上げていた三韓統一の基盤を作ったからの様です。
百済を滅亡させ高句麗との戦いの途中で亡くなります。
ドラマはその手前で終わりますが善徳女王(ソンドクヨワン)の時代から善徳女王の庇護の元で積極的に政治に関与して勢力を増やしていった様です。
善徳女王が亡くなり次に善徳女王の従姉妹の真徳女王が即位しますがその時には金庾信(キム・ユシン)と手を結び権力を握っていた様です。
真徳女王も在位7年で亡くなるとその時には上大等の最高官職に就いていたドラマにも出ている閼川(アルチョン)の推挙で王位に就きます。
 
家族関係
・父−金龍春(キム・ヨンチュン)(上)
・伯母−第27代王善徳女王(ソンドクヨワン)

善徳女王 その5

美室(ミシル) 
イメージ 4
美室役のユイさん(少女期)
 
イメージ 1
美室役のコ・ヒョンジョンさん
 
美室(ミシル)については韓国のウィキペディアに出ていました。
美室(ミシル)の名が登場する史書は「花郎世記」だけの様です。
花郎「貴族」と公主「王族の女性」の間に生まれた娘で絶世の美人で聡明だったと記録されている様です。
王と王族に仕えて権力が徐々に増大した様ですがドラマと違って最後は病気で亡くなった様です。
ドラマを見ていると家族関係が良く理解できませんでしたがウィキペディアには以下の様な家族関係が記されています。

  間の子:夏宗(ハジョン)と1男
 
 
  間の子:寶宗(ポジョン)
 
情夫:第24代王真興王(チンフンワン)
  間の子:1男2女
 
情夫:第24代王真興王(チンフンワン)の長男で第26代王真平王(チンピョンワン)父親
  間の子:娘1人
 
情夫:第25代王真智王(チンジワン)
 
情夫:第26代王真平王(チンピョンワン)
  間の子:娘1人

以上の様です。とても理解できませんが・・・・まぁ、これだけの関係を結んでいれば権力を手に入れたと言えますね。
 
また、ドラマを見ていると美室(ミシル)の称号の様なものが変化してゆきますが以下の3通りがあります。
宮主(クンジュ)−王の後宮として
璽主(セジュ)−王の玉璽を管理する人として
源花(ウォンファ)−花郎の統括者として
 
その他のドラマで出てくる美室(ミシル) 
 
「淵蓋蘇文」に登場します。

 
女優 コ・ヒョンジョン さんについて 
イメージ 2
 
1989年のミスコリア大会で準ミスになります。代表作は1995年作の人気ドラマだった
モレシゲ「砂時計」です。
モレシゲ出演後は結婚して長い間沈黙していましたが2005年から復帰しています。
 
ちなみにその時のミスコリアがこの人です。
イメージ 3
オ・ヒョンギョンさん

善徳女王 その4

第26代王の真平王(チンピョンワン)が亡くなりその後を継いだのが娘で史上初めての
女王となる第27代王の善徳女王(ソンドクヨワン)です。
 
イメージ 1
善徳女王役のナム・ジヒョンさん(少女期)
 
イメージ 6
善徳女王役のイ・ヨウォンさん
 
出生はハッキリとしませんが在位は16年間で名前は徳曼(トンマン)です。
「三国史記」には真平王(チンピョンワン)摩耶夫人(マヤプイン)の長女、「三国遺事」には単に娘、「花郎世記」には次女と記されている様です。
即位当初は内政に力を注ぎ貧しい人々を救済した様です。
韓国の代表的な史跡の瞻星臺(チョムソンデ)と言う天文台を建造したのもこの時期の様です。
だから天文に関する内容が前半に出てきた様です。
内政に力を注いだ結果として国民には人気が有ったようです。
外交では百済高句麗との戦争も激しくなり、当時の中国に有ったとの友好外交を進めていった様です。
しかしからは「女王だから他の国が見くびっているのだ。我が王族を送るから王に据えろ」と使者を送り返される事も有ったようです。
さらに在位晩年には毗曇(ピダム)廉宗(ヨムジョン)による女王に反対する反乱が起こり、ドラマとは違いその反乱の鎮圧中に亡くなった様です。
「三国遺事」で1人、「花郎世記」では3人の夫の名が出ているようですが省略します。
 
家族関係
・父親−第26代王真平王(チンピョンワン)
・姉妹−天明公主(チョンミョンコンジュ)(下)
 
その他のドラマで出てくる善徳女王(ソンドクヨワン) 
 
「淵蓋蘇文」に登場します。

 
善徳女王(ソンドクヨワン)の姉妹の天明公主(チョンミョンコンジュ)
 
イメージ 7
天明公主役のキム・ユジョンちゃん(幼女期)
 
イメージ 2
天明公主役のシン・セギョンさん(少女期)
 
イメージ 8
天明公主役のパク・イェジンさん
 
詳しい記録は無いようです。
「三国史記」には真平王(チンピョンワン)摩耶夫人(マヤプイン)の次女、「三国遺事」には単に娘、「花郎世記」には長女と記されている様です。
善徳女王(ソンドクヨワン)が亡くなると従姉妹の真徳女王(チンドクヨワン)が王位を継いだことからすでに亡くなっていたのではと考えられているようです。
 
家族関係
・父親−第26代王真平王(チンピョンワン)
・息子−第29代王金春秋(キム・チュンチュ)
・姉妹−第27代王善徳女王(ソンドクヨワン)(上)
 
その他のドラマで出てくる天明公主(チョンミョンコンジュ) 
 
イメージ 3「ソドンヨ」の天明公主(イ・ギョンファ)
このドラマでも長女となっています。
 
 
 
 
 
 

 
そしてとなりつつ有る三女の善化公主/善花公主(ソンファコンジュ)
 
イメージ 4「ソドンヨ」の善花公主子役(チェ・ソルリ)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 5「ソドンヨ」の善花公主(イ・ボヨン)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
善花公主(ソンファコンジュ)「三国遺事」にだけ出てくる娘の様です。
その「三国遺事」では善花公主があまりにも美しいので百済武王が夢中になり、二人が夜な夜な会っているとの唄を広めた「ソドンヨ」伝説が書かれていますが2009年に発見された史書では武王の王妃は他の人物と記録されているようです。
歴史学会では善花公主(ソンファコンジュ)が実在の人物なのか論戦が止まないようです。

善徳女王 その3

その2真智王(チンジワン)の後を継いで第26代王になったのが早くに亡くなった
真智王(チンジワン)の兄の遺児である真平王(チンピョンワン)です。
 
イメージ 1
真平王役のカン・サン君(少年期)
 
イメージ 2
真平王役のペク・ジョンミン君(青年期)
 
イメージ 3
真平王役のチョ・ミンギさん
 
14歳で王位を継ぎ在位は53年間です。
この頃から仏教が伝来して積極的に仏教を取り入れた様です。
制度改革なども行った様ですが主に高句麗百済との戦争に明けくれた様です。
正妃の摩耶夫人(マヤプイン)との間に3人の娘をもうけますが男子が産まれなかったため史上初めての女王が誕生することとなります。
 
家族関係
・祖父−第24代王真興王(チンフンワン)
・叔父−第25代王真智王(チンジワン)
・夫人−摩耶夫人(マヤプイン)(下)
 
 
その他のドラマで出てくる真平王(チンピョンワン) 
 
イメージ 6「ソドンヨ」の真平王(チェ・ドンジュン)
 
 
 
 
 
 
 
また、「三国記」、「淵蓋蘇文」にも登場します。

 
上記の真平王(チンピョンワン)の正妃の摩耶夫人(マヤプイン)
 
イメージ 4
摩耶夫人役のパク・スジンさん(少女期)
 
イメージ 5
摩耶夫人役のユン・ユソンさん
 
詳しい記録は無いようです。
この頃から仏教を取り入れたことから王族の名前にも仏教色が出ています。
 
家族関係
・夫−第26代王真平王(チンピョンワン)(上)
 
その他のドラマで出てくる摩耶夫人(マヤプイン) 
 
イメージ 7「ソドンヨ」の摩耶夫人(キム・ファラン)
 
 
 
 
 
 
 

善徳女王 その2

冒頭に出てくる新羅の王がこの人、第24代王の真興王(チンフンワン)
 
イメージ 1
真興王役のイ・スンジェさん 
 
7歳で王位を継ぎ在位は36年間です。
したがって43歳で亡くなった様ですが配役のイ・スンジェさんではちょっと43歳には見えませんね。
真興王(チンフンワン)の功績として歴史に残っているのが領土の拡大です。
百済高句麗に攻め込み小国だった新羅を大国に押し上げたようです。
 
また、ドラマの要素としてはその1で書いた伽耶国を滅亡させたのがこの王の様です。
 
家族関係(複雑です)
・次男−第25代王真智王(チンジワン)(下) 
・孫「長男の子」−第26代王真平王(チンピョンワン)

 
上記の真興王(チンフンワン)が亡くなり次の第25代王となったのが次男の真智王(チンジワン)
 
イメージ 2
真智王役のイム・ホさん
 
在位は4年です。
「三国史記」では単に亡くなり葬ったと書かれている様ですが「三国遺事」では政を腐敗させ国を混乱させた罪で国人に廃された、「花郎世記」では美室(ミシル)を王妃にするとの約束しながらその約束を破ったことと国事を見なかった罪で美室(ミシル)と上記の真興王(チンフンワン)の正妃だった思道王后(サドワンフ)によって廃位されたと記録されているようです。
やはり「花郎世記」の内容がドラマ的な様です。
 
家族関係
・父−第24代王真興王(チンフンワン)(上)
・嫁−天明公主(チョンミョンコンジュ)−甥の娘でも有る。

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