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「貧乏人は麦を食え」の時代に生まれ育った私に、「人はパンのみにて生くるにあらず」という言葉が真実であったのは、中高生時代だけだった。
性に目覚め、中学生になった私はパンのことは考えずに、「人生とは何か」を考えるようになった。
「お前の仕事は学校へ勉強しに行くことだ。父さんの仕事はお前ら家族を養うことだ」と父は言った。「一所懸命勉強して、それで成績が悪いなら仕方がない。父さんは、一所懸命働いても貧乏だ」と酒に酔うとよく言った。父は自転車に魚箱を付けて鮮魚を売りあるく、行商をしていた。その日暮らしの生活だった。
中学時代、体育、音楽、書道は苦手だったが成績優秀な生徒だった。ただいくら勉強しても、国語の成績だけは百点満点を取ることができなかった。漢字の書き取りだけは、赤点だった。その代り、英語、数学、理科だけは、たった一回の例外を除いては、何時も百点満点だった。
中学三年の、一学期の期末の数学のテストの時だった。いくら考えても解けない問題が一問あった。頭の中が真っ白になった。私にとって百点取れないことは、零点と同じことだ。これ以上の屈辱はない。私に解けない問題があったことを悟られないために、私は解答用紙を白紙で提出した。
「何故」「何故」と先生方に問われたが、私は黙秘した。これが問題になって、父が学校に呼び出された。
学校から帰ってきた父は「中学生で白紙でテスト用紙を提出したのは、お前が初めてだそうだ。男はこれぐらいの根性がなければだめだ」と言って、後は何も言わずに酒を飲み続けた。
私は中学を卒業したら、東京へ行って菓子職人になり、酒のみであったが甘党の父と、甘いものに目がなかった母においしいお菓子を腹いっぱい食べさせて、親孝行がしたかった。しかし、高校ぐらい卒業しないうちはお前の言う通りにはさせない、と父は雷を落とした。担任のk先生も「君が高校へ行かなければ誰が高校へ行くのだ」と私の就職の道を断ってしまった。高校進学率が10%の時代であった。
「人生とは何か」を問いながら高校生活を送った。私は高校三年生になって、生徒会長に立候補して、生徒会長になった。学校の成績は一年生の時は、優等生であったが、「人生とは何か」を問うことで、キリスト教会に行くようになり、学校の成績は少しずつ下がっていったが、牧師にキリストの学校へ行って牧師になるよう勧められるぐらいになった。父にその話をしたら、勘当だと言われた。私の洗礼式の日に、私はその教会と縁を切った。牧師になることが怖かったのだ。
私は悶々としたまま高校三年の一学期の期末テストの日を迎えた。このテストの成績が、大学へ進学する者にも、就職する者にとっても一番大切なテストになる、頑張るように、と耳が痛くなるほど聞かされたテストの日が来た。
テストで一生が決まるような先生方の言葉に私は抵抗し反抗したといったら、嘘になるだろうか。とにかく私は試験問題の答案用紙を、全学科、白紙で提出した。「人生とは何か」の答えがなんでもいいから欲しかったのだ。自分で答えが出せない自分に私は、自棄になっていた。
また父が、学校に呼び出された。「80数年の歴史あるわが校始まって以来の不祥事だ。それも学校の生徒を代表する生徒会長たる生徒が。退学処分問題だ」と校長に言われた、とだけ父は言った。その後も3回ほど、父は学校に呼び出された。「担任のw先生と俺がなんとか校長に頼み込んでこの問題は不問に処すことになったよ。公になったら、学校にとっても不名誉なことだから」と言って、後は何も言わずに父は酒を飲み続けた。
私は何事もなかったように、生徒会長のまま、高校を卒業し、「人はパンのみにて生くるにあらず」の、パンのために、しかたなく就職した。
参照
明鏡ことわざ成句使い方辞典 より
人はパンのみにて生くる者に有らず
使い方 人は物質的な満足を得るためにだけ生きるものではなく、精神生活が大切であるということ。「あまり金に執着しないほうがいい。−だ。」「財産などなくてもいいじゃないか。−だ。」「ーというからたまに美術館にでも行ってみよう」*「人はパンのみにて生くるにあらず」とも。
誤用 人間はさまざまな物を食べて生きるものだの意に解するのは誤り。「×人はパンのみにて生くるものにあらずというように、バランスのとれた食事が大切だ」
出典 「新約聖書・マタイ伝・四章」に、「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出るすべてのことばによって生きる」とあるのに基づく。イエスは、四十日間の断食の後、悪魔の最初の誘惑を退けるために、このこたばを「旧約聖書・申命記」から引用した。
英語 Man shall not live by bread alone.
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人生とは何か?の答えは、その後、得たのでしょうか?






私は、今も、「人は、パンのみにて生くるにものにあらず」と思います。痛切に…。パンは、肉体維持のためには必要だけど、それだけで、幸福感は得られないわ
人は、何のために生まれ、生き、死すのかは、宗教の分野。
あなたが、宗教の分野に答えを求めたのは必然ね
恐れた理由は、納得が、いかなかったから?
現代の科学者も、医者も唯物思想では、行き止まりだから、必ず霊的世界の扉を開く事になるわ
それは、宇宙への扉でもあり、至高の神への扉でもあるのよ
2010/7/17(土) 午前 1:18 [ めめ ]
めめさん
「めめ」さん
コメントありがとうございます。
古希の私は、看護師としてデイサービスでパートですが働いてます。
認知症の利用者は「パンのみに生きるにあらず」の世界を生きてます。彼らから元気をもらって私も「パンのみに生きるにあらず」の世界で働ける幸せをかみしめてます^^;
2010/7/17(土) 午前 3:58 [ 豊さんさん ]