豊中・狭山事件研究会「ストーン・リバー」

東京高検は、全ての証拠を開示せよ!東京高裁は、事実調べを行え!

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■ちょと長いあとがき■定年退官を前に、大きな決断をした門野博裁判長の後任は誰か?と注視していたところ、2月6日付けで門野さんが退官したことがわかったので、9日、さっそく東京高裁第4刑事部に電話で問い合わせた。最初、女性が対応してくれた、名前を名乗り、後任は誰かと尋ねると、「お待ちください」とずいぶん待たされた。次いで、シミズと名乗る男性が出てきて、用向きを再度尋ねるので、狭山事件の要請書を送りたいので、裁判長の名前を教えてほしいと伝えると、なんと「上司に相談します」とのたまう。すかさず、「これは公開情報でしょう。相談することではないでしょう」とたたみかける。それでも相談したようで、やや間があって、「岡田雄一」と教えてくれた。ほんとにどうかしてるよ、東京高裁!■2008年10月6日の読売新聞は「裁判員の魅力伝える」と題して、前橋地裁所長に就任して間もない時の記事が写真入りで掲載されており(右)、末尾の「メモ」には「鳥取県出身。京都大1年で初めて裁判を傍聴、親切な裁判官と出会い、裁判官を志す。『恩返しに』と、自身も任用後、中高生らの傍聴者に『解説をしましょうか』と声をかけてきた。転勤が多く、長年連れ添った妻と尾瀬を歩くのが目下の夢。趣味は、球技と歴史小説を読むこと。」と書かれている。なお、任地は前橋地裁所長(2008.9.5〜2010.1.24)、東京地裁部総括判事(1997.8.4〜2008.9.4)、東京高裁判事(1995.4.1〜1997.8.3)。■劇団「金太郎飴」の「狭山事件」を題材にした裁判員劇が3月20日に再演される。脚本担当者曰く。「ドキュメンタリーものにはしたくありませんでした。あくまで『演劇』として成立させたかったのです。半世紀近くに及ぶ経過の中で『サヤマって何?イシカワカズオってだれ?』という若い人も多いと聞きます。そんな人たちにも『狭山事件を知ってもらう講演会』ではなく『演劇』として見てもらえるようにしたいと思ったのです。部落差別をどう扱うかも難しいところです。狭山事件とその裁判が、部落差別と関わっているのは確かな事実です。しかし、繰り返しますが、部落差別研修のためのロールプレイではありません。またそうしたくもありません。批判は覚悟の上で、最終稿を仕上げました。脚本はまだまだ未完成で、皆様からのご指導をいただきながらさらに進化させていきたいと考えております。そういった意味からも皆様にぜひ見ていただき、ご講評を仰ぎたいと思います」と。当日は石川一雄さん・早智子さんも観劇する予定だ。■12月16日、東京高裁・門野裁判長は証拠開示を勧告。46年目にして狭山事件が動いた。敗北を重ね、無念の涙を呑んできた狭山闘争が歴史的な事態を迎えた。邪な意図や恣意は、真実の前には首を垂れるはずだし、明けない夜はなく、確信は揺るぎはしないが、艱難辛苦の道程だ。何が事態を開いたのか、誰も知る由はないが、ひたすらに冀い、愚直に完全無罪を求め続けてきた石川一雄の闘いが産んだ事態。裁判官の当たり外れではなく、風は狭山にも吹いた。歴史は人間がつくるものであるならば、狭山も然り。幾多の試練を超えて、時と場所と人とが出会い、46年の闘いがそれを呼び込み、歯車を回した。■今、私たちに問われていることは、狭山闘争47年の歴史を書き換えるために何をすべきかということに尽きる。あれやこれやの議論もそれを生み出すためにこそある。「豊中発」の狭山闘争を積み上げてきた私たちは、この機をとらえ、3月20日の場を設定した。かつて「狭山」に青春のエネルギーを注いだ人、「狭山」で部落問題を学んだ人、石川一雄さんの生きように触発された人、そして、新しく「狭山」を知り、心に刻もうとする人・・・3月20日は、それらすべての人の邂逅(かいこう=めぐりあい)の日、新しい歴史を書き継ぐ日としたい。来たれ、豊中へ!


第3回三者協議にむけて、
5月12日(水)に日比谷野外音楽堂で全国集会

47年の年月を経て、暗黒の回廊の出口にさしかかっている、狭山闘争の歴史を書き換える、千載一遇のチャンスを活かそう!
東京高検は「勧告」にしたがい、今すぐ証拠開示を!

門野博前裁判長が8点の「証拠開示勧告」をして(12月16日)から、2ヶ月半になりますが、「十分に検討して適切に対応する」と言った検察からは何の動きもありません。次の3者協議は5月中旬に予定されていますが、それを待つことなく、勧告にしたがって、一日も早く開示をすべきです。勧告に法的拘束力はありませんが、これまでの例では検察側は再審請求での勧告にはほとんど従って開示しています。だからといって、安心はできません。その意味では、新しく就任した岡野雄一裁判長が、こうした事態をどうふまえて、「勧告」をどう扱うのかが注目されます。間違いのない判断をするよう要請をしなければなりません。
とにもかくにも、5月に向けて狭山闘争が大きく動こうとしており、この時期のとりくみが、とても大事になっています。そこで、豊中では3月20日に石川一雄さんと早智子さんに来ていただき、「交流のつどい」をもつことにしました。一人でもたくさんの人が参加していただくようお願いします。

3.20石川一雄・早智子さんとの交流集会に参加を!
◆とき:3月20日(土)
◆ところ:豊中人権まちづくりセンター
◆カンパ:1000円(高校生以下無料)

◆第1部 劇団「金太郎飴」の劇(午後1時〜2時30分)
  「やってません!」といわれたら・・・
       〜もし、あなたが裁判員だったら・・・〜
◆第2部 交流のつどい(午後3時〜6時)
「半世紀の時を経て、石川一雄さんの
見えない手錠をはずすために」  
 ・石川一雄さん、早智子さんの話
 ・報告「第3次再審は今」(小野順子弁護士)

●要請書はここへ!
 100-8933 東京都千代田区霞が関1-1-4
  東京高等裁判所第4刑事部 岡田雄一裁判長
 100-8904東京都千代田区霞が関1-1-1
  東京高等検察庁狭山事件担当検事 杉本秀敏検事


部落解放同盟第67回全国大会で「狭山」は・・・

3月3〜4日、東京で行われた大会では、人権侵害救済法と参議院選挙とならんで狭山第3次再審闘争が三大重点課題として提起されました。私は第三分散会(日本教員会館)に参加し、「狭山を勝つために」ということで、以下のような発言をしました。(by SASAKI)

「第局堯_歛衒綿針」の項には、昨年はあった「狭山」がありません。これはどうしてなのかと思います。また、「狭山第3次再審闘争のとりくみ」として書かれている内容には、情勢報告はありますが、今こその気概や緊張感が感じられません。どうしてこんな書きぶりになるのかと思います。「熱い想いが」あるのなら、それを文言で表し、伝わるようにすべきです。

「『勧告』がなされたとはいえ、有利な証拠が直ちに出てくるというような安易な考え方はもっていませんが、」と書かれていますが、「勧告」に対しては、多くの人が疑問や不安を抱いていることは言うまでもありません。しかし同時に、「勧告」は画期的だし、これまでの検察の姿勢を転換させるための大きな武器であることも紛れもない事実です。問題は、この「勧告」の内容を実現させること、そのために何をすべきかということです。検察庁への働きかけは急務ですし、後任の裁判長への要請も必要です。それなくして「証拠の全面開示と事実調べ」もあり得ません。私は順序としては、参議院選挙や人権侵害救済法よりも、「狭山」をいの一番に書くぐらいのことがあってもいいと思います。また、狭山闘争を取り調べの可視化や反冤罪のとりくみに流し込むのではなく、狭山を狭山として闘いきることこそが大事だと思います。

三井三池闘争の時に山川均は、「最後の勝利をうるまでは、おそらくわれわれは何度も負けるだろう。あるいは負けつづけるかもしれない。」「われわれが負けなくなった時は、われわれが最終的に勝つ時だ」「われわれは負けることによっても強くなることができる」、と言いましたが、狭山闘争は文字通りその道を歩いてきました。固い壁に幾度も跳ね返され、煮え湯も飲まされ、ペテン師並の手口に翻弄されてもきた狭山闘争ですが、47年の年月を経て、ようやく暗黒の回廊の出口にさしかかろうとしています。まさに千載一遇のチャンスであり、これを活かすことは至上命題だと思います。

しかし、「勧告」から2ヵ月半が経過していますが、検察からは何の動きもありません。岡田雄一裁判長に期待することはただ一つ、門野さんが出した「勧告」を検察が完全履行するよう求め、狭山再審への道を確かなものにすることです。多くの人々が固唾をのんで見つめていることを肌身に感じるよう、声を届なければと思います。より具体的な行動方針の提起を求めたいと思います。

これに対して片岡中執から、次のような見解が示されました。
当初は課題別があったが、他の課題と同列に扱うのは弱いので、「重点課題」として別項にもってきた。表現は不足していると感じている。山場を迎えている、勝負所だ。弁護団との関係で細かい方針は出していない。検察は「拒否」する可能性が高い。2月13日の弁護団会議でどう闘うか議論した。裁判長にすぐに会おうという意見もあったが、代わったばかりなので、あいさつ程度に終わってしまうだろう。今月下旬に面会する予定だ。ここで、岡野裁判長がどういう対応をするかだ。5月の3者協議の前、12日に日比谷野音で全国集会を予定している。3月17日には、その打ち合わせのための活動者会議を行う。

とてもじゃないけれど、これでよしとは言えません。昨年は6つの重点課題の一つに狭山があり、課題別にも書かれていましたから、やはり今年の扱い方は腑に落ちませんし、何よりも内容が淡泊過ぎます。いろんな事情を考慮に入れたにしても、何としてもという意気込みが伝わってきません。何かしら裁判所をおもんばかっているような気もします。そして、検察は「拒否」する可能性が高いとも言います。何らかの感触を得ての発言だと思いますが、それならば、今この時が極めて大事になります。5月12日を待たずして、何らかの行動提起があってしかるべきではと思います。私たちが知らないところで、どんな動きがあり、どんな情報が飛び交っているのか?そして、勝つためにどんな方針で臨もうとしているのか?疑心暗鬼が深まりました。

●東京高等裁判所第4刑事部
  裁判官:岡田雄一、土屋哲夫、村山智英
  開廷曜日:毎週火曜・木曜・金曜
  法廷:506

早智子さんのHP「冤罪・狭山事件」より
2010年3月3日、部落解放同盟第67回全国大会が、東京・九段会館で開かれました。
狭山弁護団の中山武敏主任弁護人は「昨年12月東京高裁・門野裁判長は検察庁に対し8点の証拠開示勧告を出した。狭山事件の根幹にかかわる重要な証拠の勧告であり、意義ある大きな一歩を踏み出した。検察庁は速やかにこの勧告に応じるべきである。また裁判所は勧告を出したものの事実調べをすべきである。最大の山場を迎え、弁護団も全精力を傾けて活動を続けている」と挨拶されました。
石川は「『涙は憂いのためならず』との歌詞があるが、私は47年間涙を流しっぱなしである。つらい涙をうれしい涙に変えていただきたい。民度の高低によって司法は変わる。5月にはなんらかの方向が出るのではないか。しかし、何らかの方向でなく、『事実調べをする』という決定以外にはない。そのためには支援者の皆さんのご支援が不可欠。私も今全国各地を支援のお願いに回りながら、一人でも多くの方が裁判所、検察庁に対し、『証拠開示』『事実調べ』『公正な裁判を』という声をあげていただきたいと訴えている。」と訴えました。

お知らせ

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裁判長も決まり、いよいよです。
3月20日は豊中へ!

升護団が提出した「新鑑定・新証拠」

〔12月9日提出分〕
2009年9月28日付齋藤保作成の同年4月10日付第6鑑定書補遺→齋藤第6鑑定は、脅迫状封筒の3行の「中田江さく」と「時」「様」の訂正線が、石川さん宅から押収された万年筆で書かれたものでないことを明らかにした。今回の補遺では、“鏗下圓事件当日に書いたペン習字浄書当用日記、の現物を観察し、写真撮影したものをベースに、脅迫状の封筒にある訂正線を比較。被害者が´△鮟颪ために使用した万年筆によって、「中田江さく」と「時」「様」の訂正線が書かれたものではないことを明らかにした。
これは、訂正線が書き進んでいくに従い徐徐に薄くなり、途中でインク切れやかすれがおき、インクの濃度にむらがあるのにたいし、´△任蓮△修里茲Δ覆海箸ないことが根拠。

2009年10月30日付川窪克実作成の鑑定書(第2次)→脅迫状の訂正か所は、石川さん宅から発見・押収された万年筆で書かれたものでないことを第-次川窪鑑定は明らかにした。第2次鑑定では、.撻鷭字浄書当用日記受験生合格手帳(被害者が使っていたもの)がいずれもライトブルーインクで書かれたものであることを示した。弁護人作成の調査報告書と響き合うもの。

2009年10月17日付弁護人作成の調査報告書→警察に押収された被害者のものとされる教科書、ノート類を調査したもの。とくに英語の教科書に鉛筆とライトブルーインクによる書き込みが随所にある。インクの種類(ライトブルー)が変わった形跡はないことを明らかにしている。

2009年10月18日付大橋晴夫作成の意見書→警察側の星野鑑定はスコップについた土が、死体を埋めるために掘られた穴の土と▼遠藤鑑定から。脅迫状にみる補助動詞の使い方の3例「類似性が高い」として、石川さんの有罪の根拠とされてきた。しかし、スコップについている土壌中には、「死体を埋めた穴付近の土壌」と類似性の高い土は存在しない、ことを明らかにした。

2009年12月9日付再審請求補充書→殺害方法の問題で赤根鑑定を補充する内容で、運動力学の観点から殺害方法について確定判決をふくめた裁判所の誤りを指摘した、09年7月25日付の「渡邊・松井鑑定書」と今回提出した´い隆嫩蠅鬚發箸法∩躪臈に評価すれば、石川さんの無実は明らかであることを裁判所向けにわかりやすく書いたもの。

2009年11月27日付指宿信作成の鑑定意見書 2009年12月9日付反論書(証拠開示ー検察官意見書について) 2009年12口日付意見書(証拠開示椙宿鑑定意見書について)→いずれも検察官によ証拠開示をする必要はい、などとする主張にたいし、弁護団、法学者が反征のべたもの。
[12月15日捉出分〕
20099年12月15日付事実取調請求書→弁護団が事調べを求めたもの。
2009年12月15日付開示勧告申立書→証拠開示勧告を弁護団が東京高裁に求めたもの。

〔12月16日提出分〕
2009年12月10日付大阪大学大学院教授小矢野哲夫作成の鑑定書→脅迫状を書いた人物と石川さんとは、漢字を書く能力、文章構成能カに大きな隔たりがあり、別人であること。吉展ちゃん事件の脅迫電話の影響を受けてマンガ雑誌『りぼん』を補助手段に用いて脅迫状の文面を起草することは不可能であることを明らかにした。

2009年12月12日付元文教大学教授遠藤織枝作成の鑑定書→脅迫状と石川さんの書いた上申書、脅迫状の写し、供述調書の図面、関あての手紙をそれぞれ比較。「つ」を「ツ」と書くという共通点があるが、それは1945年に小学-年生であった石川さんとおそらく同世代の脅迫状の書き手の教育環境の影響があるとこと。つまり1941年から1946年の暫定教科書までの間の教科書の促音表記については「ツ」「ッ」「つ」「っ」が混用されていたからであることを明らかにした。助詞の「は」と「わ」の混用では、石川さんは事件当時は文字表記能力が不十分であったこと、脅迫状の筆者は稚拙さを装うために故意に「わ」で表記している。漢字の使用、筆勢や終筆のあり方で根本的に異なっていること、文章の書き方全般に差がいちじるしいこと、文法的用法、仮定表現、命令表現、補助動詞の使用の差、文章構成法などで共通点は見られないこと、脅迫状の筆者と石川さんとの間には埋めることのでき意い根本的・本質的な差が見られること、つまり石川さんと脅迫状の筆者は異なることを示している。

〔12月25日捉出分〕
2009年12月25日付事実取調請求補充書→Г鬚気蕕吠篏爾靴燭發痢


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