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音楽のこと

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昨年に立ち上げた「ホイリゲン弦楽四重奏団」は、3月に初めての演奏会を行った。
この演奏会の結果について、当ブログでは詳細に触れてこなかったわけだが、実は満足をしている。
およそやりたかったことについてはできた、そう思っているのだ。
何よりも肝心なことは、4人の音色がひとつに溶け合う、これができなければ弦楽四重奏など奏者の個人的な自己満足に終わってしまう。
共通の認識を持って重ねて来た練習は、それなりの成果を見た。
そして今日、この弦楽四重奏団は再び始動をする。
会場の確保はできていないが、公演のおよそのイメージは来年の4月。
再び小さな会場を確保して、100名規模の公演を行うことになるだろう。
演奏曲目は、次の通り。
 ハイドン作曲 弦楽四重奏曲 ハ長調 作品76の3 「皇帝」
 ベートーヴェン作曲 弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調 作品131
またも大それたものを取り上げるわけだが。
もう人生も永いわけではない、演奏したいものを取り上げなければ後悔をするからね。

自分は、この演奏会に向けて、ひとつの仕込みをした。
楽器は昨年と同様にSebastian KLOTZ、1743年を使う。
この楽器は、自分の手元に来て何年たったのだろうか、もう4年に近いのだろう。
恐らくは、生涯にわたり自分はこの楽器とともに音楽人生を過ごして行くことになると思う。
信頼していくつかの公演をともにしてきたが、裏切られたことは一度もない。
そして、弓だが、ここに新しいメンバーが加わることになった。

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まず、これは昨年の公演で使った弓。
Eugune Nicolas SARTORY、1910年。
極めて完成度の高い弓で、自分のようなアマチュアの奏者が持つには過ぎたるものだなとは思う。
音色も好いが、その運動性能には卓越したものがある。

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軽快な動きに自在に応え、2,000人クラスの大ホールにおいても隅々まで音を届けられるだけの力を楽器から引き出してくれる。
弦楽四重奏曲で使うならば、比較的に近代に作られた曲の方が好さそうにも思える。
今回のようにハイドンやベートーヴェン、あるいは前回のようにモーツァルトやシューベルトを演奏するにはどうかな。
もう少し柔らかい音色が求められるような気がしないでもないのだ。

そんなことを考えていた先月のある日、金沢に楽器商がある弓を送ってきた。
日頃の会話の中で、もう少しソフトな音を引き出せそうな弓はないだろうかと話をしていたのだが、「好い弓が入ったから、試してみてくれ」と送ってくれたのだ。

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Alfred Lamy、1920年。
およそ期待をしていた通りの弓が来たと言うのが第一印象だった。
演奏をしてみるとノイズが少ない。
音が柔らかく立ち上がる。
それでいて、腰に粘りがあると言えば好いだろうか、それほどに力を入れずとも、張り」のある音が出る。
へえ、好く見つけて来たねと思った。

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思った以上に動きも軽快で、細かい音の分離も好い。
しばらく色々な演奏で使ってみたが、文句の付けようがないので、購入を決めた。
代わりに、オーケストラで演奏するために使っていた別の弓を下取りに出すことにはなったのだが、まあ好いだろう。
弓としては、Lamyの方が遥かに自分には合うようだからね。

さて、ホイリゲン弦楽四重奏団の練習は今日が初回。
これから9カ月間をかけて、新しい演奏を作って行くことになる。
果たして、どんな音がするのかな。
実に愉しみなことだ。




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当ブログの中で時に触れてきたことだが、いよいよ弦楽四重奏団を立ち上げることになった。
学生の頃からオーケストラはかなりやって来たが、歳を重ねるにしたがい、弦楽四重奏の魅力に憑りつかれ始めたなとは意識をしていた。
それがいよいよ抜き差しならなくなってきた。
幸いにも同じ気持ちを持つ者がいるわけだから、これはもうやらない手はない。
それで結成をしてしまった。
四重奏だからメンバーは4名。
もちろん自分はバイオリンを担当する。
もう一人のバイオリン、彼女は自分が卒業した学校のOB/OG楽団の後輩であり、コンサートマスターでもある。
ビオラは自分が所属するもうひとつの楽団の奏者。
そしてチェロは、当ブログには「楽団の先輩」として度々の登場をいただいている。
これだけのメンバーが集まって何度かの練習を重ねてきたが、いよいよ来る3月22日に公演を行うことにした。

大それたことだなとは思う。
弦楽四重奏、馴染みのある言葉を使うならばカルテットと言うことになるのたが、これについては折に触れて書いてきたつもりだ。
とにかく、4人の音をひとつに溶かし込んで行くと言うことになる。
溶かすためには、それぞれが溶け合わせられるものでなければならない。
面倒な言い方かも知れないが、到底溶ける見込みのないものを持ち寄ってみてもだめだ。
これはヒトの会話にも通じる。
喧嘩ではなく会話ならば、まず相手の言っていることをきちんと聞く作業から始めることになる。
聞き終わらない内に自分が話し始めるような真似は、会話が溶け合わないことになる。
カルテットも同様の作業だ。
誠意をもって聴き、真摯に話す。

すると互いの音と音が融合して、それは別の音となって響き始める。
ひとつの音であるよりも、ふたつの音が溶け合った時の方が響きに深みも広がりも出る。
それが3つ、4つの音となれば、尚更のことだ。
クラシカル音楽の世界において、多くの作曲が弦楽四重奏曲を書いているが、どうやら最も熱心に書いたものが正に弦楽四重奏らしい。
かの楽聖ベートーヴェンが、その亡くなる直前に書いたものは4曲の弦楽四重奏曲。
それだけ弦楽四重奏の世界は深いと言うことなのか。

話が永くなるので、この辺にしよう。
本日、ホイリゲン弦楽四重奏団はある演奏会に15分間だけ出演する。
これがデビューとなるね。
人前で弾くのは緊張するのだが、これから重ねていくだろう公演の初めだから、きちんと演奏をしたいと思っている。
楽団名の由来などについては、この「音楽のこと」の書庫で追々に話していきたいと思っている。


今夜はマーラー

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今日はある楽団のリハーサルに参加するため、大宮へ向かっているところ。
マーラー 交響曲第1番は、相当に難しいのよね。
本番は来週だから、自分に残された時間は後1週間。


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今日は昼が法事だったので、ランチをスキップしてしまった。
移動の車内にて、こんなもので誤魔化すわけだが。
マヨラーらしく、ツナマヨおにぎりを。
ま、マーラーが終わったら大船か戸塚へ戻って、麻辣でもやらかすかな。



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今日は公演当日と言うことになった。
自分は2つの楽団にメンバーとして所属をしている。
今日は、その内のひとつが公演と言うことになる。
演目は先の記事でも書いたのだが、グリーグ、モーツアルト、そしてチャイコフスキー。
どれも難しい。
実際、この公演の日に何とか間に合わせたと言うところなのだ。
最近、自分の楽器は好く言うことを聞いてくれるようになったと思っている。
昨日のリハーサルまでは、事実そうだった。
恐らくは、今日のステージでも彼女は従順だろうと思う。
楽器のことを彼女と言い、そこに従順だなどと言う言葉を使うことが本当に好いとは思っていない。
だが、彼女とのわずかに5年程度に過ぎない付き合いの中で、自分は一度も裏切られたことがない。
だから従順という言葉を使いたくなった。
彼女にしてみれば、「ええ、そうよ。あなたにそう感じてもらえることが、私の望みでもあるし」と言うふりをしながらも、実際は奏者よりも寿命が永い楽器としての本音は別にあるのかも知れない、時々にはそんなことを思ってしまう。
実際、我がSebastian Klotzの生誕は1743年、すでに272歳なのだ。
自分とは、まるで役者がちがう。

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それはともかく。
皆さんには、これが何だかわかるだろうか。
実は自分がこの数日、世話になっているものなのだ。
もう少し、拡大をしてみようか。

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名前はよく知らないのだが、「置き鍼」などと言う呼び方をすることがあるらしい。
見た目は画鋲のようなものだ。
直径は1mmくらいのものだろうか、円形に組まれた針金の先が針になっていると言えば好いかもしれない。
実は、最近の過度な練習のおかげで、首が痛くて仕方がない。
自分には親しい鍼灸院があるので、公演を間近にして鍼灸の施術はしてもらった。
それで随分と楽になっているのは事実なのだが、今日の公演で熱中して演奏をすると再び首を痛めないとも限らない。
それで、この「置き鍼」を今朝はやってみた。
やり方は簡単だ。
首なりの痛い部分、あるいは痛くなりそうな部分にこの針を当てて、上から絆創膏で止めるだけのことなのだ。
それだけで、かなりの効果がある。
どうやら針先でチクリと刺激をしてやることが大事らしい。
事実、自分が鍼灸院へ行ってみても、いわゆる針をぶすりと肉体に刺し込むなどと言うことは、かつて一度もない。
肌をちくりちくりと刺激するのみで、実際に体の中に入れると言うことはない。
入れるものは針ではなく、灸による熱の方らしい。
情けないことではあるのだが、今日の公演はこの「置き鍼」の助けを借りる。
首さえ痛くならなければ、後は自由自在。
思ったようにステージ上で演奏をさせていただくことになる。

この首の痛みは3、4年ほど以前から感じるようになった。
自分では「加齢か…」と言って諦めてはいるのだが。
演奏面については未だ諦めきれないことも多いので、この「置き鍼」との付き合いは永くなりそうだと思っている次第。


今日はマーラー

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今日はコンサートに出る。
自分が所属する楽団の、創立25周年の記念公演。
演目は、スメタナ作曲 「モルダウ」、そしてマーラーが作曲した交響曲第5番。
『麻辣』ではない、『マーラー』である。
自分はマーラーの作品に触れた経験が、ほとんどなかった。
だが今年は、2月に交響曲 第4番を、先月には第2番を、そして、今日は第5番だ。
これまでには全くの不勉強な領域だったのだが、嫌でも勉強をせざるを得なくなった。
勉強をしてみると、段々にではあるがマーラーが好きになってきた。
それと同時に、やりたいのにできない、そう言うことが顕著になってくる。
『この部分は、もっと、こうして、このように唱いたいのだが』、楽器と相談をしてみても、なかなか上手く行かない。
楽器は1743年製 Sebastian Klotz、それなりに金も使ったから申し分はない。
どうも弓の方の運動性能に問題があるな。
自分がオーケストラで使う弓は、言わば二束三文のものだから、自ずと限度もある。
そんな時、懇意にしている金沢の楽器商が「ご参考までに」と1本持ってきた。
それを使ってみると、意外にも思った通りに使える。
それまで思うように弾けなかった楽譜の箇所が、どうやらなんとかなるようだ。
それで、奮発をすることにしてしまった。
 
Marcel Charles Lapieere、1950年製。
自分が持つ室内楽演奏用の弓(Eugenu Nicolas Sartory 1910年製)に比べれば、対価は1/3ほどだが、気に入ってしまったので、購入した。
もうひと月ほど弾いたが、相性も好いようだな。
今日は、こいつが役に立ってくれそうだ。
そんなことを考えていると、毎回のコンサートも相当に愉しみなことになってくる。
 
今日、参加をする楽団にいて、自分は創立以来のコンサートマスターを務めてきた。
4年ほど前からは、演奏面での責任者も務めてきた。
しかし、今日の公演を最後に、それらの役職を全て後輩に渡し、明日以降は独りのバイオリニストとして団に貢献をする立場となる。
25年もやると、様々な山谷を越えてきたことになるが、それらの全てが、終わってみればただの通過点に過ぎない。
自分にとっては楽団創立以来の経営全般を担った経験を、これからは諸方でより活かさせていただく。
若い頃から様々に得難い経験をさせていただいたことに感謝をしつつ、今日の公演を迎えさせていただくつもり。
 
 

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