9月5日今夜で郡上おどりも踊り納めです
早いもので7月11日の発祥祭から始まった32夜に及ぶ郡上おどりも今夜で踊り納めとなります。
今年から踊り会場は旧庁舎記念館前では無く、 新町〜今町に変わります。踊り屋形は新町の八幡信用金庫前あたりになるそうです。
ここ数年は人が多すぎて踊りどころでは無かったのですが、これで心置きなく踊れて踊りを納めれそうです!
踊り終了後11時から「かわさき」の曲で行われる「屋形おくり」にも参加してきます。
もちろん笹竹提灯も必須ですネ!
(引き換え券は500円で旧庁舎記念館又は踊り開始後は八幡信金前で購入できます。)
郡上おどりの曲は全部で10曲あって簡単に説明すると
1『古調かわさき』
踊り始めの発祥祭の1曲目にかかる曲。8月13日の徹夜踊りの1曲目もこれ。それ以外は滅多に流さないレアな曲です。(今夜は多分かかるでしょう)
田植え時に田下駄で歩く農耕作業の動作を取り入れた古い唄です。
お囃子は無し。反時計回り。
「郡上のナ〜ァ 八幡 コラ 出て行く時は (アソンレンセ) 三度見かやす 枡形を (枡形を コラノ〜 枡形を) アソンレンセ (三度見かやす 枡形を)」
2『かわさき』
通常の踊り日の1曲目にかかる曲で、人気もNo.1。
「古調かわさき」の歌詞に加え一般公募の歌詞取り入れた現代的な曲です。郡上おどり保存会ができる少し前の大正時代初期に作られました。
(そのためこの曲だけ国指定重要無形民俗文化財には指定されていません)
七・七・七・五調の小唄調。お囃子は太鼓・三味線・笛。時計回り。
「郡上のナ〜 八幡 出て行く時は
(アソンレンセ)
雨も降らぬに 袖しぼる
(袖しぼる ノ〜 袖しぼる)
アソンレンセ
(雨も降らぬに 袖しぼる)」
3『三百』
宝暦騒動(郡上一揆)後に郡上藩入りした青山公に出迎えのお礼として与えられた三百文に喜び披露した地踊りが原型。通常は曲調が似ているためか「かわさき」の後によくかかるので踊れる回数も多い。(今年は青山公郡上入り250周年だったため、発祥祭では「古調かわさき」の次ぎに「かわさき」に変わってこの曲がかかり、免状審査曲もこの曲でした。)
七・七・七・五調の小唄調。お囃子は太鼓・三味線・笛。時計回り。
「ハァ〜 揃えてござれ
(ホイ)
小豆かすよに ゴショゴショと
(ゴショゴショと ノオ〜 ゴショゴショと )
ホイ
(小豆かすよに ゴショゴショと)」
4『春駒」
宇治川の戦いで先陣争いを演じた郡上の気良が生んだ名馬磨墨。馬にゆかりの深い郡上にふさわしいアップテンポな曲。
馬のいななきを制する手綱さばきの勇ましい姿が威勢のよい踊りの動きに取り入れられています。
お囃子の笛の音は馬のいななきに、軽快なバチさばきの三味線の響きは馬のひづめの音にさえ聞こえてきます。
(しかし戦後まもなくまでは越前からの鯖売りの掛け声をテーマにした「さば」という曲名だったとは考えられません。)
七・七・七・五調の小唄調。お囃子は太鼓・三味線・笛。時計回り。
「(ホイ) 郡上は馬どこ (ホイ)
あの磨墨の名馬 (ホイ)
出したも ササ 気良の里
(七両三分の春駒 春駒)」
5『げんげんばらばら』
江戸時代の御殿女中の手まり遊びの様子が、踊り姿になったもので着物の袂を手繰る優雅なしぐさが踊りの特徴です。
歌詞の元歌は古くから郡上地方で一般に唄われていたわらべ歌とか糸引きの歌でした。
七・七調の口説き唄。お囃子は太鼓のみ。反時計回り。
「ハァー げんげんばらばら何事じゃ 親も無いが子も無いが (アドッコイショ)
一人貰うた男の子 鷹に取られて 今日七日 (アドッコイショ)
七日と思えば四十九日 四十九日の墓参り 叔母所へ一寸寄りて (アドッコイショ)
羽織と袴を貸しとくれ 有るもの無いとて貸せなんだ (アドッコイショ)
おっぱら立ちや腹立ちや 腹立ちぃ川へ水汲みに (アドッコイショ)
上では鳶がつつくやら 下では烏がつつくやら 助けておくれよ長兵衛さん (アドッコイショ)
助けてあげるが何くれる 千でも万でも上げまする (ア イヤマカサッサイ ヤットコセー)」
6『ヤッチク』
宝暦五年の春、三万八千石の濃州郡上藩に起きた宝暦騒動を唄ったに「郡上宝暦義民伝」。
幕末から維新にかける激動の時代に郡上藩の2極分化政策として徳川軍側で会津若松城の白虎隊と共に戦った若年下級武士を中心に結成された「郡上藩・凌霜隊」の悲劇。
「ヤッチク」の歌詞を聴くと郡上の歴史が多く出て来ます。
しかし曲が長いため(徹夜ではへたしたら30分くらい)、途中から思考回路は停止していますが・・・。自分的には好きな踊りですが、要確認!「体力」と「下駄の歯の残り」といった所でしょうか。
けっこうこの曲になると休憩にする人が多いのですが、自分は逆にはりきって踊ってしまいます。
(自分が休憩するのは決まって「かわさき」です。急に踊る人が増え過ぎて踊りにくいからです。まあ「かわさき」は2回くらい踊れれば十分です。)
七・七調の口説き唄。お囃子は太鼓のみ。時計回り。
「アラ ヤッチク サッサイ
わたしが一寸出て 弁こそなけれど (アラ ヤッチク サッサイ)
わたしゃ郡上の 山中家に住めば (アラ ヤッチク サッサイ)
お見かけ通りの若輩なれば (アラ ヤッチク サッサイ)
声も立たぬがよ 文句やも下手よ (アラ ヤッチク サッサイ)
下手ながらも 一ツは口説く (アラ ヤッチク サッサイ)
口説くに先立ち 頼みがござる (アラ ヤッチク サッサイ)
とかくお寺は壇家衆がたより (アラ ヤッチク サッサイ)
痩せ畑作りは 肥やしがたより (アラ ヤッチク サッサイ)
村の娘たちゃ 若い衆がたより (アラ ヤッチク サッサイ)
そして又若い衆は 娘さんがたより (アラ ヤッチク サッサイ)
下手な音頭取りゃ お囃子たより (アラ ヤッチク サッサイ)
やっちくやっちくさと お囃子たのむ (アラ ヤッチク サッサイ)」
7『さわぎ』
手拍子と下駄の音が響いて、ゆっくりな曲調だが小気味いい。
元禄時代に流行した騒歌が元になっていると言われる。
歌詞も男女間を唄ったおもしろい唄が多い。
七・七・七・五調の小唄調。お囃子は太鼓。時計回り。
「ハァー 呑めよ騒げよ 一寸先ゃ闇よ (コラサー)
今朝も裸の 下戸が来た」
「ハァー 花が蝶々か 蝶々が花か (コラサー)
来てはちらちら 迷わせる」
8『猫の子』
郡上は昔から養蚕がさかんで、その蚕を鼠から守るため農家では猫が飼われていた。
その猫のしぐさを真似た振り付けの踊りは若者や女性に人気があります。
七・七・七・五調の小唄調。お囃子は拍子木のみ。時計回り。
「ヨォホーイ ヨイヨイ
猫の子がよーかろー (猫の子がよーかろー)
猫でしあわせ コラ ねーずーみょー取る
(ねーずーみょー取る ノオ ねずみょー取る
猫でしあわせ コラ ねずみょーとーるー)」
9『郡上甚句』
江戸時代末期に流行した相撲甚句。力士が土俵で余興に唄ったもの。
囃子詞は「トコ ドッコイ ドッコイ」と力士の掛け声。
お囃子は拍子木のみ。時計回り。
「櫓ヨー 太鼓にふと目をさましー (トコ ドッコイ ドッコイ)
明日はヨー どの手で こいつぁ投げてやる (トコ ドッコイ ドッコイ)」
10『まつさか』
江戸時代の伊勢神宮へのお陰参りの参拝者が伊勢音頭のニュアンスを取り入れ地元に伝えたもの。
曲名も紀州の松阪から付けられた。(ちなみに「かわさき」も紀州の川崎から)
口説きの内容も「郡上の名所案内」「歌の殿様」「人柱となったのおよし物語」など。
七・五調の口説き唄。お囃子は拍子木のみ。時計回り。
「ヨーホイ も一つショ
(オーサテ合点ショ)
合点と声が掛かるなら
(コライ コライ)
是から文句に掛かりましょ
(ア ヨイヤナ ヤートセ)」
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