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いま
という本を読んでるんですが、本の内容は関係なくて、巻末に載ってる翻訳者のプロフィールです。
1977年初版、で読んでるのは1982年の第3版なんですけどね、翻訳者のプロフィールを見ると、
過去の仕事のほかに、住所が載ってるわけ。
しかも、東京都東村山市○○町○丁目○番地○号まで載ってるのよ。
ぜったい今では考えられないねー。
少なくとも、昭和57年まではそうだったんだ。
もし、これが作者も日本人でそういうシステムだったら、ファンレターなり、ご意見書なり
大変なことだったんだろうな、って思ってね。
まあ、筆不精の人はお便りなんか出さないだろうから、今のネットの方がすごいのかなぁ?
でね、何を思い出したかというと、昔
「シティロード」って情報誌があって(1990年くらいまであったかなぁ)、まあ「ぴあ」みたいなもんです。
その前は「コンサートガイド」って名前でした。たぶん、1975年ころ改名したかな。
「ぴあ」より試写会がよく当たったんです。発行部数少なかったからね、コンサートガイド時代は。
池袋のプレイガイドに行かないと手に入らなかったし。交通費の方が高かった。
話がそれましたが、個人情報のはなし。
当時、この本の「読者投稿欄」に意見を書いて送ったことがあったのです。
内容も覚えてる。
「カタカナ題名の映画が多すぎる!」
って書いたな。今と同じ考えだったわけで、進歩がない。
「グリズリー」って映画を批判したんですけど、よく考えたら「グリズリー」って題名は邦題にはならないわなー。
またまた話がそれかけましたが、その投稿が載ったとき、名前とともに住所も載ったたのね。番地まで。
来ましたよ、ファンレター?が、、、1通だけだけど。
同じ歳の女の子、、当然流れで行けば、文通(死語??)して、逢ってみる、となりますね。
昭和51年当時、高校生で海外に修学旅行に行くような学校のお嬢様、合うワケないよな。
向こうもそう思ったに違いない。
その話はいいとして、いい時代だったなー、という話。
たかだか、住所を載せることができた、というだけで。。。
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ご無沙汰しております^^。作者や著者の住所はフツーに掲載されてましたよね。作家辞典みたいなのが出版されていた頃もあり、その時は作家の現住所がそのまんま印刷されたりしとりましたので。おおらかな時代でしたよね...あの頃に戻りたい^^;。
2011/2/5(土) 午後 1:17
文通、やりましたよ〜。
東京に住んでいた時は、アポなしで家まで来た人が!!
コワイ・・・
高1から今でも続いている子がいますよん♪
2011/2/5(土) 午後 2:09
いまは変な感じに厳し過ぎますよね。
なんつか、「小手先」って感じがする……。
2011/2/5(土) 午後 3:48
昔は漫画雑誌の欄外に「〇〇先生に励ましのお便りを出そう」と住所が載ってました。
今は余りに隠し過ぎで連絡簿も作れないそうですね。
2011/2/5(土) 午後 4:31
何でも個人情報・・・面倒な世の中デス!
2011/2/5(土) 午後 9:54
そうでしたね、狐も某自動車雑誌にコメンターで出演したことがあります。で、お決まりの公開…何も来ませんでしたが(笑)
2011/2/6(日) 午前 3:02
>チェリーさん、お久です。
昔は作家辞典どころか、普通の紳士録みたいのもありましたよね。
2011/2/6(日) 午前 11:44
>ケロママ、グーグルマップですぐにキャ〜ッチだな、今は。
男女の文通って難しいのよん。
2011/2/6(日) 午前 11:45
>ゆまりん、社員名簿を作らない、ってのが納得いかないよな〜。
2011/2/6(日) 午前 11:46
>zhenさん、そんなのあったの?それは知らなんだ。
オレは編集部宛っていうイメージしか残ってないなあ。
2011/2/6(日) 午前 11:47
>tonoさん、個人情報保護のため、といえばなんでも通用すると思ってるヤツらが多いな。
2011/2/6(日) 午前 11:48
>キツネオーさん、私もコラムをひとつ執筆してたことがありますが、ファンレターひとつ来ませんでしたよ。
2011/2/6(日) 午前 11:50
小学生の頃、その欄外の住所を頼りに友達と横山光輝さんの家を探しに
行ったことがあります。
豊島区千早町だったかなぁ・・・
2011/2/6(日) 午後 0:06
>zhenさん、確かに住んでたらしいですね。
豊島区の千早図書館って、横山光輝さんの展示コーナーってありましたよね。
2011/2/10(木) 午後 6:01